72.溶岩の鳳凰
目の前の止まり木には煌々と赤く輝く鳳。
その姿は凛としており、風格が漂っているようにも感じる。
じわり近寄っていくとその大きさにも驚かされる。
止まり木がなくとも、自分より大きく、成人男性が止まり木に立っているのではないかと思わせる程である。
加えて、数本ある極彩色の尻尾は僕らの背丈程はある大きな止まり木より長く、ふわりと地面に垂れ下がっている。
僕が見上げて呆然としていると、フェリがぼそりと呟いた。
「何もいないですねぇ。」
…え?
目の前に、ここに、こんなに目立つ鳥がいるのに?
見えていないのだろうか。
「ご主人様、どうしたんです?」
「え、いやここに…。」
「ここ?…何も無いですけど…。」
「…ソフィアにも何も見えてない…かな?」
「うん。何も。…暑い。」
見える原因は…。
「ご主人様、今魔力見えてます?」
魔眼?
いや、使った記憶はない。
しかし、周囲を見回すと確かに濃密な魔力が辺りを漂っているのが見える。
そしてその魔力が全て、目の前の大きな鳥に流れ込んでいっている。
「これは魔力の塊…。」
ゴゴゴと唸るような地響き。
「ツム!扉が。」
「お兄さん!そこから離れてください!周りのマグマが…!」
扉が勝手に閉まっていく。
ぐるぐると渦巻く魔力が扉を内から押し込んでいくのが視えた。
魔力の渦は意志を持つかのように、僕たちを閉じ込め、マグマを押し上げる。
荒れる大海のように、うねるマグマは形を形成し、眼前の鳥と同化する。
「…これは。」
大きなマグマの塊が大きく面積を広げる。
まるで翼を広げるかのように。
「フェニックス…。」
「どうしますか!?」
「どうするも何も扉閉まっちゃってますしぃ。」
もしあれが魔力の塊であれば、倒すなんて出来ない。
魔力吸収をするにも限界がある。
「来ます!」
熱波。
全身の肌がひきつる程の高温が襲う。
咄嗟に『金属支配』で金属を壁に見立てて、周囲を囲う。
金属は熱を帯びていく。
その熱は金属を伝って、体を焦がす。
「ん…ぐぅ…。」
まるで内側から焼かれるような感覚に、思わず眉が歪む。
「ご主人様!」
「僕はいい、何とかして…魔力を散らして欲しい。あれは、ソフィアのそれと似たもののはずだ…。」
指向性を具現化するには、意志が必要だ。
それはソフィアが使う『骨穿』に仕組みが似ている。
「それならどこかに、あれを形作ってる『核』がある。と、思う。」
「お兄さん、ごめんなさい。何か視えませんか!?」
「あたしが壁を変わります!ご主人様!探して下さい!」
ナツミが背から金属の触手を伸ばす。
僕の出した壁に引っ付ける。
「ご主人様、大丈夫です!切り離してください!」
肩口から出していた金属を切り離す。
体の中にある熱は変わらないが、それ以上熱は上がらなくなった。
気が抜けたのか、頭がぼんやりする。
同時に、片膝をつく。
肩で息をしているのが、自分でもわかる。
歪む視界で必死に魔力を探るとフェニックスの中心部分に一際光る珠。
あれがフェニックスを形作る『核』だろう。
「見つけた…!でも、どう破壊すれば…。」
「どこ。」
「フェニックスの胸の中心。あそこを叩けば…。」
「ボクが行く。」
「それは…。」
核を叩くとは、マグマに直接触れるようなものだ。
間違いなく、僕が叩く方がリスクが低い。
「ツム動けないでしょ。」
「でも、ソフィアが体を張る必要はーー」
「ある。」
ソフィアは片膝を付き、僕と目を合わせ、伸ばした両手で僕の顔を包む。
「任せて。」
その瞳は真っ直ぐと僕を見つめ、既に心が決まっていると訴えていた。
「それに。」
ソフィアは立ち上がり、フェニックスを見つめる。
「それに?」
ーこれくらい出来なきゃ、ツムの傍に居られないみたいだからね。
小さく呟くような声。
それは、僕に聴こえないように言った言葉。
「そう言われると、フェリは何も出来て無いですけどねぇ。」
「戻るとき、期待してる。」
「あぁ、そうですねぇ。」
目を見合わせて、二人はふふと笑う。
「いけ…ますか?」
「ナツミ、もう少しいける?」
「何するの?」
「ソフィア、こっちに来て。」
『金属支配』『纏着』
スキルでソフィアを覆う。
「これで、少しは耐えられるはず。」
「ふふ、ありがと。」
「じゃあナツミ、頼む。」
「し、承知です。ソフィアさんいけますか?」
「大丈夫、貴女のタイミングで開けて欲しい。」
鉄の壁を開く。
フェニックスの熱波は呼吸するように、波がある。
隙を見て開けなければ、こちらが全滅してしまう。
「今!」
ぐにゃりと道を開ける金属の壁。
颯爽と飛び出すソフィア。
フェニックスは大きく溜めを作り、再び一気に熱波を広げる。
「打ち抜くっ『骨穿』!!」
ソフィアの一撃は、ガラスの砕けるような音を伴い、フェニックスを打ち抜く。
一気に広がった熱は、フェニックスを中心に収縮していく。
…イヤな予感がする。
未だ血が沸騰しているかのような激痛に苛まれながらも、強引に立ち上がる。
ソフィアを連れ戻さないと。
少しの筋肉の動きですら身が裂けるような痛みが走る。
視界の端で、長い耳をはためかせ、飛び出す影が見える。
「…ナツミ!二人を覆う準備を…」
「もうやってます!」
少しの後襲い来る、爆発と爆風。
その全てを感じる前に、目に鋭い痛みを伴い、僕は闇に落ちた。
爆発の轟音の中、声が聞こえた。
『最初に落ちたのは、我々だったか』
その声は、若者や老人、男の声も女の声も重ねたような、複数の声帯で同時に言葉を発したような、そんな響きだった。
ソフィアかわいい