68.剣の舞
ダンジョンでは熟睡はしない。
魔物の襲撃を警戒しながら、眠りにつく。
うさみみをピコピコ動かせば、周囲の環境は何となくわかる。
どれくらい眠っていただろう。
アニスタと居るときは、自身の方が先に休みをとるため、この後入れ替わりでアニスタが休むことになるのだけれど。
「あ、おはようございます。」
「おはよう。どれくらい寝てた?」
「四時間程度でしょうか。もう少し寝ます?」
「ううん。大丈夫。早くお兄さんに会いたいですし。」
「そうですね!まだ少し距離がありますが、ご主人様は同じ階層を歩き回っているようなので、追い付けるかと思います。あ、でも今は動きが止まってるみたいですよ。」
ナツミは目を閉じて、難しい顔をしながら言葉を続ける。
「お兄さんと繋がってる感じが羨ましいなぁ。」
「良いでしょー。」
「フェリもお兄さんと主従契約しようかなぁ。」
実は主従契約は人間の間では三十年以上前に失われた仕組みである。
亜人でも長命種が知るのみである契約方法。
高い魔力を持つ者が、低い魔力の者を使役、及び庇護するための契約である。
主人は従者を守り、従者は主人に付き従う。
長期的に見ると主従のパワーバランスが崩れて、逆らうことができなくなったり、従者の自由が害されるなど、弊害が多かったため、亜人の盾、カーム=ツィルフェルミナこと魔王が『忠誠の誓い』の儀式を隠匿し、更に条件を追加した。
双方の合意の上で、従者になるものが主人の手の甲に口づけをする。
ただし、主人は従者より魔力が高くなければいけない事と、何か一点において主人となる者が従者となる者を打ち倒し、従者が主人を認めていることが条件になっていた。
なので、もしフェリスがツムギと主従契約する場合、ツムギがフェリスを打ち倒さなければいけないのである。
「じゃあ合流できれば、ご主人様に聞いてみないとですね!」
ただ、この二人は条件を知らない。
フェリスがツムギの手の甲に口づけをしても、主従のパスは繋がらないのである。
「んじゃ、片付けて進みましょうかねぇ。…って…これは…。」
フェリスが目にしたのは魔物だったと思われる死骸の山。
それが、テントの裏に築かれていた。
「フェリさんが眠ってる間に襲ってきた不届きものの山です。」
「そ、そうなんですねぇ。」
「魔物避けの魔方陣が一部効いていない感じでしたけど、起こすのも忍びないのでこっそりと仕留めさせていただきました。」
魔物避けの魔方陣が効かない魔物はそこそこの強さを保持する魔物であり、この地下六階層に生息している魔物の屈強さを示しているとも言える。
その屈強な魔物を音もなく仕留めるナツミは…。
「フェリさん、行きましょ!ご主人様も待ってますよ!」
「ん、あぁ、そうですね。行きましょう。」
いったいどれだけの戦闘力があるのだろう。
「だだっ広い階層はこの地下六階層までなんで、一気に抜けちゃいましょう!」
テント等を片付けて、バタバタと進んでいく。
時おり出てくるゴーレムはフェリスの蹴りで砕きつつ、ヴァンピールラットはナツミが転写で出した複数の剣で切り裂く。
「ナツミさん、その姿は…。」
ナツミの背からは幾つかの触手が生え、その先端に剣の刃が付いていた。
「あたしは体が小さいです。なので広範囲をフォローしながら戦うすべを求めていました。」
目の前で勇者の強さを目の当たりにしたナツミ。
自身の主人を助けることが出来なかったことはナツミ自身を不甲斐なく思っていたのである。
「フェリさんが眠っている間に考えたのです。」
フェリスが眠った後、テントの周囲を突然ヴァンピールラットの群れが覆ったのだ。
一匹ずつ仕留めることは容易い。
けれど、群れからテントを守るにはあまりにも手が足りない。
自身でテントを包み込むことも考えたが、それも攻撃に転じることが難しくなる。
「どうすれば…!」
あの時ツムギに差し伸べられた手を思い出す。
手を作る。
攻撃も防御も、手があれば出来る。
手を増やすイメージ。
ツムギがいつも体から金属支配で操作する金属を体の一部のように扱っているように。
あたしにも出来るはずだ。
触手は初めは一本。
その一本の先にはラッチさんの剣のブレードを。
剣を振るうように、上空を一閃。
多くのヴァンピールラットを切り裂き、悲鳴が聞こえる。
「静かにしてください。フェリさんが眠っているんですから。」
もっと多く。
もっと強く。
もうあんな悔しい思いはせずに済むように。
触手は増える。
掴みたい人、守りたい人の数だけ増やす。
ツムギ、レティ、リュカ…出会った人を思い出す。
ツムギに助けられてから、さほど日は経っていないはずなのに多くの人と出会った。
出来るなら、彼ら彼女らが悲しむことが無いように。
出来るなら主人を矢面に立たせない、従者であるために。
「あたしは強くならなきゃいけないんです。」
幾本もの触手の全てに刃を携え、ヴァンピールラットを切り裂く。
見える全てが剣。
静まり返る洞窟で響くのはナツミの荒い息遣い。
金属支配による、急激な負荷によりナツミの体力と集中力は切れかけていた。
「うぅ…やり過ぎたかもしれないです。」
後は魔物避けの魔方陣のお陰で近付こうとしない魔物ばかり。
保持する触手を四本にまで抑え、フェリが起きる間なんとか時おり近づく魔物の処理をしたのだ。
摩耗する精神の中で、触手を操作する力を掌握することに成功したのだ。
「…通りで山になってた訳ですねぇ。」
末恐ろしいと思った。
あれだけのヴァンピールラットを討伐するためには、それなりに名前のあるクランが総出で挑まなければならない。
それを四時間であそこまで。
目の前を走る少女が触手を振るうと、飛びかかってきていたヴァンピールラットが二つに分かれ落ちてくる。
自分の作った剣だ、刃こぼれが起きることもない。
「愛の力ですねぇ。」
「そうです!」
触手を振り回す少女の笑顔は年相応に輝いていた。
不思議な光景にフェリスは笑う。
同時に思う。
「…負けられないですぅ。」
すみません、かなりバタバタしながら書きました。
…書き直したい。