66.お飾りの王族
ラピスグラス居住区、貴族区画。
その中でも特別大きな屋敷を有する敷地がレティ達の前に広がっていた。
庭に咲き乱れる華々は季節を讃えるように輝いている。
「はぇー…。」
リュカが口をぽかんと開けている。
あまり知識はないが、この屋敷が規格外の大きさやきらびやかさを持ち合わせていることは分かるようだ。
「お嬢様方、こちらへどうぞ。」
案内をしてくれているのは、老執事。
ダークスーツを纏い、凛と佇む姿は執事として一流であることが見てとれた。
「なんでうちはこんなとこにいるんだろう。」
本来であれば、体を汗と埃でドロドロにしながらダンジョンを探索していたはずなのである。
アニスタ自身、冒険者であるため報酬のためなら方々へ赴くことも吝かではないのだが、今の状況はあまり好ましいものではない。
「だってここは…。」
アニスタは知っていた。
屋敷の所々にある紋章を。
雄々しく広げた翼は天を覆うがごとく、燃える身体は全てを焦がすように。
ラピスグラスの王族、トリアリンブル家のみに許されたフェニックスの紋章。
まさか、一緒にラピスグラスに入った二人が王族だとは思わなかった。
太陽の盾のメンバーは知っていたのだろうか。
「…知ってたんだろうなぁ。」
思い返すとぎこちない雰囲気を出していたような気がしないでもない。
アニスタは思い出しながら苦笑してしまう。
「アニスタさん。呼ばれてますし行きましょうか…。」
「レティ姉ちゃん、手震えてる。」
「そそそそんなことないですよ。私も令嬢ですからね!」
「レティさん、令嬢は自分で令嬢って言わない。」
いつも通りレティは涙目になりながら、それでも敷地の石畳を老執事に言われるがまま進んでいく。
レティに手を繋がれ、隣を大人しく歩くリュカ。
犬耳を見ぬふりすれば、姉妹のようだ。
微笑ましくなり、ふと緊張が解けた気がした。
屋敷の中も、外観と変わらず荘厳な雰囲気を醸し出していた。
飾られている調度品は上品なものが多く、そのどれもに気品の高さを感じてしまう。
客間だろうか。
案内された部屋は少し狭めで、シックな家具が並んでいた。
部屋の奥には、先ほどの少女とふくよかな老人が座っていた。
「先ほどは、突然すみませんでした。ですが、少しお耳に入れたい話がありまして。」
「いえ…。けれど、話…とは。」
「あぁ、そんなに深刻な話ではないんですよ。ただ、あなた達と一緒にいた彼について、ラピスグラスの勇者から伺った事を伝えておいた方が良いと思い、誘った次第なのです。」
ラピスグラスの勇者。
猫耳の少女を連れ、立ち去ったあの男だろう。
ツムギを負かしたこともあり、少なくともレティにはあの男に良い印象はない。
「あぁ、まず。勇者…なんですよね。彼は。」
目の前の少女は憂いた顔をして、歯切れ悪く伺う。
王族であるのなら、過去に自身が行った勇者召喚を思い出しているのだろうか。
今となっては唯一勇者を召喚し、生き残っている王族である。
ただ、レティは逡巡する。
そうだと言って良いものなのか。
けれど、その一瞬の沈黙も少女は肯定とし、会話を続ける。
「勇者とは、異世界から召喚されたものの事を言うのは知っておりますか?」
もちろん、知らない。
ツムギやナツミが居れば少しは分かったかもしれないが。
「勇なる者、死を前にしてもっとも力を発揮する者であり、私たちと異なる成長軸を持つ者です。あなた達も心当たりはあるのではないですか?」
リュカとアニスタは首をかしげるが、レティには多少の心当たりがある。
もっとも、彼女がツムギと邂逅した時には既に今と同等の力を有していたが。
「その、死を前にして…とはどういう意味なんですか?」
「例えば自身の死、また近しい人物の死ですね。それらを勇者は乗り越え力に変えます。」
いまいち要領を得ない気がする。
この少女は勇者から何を聞いたのだろう。
「…あぁ、すみません。単刀直入に伝えます。あなた達に各地にあるダンジョンの制覇をお願いしたいのです。無理にとは言いません。ただ、拒否するようならまたそちらに向かう、と勇者は言っていました。」
「…い、意味がよく…。」
「そのままの意味です。今のままでは弱すぎる、と。勇者から逃げることも、何も守ることも出来ないと…勇者は言っておりました。」
強くなって出直してこいと?
けれど、それは…。
「ラピスグラスの勇者…いや、迅雷の勇者はツムギに何をさせたいのですか?」
ツムギの勇者としての伸び代を嘲るのでなければまるで、自分が討伐されるのを待つかのようだ。
「私にはあの勇者の考えることはわかりません。召喚したのは私なのにね。」
少女はふふと笑うが、目は決して笑わず憂いを帯びていた。
「あなた達の勇者は、今あのダンジョンにいるのよね?」
「…はい。突如現れたゲートで下階層のどこかに飛ばされたようで。」
「そうそう、ダンジョンの名前は全て私たち王族のファミリーネームがつけられてるのよ。ちなみに私の名前はマルティナ=トリアリンブル。そして彼がベルナール=トリアリンブル。元国王よ。」
「まぁ今となってはお飾りでしかないがなぁ。」
はっはっはと目の前の二人は笑うが、レティらは流石に苦笑することしかできなかった。
「私たちがあなた達に伝えたかったのはそれだけよ。彼がダンジョンから帰ってきたら、次に向かうのでしょ?恐らくクレアに。」
そうなるだろう。
誘拐された亜人の子供を返すために。
「あそこには天を突く大樹のうろ、ノスフルヴァニアダンジョンがあります。ただダンジョンはクレアの勇者が管理していたように思います。それを私名義で探索の許可を貰おうと思っているのですが、問題ありませんか?」
「問題も何も、そこまでしてもらうわけには…。」
「いえ、かの迅雷の勇者の依頼ですので、これくらいはさせていただきます。ただ、探索の許可が貰えるまで数日かかるのですが、大丈夫でしょうか?」
「はい。問題ないです。」
むしろツムギが帰ってこないと話は進まない。
そわりと、胸に飛来する不安。
それは一瞬で全身に侵食していく。
「無責任に聞こえるかもしれませんが、大丈夫ですよ。彼は勇者なんですから。勇者は悪運が強いらしいですからね。」
まぁ気休めですけどね。と、彼女は言う。
リュカ曰く無事ではあるらしい。
私も主従契約した方が良いのだろうかと、少しだけ本気で考えるレティだった。