79.事故物件
大きな庭は青々とした芝生が広がり、門から玄関まで続く道は石畳が敷き詰められ、門を潜った人の足を自然と玄関へと向けさせる。
綺麗ならそんな感じの屋敷の前に、僕らは案内されていた。
「ここは数年前まで、ある貴族の別荘として使われていた屋敷になります。」
「随分な有り様ですね。」
「えぇ、なんでも住むにも取り壊すにも邪魔をされるそうで。」
「…邪魔?何が?」
どうやら、その貴族はこの別荘にいろんなものを隠していたらしく、それらを守るために何かがずっと居座っているのだそうだ。
「で、その貴族様は?」
「食あたりで亡くなりました。」
世知辛いもので、親族としてはこの別荘になんの用もなく、早く破棄してしまいたいのだそうだ。
「ですので、ツムギさん達に丸投げしようかなと。」
「ぶっちゃけすぎじゃないです?」
「もちろん、私も手伝いますのでご安心ください。」
ラビオラさんは冗談も通じる人らしい。
イケメンで強くて洒落もわかるって完璧なんじゃないだろうか。
「師匠は嘘ばっかりだから、モテない。」
「ソフィアは私の評判を下げたいのですか?」
「そもそも評判の良い暗部って何。」
「確かに。」
ラビオラさんとソフィアは師弟なだけはあるようで、息が合っている。
トラーフェ商会でお世話になって数日、ようやくラビオラさんから連絡が来たと思ったら、ここに連れてこられたのだ。
あまり大所帯で来るのは憚られたので、ウェアウルフ達はお留守番。
トラーフェ商会で荷運びを手伝っている。
声が大きく、体力があるウェアウルフ達は商会の従業員に随分可愛がられていた。
リュカの社交性は僕も…いや僕らも見習う所があると思う。
「だってスライムですし。」
「あそこにいると、姫とかお嬢とか呼ばれますし。」
「レティは里でも姫って呼ばれてたよね。」
「こっちは呼ばれた後の周りの目線がツラいんです!都会怖い!」
ナツミもしれっとこう言うときだけスライムにならないで。
貴女も血族的には姫様でしょうに。
「んじゃ、サクサク探索していきましょうか。この屋敷の問題を解決出来れば、そのまま譲渡してくれるそうなんで。」
「あぁ…なるほど。そんな気はしてました。」
つまり、住むにも取り壊しするにも邪魔が入る事故物件が僕らの拠点候補なのである。
報酬にしてはケチすぎませんかね?
「あぁ、補修はこちらでさせていただきます。ここを紹介したのも他に丁度良い物件が無いからなんですよね。」
魔王亡き後、ラピスグラスの人口は右肩上がりで住む場所がどんどん失くなっていってるそうだ。
縄張りやらなんやらでいろんな都市でも一触即発になっている所もあるそうで、これだけは平和の弊害だとラビオラさんは言った。
戦争が無くなると人が増え、人が増えると着るものや食料、住む場所が必要になってくる。
ラピスグラスは比較的都会で栄えているため、近隣都市からの移住者も多いのだそうだ。
そうなると今度は住む場所が無くなってくる。
強引に貴族に土地を与えようにも、戦争が無いから大義名分も無い。
「実はツムギさんに爵位と領土をくれてやろうか、という話も出てたんですよ?」
「え?」
「で、その領土にラピスグラスの一部住民を移住させれば、人口密度は下がるでしょ。」
グロリオ辺境伯の所に定期的に都市から人を送ったりはしているが、人口爆発は止まらないため、中々困っているらしい。
もしかすると、迅雷の勇者が僕に勇者を始末させようとする理由の一つに、「戦争を起こす」というのがあるのかもしれない。
僕を出しにして、ラピスグラスの人口を減らす…。
王としてはどうなんだろう。
敷地を増やせば、管理する人を増やさないといけないから手段としてはありなのだろうか。
「ご主人様、みんな行ってしまいますよ。」
「あ、ごめんごめん。」
少し思案していたら置いていかれるところだった。
慌てて門を潜り、石畳を進む。
石と石の間から生い茂る草を、踏み分けながら屋敷の玄関へと向かう。
魔王城にもあった、防護の魔方陣が刻まれているのか、屋敷自体は綺麗に見える。
木製のドアもささくれ一つなく、塗られた白がそのまま乗っている。
「これが鍵です。」
ラビオラさんは懐から掌サイズの魔法結晶を取り出すと、ドアノブの下にかざす。
カチャリと細やかな音をたてて、鍵が開く。
便利だな。
ICカードみたいだ。
玄関の扉の奥の暗闇に、ギィと蝶番の軋む音が響く。
多少の埃が被った部屋は当然ながら生活感はなく、空間に仕切りを付けただけのようである。
「ここがボクたちの新居なんだね。」
「その言い方はなんか新婚みたい…。」
「気分を味わおうかと思って。」
むふふとご機嫌そうに笑い、僕の腕に絡み付くソフィア。
不機嫌よりは良いか。
「あたしもいるんですけど。」
「ナツはツムの子供。」
「失礼な!あたしもレディなんですぅー!なんならソフィアさんより歳上ですぅ!」
興奮してフェリみたいな喋り方になってるナツミ。
あんまり年齢の話しないようにね。
ナツミの身の上を大勢に聞かれると面倒なんだから。
「ナツミがツムギの子供なら、私は何になるんですか?」
「レティは…姑?」
「誰が口煩いんですか!」
「ボクは姑にいびられて、身も心も弱っていく。」
「私はいじめたりしませんー!」
「レティさん。あたしが子供枠なのも不本意なんですけど。」
女性陣はワイワイと姦しくしているので、ラビオラさんにどういう手順で屋敷内の邪魔者の排除をするか、相談することにする。
「取り敢えず、相手の様子を伺いましょう。彼女達に騒いで貰えば、遅かれ早かれ現れるはずです。」
その邪魔者は騒音に反応して現れるらしく、屋敷の守護としては相当に優秀だろう。
広域の意味で掃除ロボットなのだな。
ふらっと屋敷の中を見て回る。
部屋を出ると広い廊下が続く。
左右にそれぞれ2つと突き当たりに部屋があるらしい。
更に壁側にある部屋のドアの間には登りと下りの階段がある。
二階と地下。
登り階段は洋風のどっしりしたもので、手摺には細やかな装飾が施されている。
逆に地下への階段を覗き込むと、引きずり込まれそうな暗闇に繋がっている。
何か隠すなら地下だろうな。
ふと視線を地下から逸らすと目の端で動くものが視えた…気がする。
音はない。
気配もない。
僕はもう一つの視力で暗闇を視ることにする。
『魔眼』
視界に広がる赤紫の魔力。
瞬く間に、僕は取り囲まれていた。