85.ギルドマスターのおじいちゃん
フェリの奮闘もあり、僕らはギルドに招集された。
「フェリスの啖呵、聞かせてあげたかったなぁ。『彼は間違いなく勇者です。』って。ツムギくん。」
「アニスタぁぁ!!もうやめてくださいぃ!流石に恥ずかしいですぅ。」
「良いじゃん。そのお陰で、こうやって面会の場を用意してもらえたんだから。それにしても…。」
アニスタの視線の先には、静かに僕の三歩後ろを歩く、マゼンタカラーの女性。
「ツムギくん。彼女、ホントに人じゃないの?」
「魔導人形って代物らしいです。僕らと何も変わりませんよね。」
「やっぱり、フェリの勘は正しかったのですぅ。」
ウサミミがぺろんと力なく垂れ下がる。
何か予期していたらしい。
僕が女性にだらしないとか、そんなことはないぞ。
基本的に干渉が少ないだけで。
昨日の屋敷探索の結果、魔導人形のヴィルマが僕らと行動を共にすることになった。
彼女は魔導人形の中でも、高い知性と戦力を保有するため、本人の強い希望もあり僕のクランに所属することになった。
その登録も含めて、ギルドに向かうのは僕とナツミ、フェリ、アニスタ、そしてヴィルマである。
レティとソフィアは留守番しつつ、屋敷を片付けるとやる気になっていた。
ソフィアはよくレティにちょっかいをかけているけど、思いの外二人の仲は良いように感じる。
うまく馴染めているのなら嬉しい限りである。
ラピスグラスの町並みをのんびり歩くのは、来たとき以来かもしれない。
石畳で整備された道は歩きやすく、馬車の揺れが少なくなるよう、凹凸も随分と少ない。
レンガ造りの建物は赤茶けていながらも、その鮮やかさや重厚感で町並みを彩る。
紙もガラスも一意の人たちにまで広まっている。
つまり生活水準が高い。
他の都市は知らないが、少なくともこのラピスグラスは裕福な都市なのだ。
紅蓮の勇者に追われたり、迅雷の勇者に目を付けられなければ、もっとのんびり異世界観光が出来たのかもしれないと思うと、ため息の一つもつきたくなった。
「どしたの?マスターちゃん?しんどい?ヴィルマちゃんがマッサージしてあげましょうか?」
「大丈夫だよ。ヴィルマ。」
「安心してね!ヴィルマちゃんにはまだ隠された力があるからね!マスターちゃんに襲い来る暴漢を千切って、投げちゃうからね!」
言いつつヴィルマは左右の手をグッと絞るジェスチャーをする。
本気で暴漢を千切って上半身と下半身を分けるつもりだなこの娘。
しばらく歩くと、建物の前に樽が並び、上に看板のある建物に行き当たる。
冒険者ギルドである。
建物の半分は意見交換等のフリースペースとして機能しており、冒険者の姿もちらほらと見受けられる。
ツムギ達が前回冒険者ギルドに来たのは、ダンジョンに挑む前、冒険者登録とクラン設立の時である。
二度目ではあるが、中の雰囲気は大人数による喧騒と冒険者特有の熱を併せ持った心地の良いもので、元の世界のオンラインゲーム等の集会所を彷彿とさせる。
「あんたら、よく来たね。」
声がかけられた方を見ると、カウンターの奥からヒラヒラと手を振るの褐色の女性。
彼女は確か…。
「お?もしかして、忘れてる?まぁいいけど。ほら、あんたらのタグやら登録してやったじゃん。…まぁ、ここに来るやつは全員あたしがやってんだけどさ。」
「あぁ、あの時はお世話になりました。」
「いいよいいよ、話し掛けたのはダンジョン突破おめでとうって話のためだけだしね。」
からからと笑う彼女と、先程の彼女の言葉にざわつくギルド内の冒険者。
「あいつが?ダンジョンの攻略者?」
「線も細いし、なんか裏でもあるんじゃねぇか?」
「女の方が亜人だし、いい固有魔法でもあるんじゃないの?」
出来れば噂話や考察は本人の居ないところでこっそりやって欲しいものだけど。
「でね、うちのおじいちゃん…ギルドマスターにあんたらが来たら奥に通してやってくれって言われてんだよ。」
冒険者の好奇な目を背に受けつつ、僕らは奥の部屋に通される。
受付の女性も、日常茶飯事らしくどこ吹く風である。
「おじいちゃん、連れてきたよ。」
「ありがとの。ただ、客人が居る前で"おじいちゃん"はやめてくれな。メンツがたたなくなっちまう。」
「親しみやすさがあって良いじゃないか。ねぇ?」
頭を軽くかきながら、こちらに同意を求めてくる受付嬢。
随分とフランクな態度だが、人好きする笑顔と程よいだるさ加減のお陰か、不思議と嫌な気はしない。
用事は済ませたと言わんばかりに踵を返し、受付に戻っていく彼女を見送り、僕らはギルドマスターにソファへ座るよう促される。
ギルドマスターを正面に見据え、隣にはフェリが座る。
僕の後ろにヴィルマが、フェリの後ろにアニスタが立つ。
「さて、初めましてかな。魔王の勇者にして、トリアリンブルダンジョン踏破者、シロガネツムギ殿。わしはラピスグラスのギルドマスターをやっておるグラディオじゃ。お前さんを呼んだのは、わしの純粋な興味…なんじゃが、お前さんまたなんかやらかしたみたいじゃな。」
グラディオはとても嫌そうな顔で確認してくる。
僕としてもそんな毎度何かをやらかしたくて、動いているつもりはない。
「やぁ、違うんじゃ。ギルドの本部がソルカ=セドラにあるのは知っておるか?」
「えぇまぁ。」
「ソルカ=セドラの王が紅蓮の勇者であることも?」
「はい。…あ。」
「その上、オウカの坊主にも、お前さんのことは内密にって言われてるんじゃから。わしがどれだけ報告に苦労しておると思ってるんじゃ…。頼むから大人しくしておいてくれ。」
知らぬ間に多大な迷惑を掛けてしまっていたらしい。
通りでくたびれているわけだ。
「で、本題なんじゃが…。」
グラディオは徐に、二つの人工魔法結晶を取り出す。
「これが、樹林公国クレアに入るための魔法結晶じゃ。で、アニスタは昔の持ってるじゃろ。あれ返せ。」
「あぁ!そうだそうだ。忘れてた…。すみませんこれ。」
そう言えば、アニスタとフェリはクレアから来たんだったっけ。
確か元々のクランマスターを探してるとかなんとか。
「まず嬢ちゃんらは知ってると思うが、クレアは今、内乱でしっちゃかめっちゃかになってる。交通網も寸断されてるしな。」
軽くは聞いていたけど、そこまでだったのか。
「その内乱の詳細を教えてくれませんか?」
「なんじゃ誰も説明してなかったんか…。」
「軽く聞いただけでして。」
「しゃあねぇ、分かる範囲で教えてやる。」
クレアでの内乱。
人間排斥派と融和派、人間との諍いであり、近隣の村や集落に至るまでが被害を被り、交通網は麻痺。
各国の商人達が人質のように捕らえられているらしい。
「その、人間排斥派ってのは?」
「クレアは元々エルダーエルフを筆頭とするエルフ族が取りまとめていた国家のうちの一つでの。その頃の亜人主義の復権を叫んでいるようじゃ。殆どがワシらくらいの古い亜人らみたいじゃな。で、融和派は若い世代で、人間と亜人の差をさほど感じなくなってる奴が多い。フェリスもそっち寄りじゃろ?」
「アニスタと一緒に冒険者やってますし、言わずもがなですかねぇ。まぁ昔から居ましたよ、亜人に自由をーって叫んでるヤバイのは。」
そうなると、今クレアに行くのはまずいか?
今保護してる亜人の子供達は暫くラピスグラスに保護して…。
あれ?
もしかして、僕らが誘拐された亜人の子供達を匿ってるの不味いのでは?
『人間を排斥したい』と言うことは、『亜人に害をなす存在を排斥したい』と言うのと同義だ。
主語の大きな人は少なからず居るが、それらが今クレアで大きな波になっているなら、その余波がこちらに来てもおかしくない。
そうなると一番始めに被害を被るのは…
「トラーフェ商会に戻ります。準備終わり次第クレアに向かいます。フェリ、アニスタ、ヴィルマ。すぐに準備して。」
一刻も早くクレアに行かなければ。
胸騒ぎが止まらない。
グラディオはツムギにダンジョン踏破の功績として、星をあげたかったのです。