73.地上での様相
ツムギ達がダンジョンから生還したと、ルガルが伝達に来たのが、少し前。
トリアリンブル家から貸し出された部屋から出た直後の話だった。
タイミングが合わなければ入れ違いになっていただろう。
メンバーのうち、私とリュカでルガルから話を聞きながら、ダンジョンへ、アニスタはツムギがダンジョンを制覇した可能性もあり、ギルドへと向かった。
話を聞くと言っても、ルガル自身が当惑してしまっており、詳細は分からない。
ナツミとフェリから、急いで私を連れてきて欲しいと言われたのだそうだ。
「とにかく、指示を仰ぎたい。自身では判断しかねる。」
「そんなにですか?」
「グロリオ領の一件より酷い。」
息が詰まる。
私とリュカが猫耳フードに。
ツムギが勇者に襲われた。
なんらかの理由で勇者が見逃したことで、ツムギも私たちも助かったが、あのときより酷いとなると、最悪命に関わる。
鼓動が早くなる。
無事だろうか。
ダンジョンにたどり着く頃には生きた心地はしなかった。
「こ、れは…。」
ダンジョン横の開けた部分に簡易テントが建っており人だかりが出来ていた。
突然ダンジョン横に現れた、傷だらけの人物。
冒険者であっても、その姿は痛々しかったらしく、一部の善意でツムギ達を応急処置するテントが建てられてたらしい。
私とリュカはルガルに連れられ、テントへと向かう。
テントは広く、大男でも立っていられる程の大きさのもので、部屋は二つに分かれている。
手前の部屋は待合のような感じで、奥にベッドがあるらしい。
ベッドが置かれている部屋には数人の治癒師と、
「おう、遅かったな。」
「…太陽の盾の皆さん。」
ジョゼはニッと笑う。
「ははは、運が良かったな。」
彼らは例の亜人誘拐の一件の後、ラピスグラスに滞在していたらしく、ギルドから何やらダンジョンが騒がしいとの話があり、出張ってきたらしい。
「と、取り敢えず応急処置はしたんですが、様子を見てあげてください。」
アルテイルが指を指す先に、ベッドに横たわる三人を見つける。
フェリと目があい、彼女は体を起こそうとするが、側に立つ治癒師に止められる。
「…レティさん。」
「ナツミ。」
「…大丈夫です。皆なんとか生きてますよぅ。」
勇者との戦いの時よりボロボロのツムギ、話すフェリも喉の調子が悪いのか声は弱々しく、なんとか言葉を繋いでいる。
ナツミはスライムの形に戻っている。
「フェリ、その傷は。」
「あはは、フェリの自慢の毛がチリチリになっちゃいました。」
いろんな箇所が黒く焦げ付き、毛も縮んでしまっている。
「でも、お兄さんも無事です。ちょっと想定外はありましたけどね。」
ちらとフェリの視線が逸れる。
釣られるように視線をやると、あいつがいた。
私とリュカ、二人がかりでも勝てなかった猫耳が居たのだ。
彼女は、ツムギと同様にボロボロの姿で、腕や足に酷い火傷を伴っている。
「なんで、彼女が…。」
「ソフィアさんが居なきゃフェリ達は多分、最下層で死んでました。詳しい話はお兄さんがすると思うので、その時にいっぱい怒ってやってください。」
悪戯っぽく笑うフェリは、それでも痛々しい傷痕のせいでわざとらしく見えてしまった。
「そんなに、強かったんですか?」
「強かった…と言うか反則みたいな感じです。」
「反則?」
「そうです…ゴホ…。」
「今日はちょっと様子見てやってくれ。」
奥からフランシスカが声をかけてくる。
「フェリスは喉にも火傷してる。あまり長く喋ると辛いはずだ。」
「あ、フェリごめんなさい!そんな…。」
「まだ大丈夫ですよぉ。お兄さんなんか多分内側がズタズタですからね。相当しんどいと思いますよ。」
内側がズタズタって、どうすればそんなことに…。
眠るツムギに近寄り、触れるとピクリと動く。
生きてる。
ホッとすると同時に、不安は募る。
ちゃんと起きるだろうか。
私が側にいれば、なにか変わっただろうか。
こんなに傷だらけにならなかったのではないだろうか。
「…えちゃん!レティ姉ちゃん!ルガルがトラーフェ商会のライカのところに行ったぞ。」
リュカの言葉を聞いて我に帰る。
「ルガル?」
「うん。ずっとおっちゃんらのテント借りるわけにも行かないだろ?だからトラーフェ商会に一旦、主達を移すってルガルが言ってた。」
確かにそうだ。
「そ、その話なんですが、少し待って貰いたいのです。」
割って入るアルテイルはやはり居心地は悪そうである。
「今、彼らを動かすのは危険なのです。なので、僕たちのテントは一旦お渡ししておきます。」
「いいんですか?」
「むしろここまでやって、移動したから危篤になった…と言うのも目覚めが悪いんです。だから、良いでしょうか?」
良いと思う。
思うのだが、対価も無しにこんなことをする冒険者は居ない。
「何か、目的が?」
「アルは腹芸は下手だからなぁ。」
「フランも得意って訳じゃないでしょ。」
「まぁ。で、レティシアさんが睨んだ通り、少し受けて欲しい依頼がある。」
「…依頼?」
なんだろう。
太陽の盾程のクランであれば、自分達で動く方が良いのではないだろうか。
「私たちは別の依頼を受けていて動けないのだ。君らへの依頼と言っても、あの亜人の子達を送り届ける序でに、確認して欲しいって話なんだけど。」
フランシスカは少し声のトーンを下げて小声で呟く。
「亜人の国の王に会ってきて欲しい。」
亜人の国?
そこの王様?
「亜人の国ってどこにあるんですか?」
「あぁ、えっと、君たちは樹林公国クレアに向かうだろう?亜人の子供達を親元に返すために。だから、序でなんだ。国って言うと方々から怒られるんだけど、その亜人の国は、樹林公国クレアの結界の外にある。」
元々廃墟だった森の中に、亜人が生まれ、周囲の亜人を巻き込んで大きな集落になりつつあるらしい。
「そういうのって不穏分子とかって言ってまた勇者が襲ってくるんじゃないんですか?」
「また?」
フランシスカが首をかしげる。
しまった。
ツムギが不穏分子として、勇者とのかち合ったのがバレると面倒なことになるかもしれない。
勇者は表向きラピスグラスの守護者だ。
そんな人物と剣を交えることになったと言えば、十中八九こちらが悪いことになってしまう。
下手をすれば治療も受けられないかもしれない。
「んっ!いえ、何でもないです。その集落の王に会って何をすればいいんですか?」
「これを渡して欲しいんだ。」
手渡されたのは一枚の封筒。
金の刺繍に、金の封蝋。
印はついこの間見た、フェニックス。
つまりこれは…。
「王族の…。」
「そうです。国としての扱いは現時点では出来ないけれど、亜人を守る手腕は目を見張るものがあるのです。交渉で国交に近い同盟が組めればと、トリアリンブル家は考えているようです。」
「でも、それはクレアと敵対することになるのでは…?」
クレアにほど近い集落とラピスグラスが同盟を結ぶ。
これは、下手をするとラピスグラスがクレアと戦争をしようとしていると受け取られても仕方ない形になる。
更に、その亜人の集落がクレアに襲撃される可能性も出てしまう。
「なので、亜人の子供達を送り届けた後、なのです。」
「まさか。」
「えぇ、クレアの樹影の勇者、樹遼太郎にも会ってきて欲しいのです。」
こんなのどうやってツムギに話すればいいのだろう。
ツムギはよく気を失う…