80.振り向けば、木で出来たお人形
音も立てずに周囲を囲うのは、木製の人形。
左右の足と六つの腕で器用に歩く姿は蜘蛛のようだ。
三体が僕を囲い、二体が暗闇の中から遠巻きに眺めている。
そのどれもが目にも鮮やかな赤紫の魔力を全身から放っている。
一斉に飛びかかる人形を、金属を操作して受け止める。
押し込まれる力は強く、足音もないので隠密性は高い。
しかもそれが複数体。
並の人なら太刀打ちできないだろう。
ラビオラさんは音を感知していると言っていたが、音なら僕の動きを止めても襲い掛かってきた所から、単純に音だけではない気がする。
壊してしまうのも勿体ない気がするので、核だけを貫く事にする。
抑えた三体を魔眼で注視すると、魔力が収束、拡散を繰り返す場所が存在する。
僕やナツミにも存在する核である。
人形などを動かす時には核を中心として、神経や血流を擬似的に魔力で再現することで、操作や自立稼働を実現させるらしく、多分魔王城でお留守番中のオートマトンさんを魔眼で視ても同じように核を中心に魔力が収束と拡散を繰り返しているように見えることだろう。
操作している金属の先端に「転写」で刃を形作り、核と思われる中心、胸部下をめがけて突き刺す。
烏賊を絞める時や鰻を捌く時のように、一思いに貫く。
バキリとプラスチックか硝子にヒビが入るような嫌な音と共に、人形の中を廻っていた魔力が霧散していく。
まずは一体。
人形の動きは素早いが直線的で尚且つ、僕の操る金属の重量や力には勝てないため、余裕をもって処理ができている。
続けざまに残り二体も核を潰していく。
核を貫かれ力を失い宙ぶらりんの人形へ戻っていく様は、見ていて気分の良いものではない。
「まるで串刺し公のよう…なんてね。」
もし僕が串刺し公なのなら末路は暗殺になる。
暗殺ならソフィアかラビオラさんかな。
ヴァレリー…はないか。彼はそういうキャラじゃない。
よくあのあっけらかんとした性格でソルカ=セドラの王の勅命を受けられたものだなと思ってしまう。
実力は確かなのだろう。
女性にはめっぽう弱いのだろうが。
暗闇の中に残る二体を見遣ると、唐突に一体がこちらへ向かい飛びかかってきていた。
今度は捕らえずに飛び掛かる人形に刃を突き立てる。
同タイミングで、もう一体が僕の脇をすり抜け、皆のいる部屋へ向かっていくのが見えた。
まずい、向こうはまだ何も把握できていないはずだ。
下手をするとまだ女性陣のトークが終わっていないかもしれない。
「ラビオラさん!そっちに一体行きました!気をつけて下さい。」
大声でラビオラさんに喚起する。
ソフィアの師匠だし不覚をとることも無いだろうし、ナツミもレティもソフィアも決して弱くはない。
正直そこまで心配してはいなかったので、襲い掛かってきた計四体の木人形を廊下の脇に置いて、地下へ降りていくことにする。
階段を降りると扉はなく、開けた空間へとそのまま放り出される。
暗闇の中を進むのは少々面倒に思い、壁面に目を凝らす。
照明のスイッチとか…無いだろうか。
ちょっとの間、探し回ると暗闇に目が慣れて来て、周囲の状況が見えるようになってくる。
中央に机があり、それを取り囲むように本棚が立ち並ぶ。
書斎のような雰囲気である。
加えて、机の上にランタンが置いてあるのが目に入る。
本体は四方が柱で繋がっており四角柱の辺だけを引っ張り出したような形、脚部の底面は丸い。
上部と下部、加えて取っ手は金属で作られているらしく、持ち上げると干渉してカチャカチャと金属音が鳴る。
中にはこの世界らしく魔法結晶が電球のように備え付けられているため、魔力を流せば光るのだろう。
魔法結晶に触れて、魔力を流す。
流す量に合わせて次第に空間が暖かな光に包まれていく。
…うん?
光量がどんどん強くなっていく。
魔力を流しすぎたのだろうか。
眩しい。
目を瞑ろうと、腕で視界を覆っても耐え難い程の光量が襲い掛かってくる。
思わず階段をかけ上がるのだった。
ーーー
ツムギさんの声が聞こえてからの女性陣の動きは速かった。
先ほどまで相も変わらない姦しさで喋っていたかと思うと、全員が臨戦態勢に入っていた。
「ご主人様の声からして、そんなに強くは無さそうです。」
「でも、声をかけてくれましたから隠密に優れた魔物なのかもしれませんね。どこかの猫娘のように。」
「ツムはボクらがまだ話してると思って、師匠に言った。さりげない気遣い。」
「もちろん気付いてます!」
…姦しさは相変わらずですが。
ふわりと風の動きを感じ、反射的に魔力を物質化させる。
硬質なものがぶつかる音。
「…なんか気持ち悪い。」
「まぁそう言わずに。」
木製の魔導人形。
この屋敷の元の持ち主はただの貴族だったと聞いている。
けれど、眼前の魔導人形は意思こそ無いが主人不在で長期間動き回っている。
「これは木製ではありますが、フォッグノッカーの技術ですね。」
蒸気鉱山フォッグノッカー、鉱山からは大量の貴金属が産出し、それらの加工技術なども群を抜いて高い都市である。
ラピスグラスにも一部が輸入されてはいるけれど、ここまで精度の高いものは存在しない。
それにフォッグノッカーの技術はあくまで金属を使ったものだ。
ならこの木製の魔導人形は…?
「取り敢えず破壊しますか?」
「いえ、核を取り除きましょう。分解して確保したいです。」
「…面倒。」
「解析できれば情報も提供しますから。」
「…ボクは要らない。」
「我が儘を言わない。ツムギさんは欲しいかも知れないですよ?」
「ご主人様が欲しいかも知れないなら、あたしが頑張るしか無いですね!」
横から何本もの金属の触手が魔導人形へ向かって伸びていく。
横目で見遣ると、ナツミさんの背から伸びているのがわかる。
伸縮自在で縦横無尽。
惜しいのは、本人の自力と近距離の警戒が足りないことか。
「その場に縛り付ければ大丈夫ですよね?ラビオラさん。」
「え、あ、そうですね。では、少し失礼して。」
魔導人形は胴を捻るなどして、触手から抜け出そうと試みているが、随分きっちり捕まっているらしく、四肢(八肢だろうか。)はびくともしない。
魔導人形のぐるりを見回すと、背面に蓋をしたであろう箇所が確認できた。
開くと魔法結晶を中心にいくつもの細かいパーツが噛み合って動いている。
魔法結晶を取り出そうと手を伸ばすと、バチッと電流により弾かれてしまう。
「結界系の魔方陣も備え付けか…。」
幸い命に関わる程の強さでは拒絶されなかったので、いくらかやりようはある。
手の周囲に魔力で固めた"皮膜"を展開する。
同じように核に手を伸ばすと、再度電流は流れる。
皮膜はブスブスと焦げていくが、追加で魔力を流せば何とでもなりそうだ。
えいやと魔法結晶を掴み、一思いに引き抜くと、ガタガタと音をたてて魔導人形は機能を止めた。
「終わりました?」
「はい。ありがとうございました。ナツミさん。」
魔法結晶を片手に廊下へ向かうと、廊下の端に寄せられた魔導人形と項垂れたようにしゃがみこむツムギさん。
背後は煌々と輝いていました。
「どうしたんですか?」
「ちょっと不手際で。」
不手際で輝くってどういうことです?