64.ダンジョン探索再開
どれだけ吸収しただろうか。
周囲はドロドロとした緑色のもので溢れていた。
「これじゃ、どっちが魔物かわかんないな。」
「…そうだね。」
僕の呟きにソフィアが相槌をいれる。
ドロドロはアイゼンアントの体液で、僕に表面の金属を吸収された残骸である。
綺麗に中の臓物が残ったままなので、随分とグロテスクである。
臓物の山を横目に首をかしげるソフィア。
「吸収?するとどうなる?」
「え?強くなる…かな?」
「どういう原理?大きくなる?」
そう言えばどういう理屈なのだろう。
吸収する金属はなんでも良い訳じゃなく、ダンジョンにあった金属じゃないと能力が上がらない。
ダンジョンにあった金属…。
『高濃度の魔力に晒された』金属じゃないと駄目なのかもしれない。
「ま、いい。言われても多分ボクじゃわからない。」
僕がアイゼンアントを吸収している間、彼女はセーフティエリアの辺りで、僕の様子を眺めていたようだ。
「…私の『骨穿』喰らっても平然としてたし、ホントに規格外。」
「そうなのかな。」
「アイゼンアントは、一匹だとそんなに強くない。でも、防御力はすごい高い。だから、一匹倒す前に鳴き声で仲間呼んで、収集つかなくなる。そんな魔物。」
それをそんなあっさり餌みたいに食べちゃって。と、ソフィアは呆れ顔だった。
「そもそも、アイゼンアントが出てこなくなるまで倒されるの初めて見た。倒しながら撤退するのがセオリーなのに?」
「え、まだ出てくるんじゃないの?」
「この階層は多分打ち止め。ゴーレムと違って、湧くタイプだから次出てくるまで時間かかると思う。」
「ダンジョンってややこしいんだね。」
「普通は出てくるのを倒すか逃げるかだから、そこまでややこしくない。」
そもそも魔物は
「魔力の指向性に反発して発生するもの」と「魔力の指向性に沿って発生するもの」に分かれるのだそう。
そう聞くと「魔力を流す方向で、魔法が変わる」という勇者の魔法や、魔方陣の話を思い出す。
似たようなものなのであれば、何処かにダンジョンの核と言えるような魔方陣があるのかもしれない。
「そろそろ動く?」
「…そうだね。」
ナツミの居場所を探ると、先ほどと階層は変わらなかった。
…確か四から六階層は広いんだったっけ。
動くか、の質問に言い澱んだ僕に疑問を持ったのかソフィアは首をかしげる。
「なんか待ってる?」
「あ、言い忘れてたね。今、多分僕を探して何人かがこの階層に向かってきてる。」
「来れるかな。さっきツムギがまとめてあっさり倒したアイゼンアントも、上の階層にいるヴァンピールラットもだいぶめんどくさい魔物。」
全部単体では然程強い魔物ではないのだが、このダンジョンの特性上、ゴーレムと一緒に討伐しなければいけないのだ。
ゴーレムは防御力と攻撃力、核を探すすべや探す時間も踏まえると厄介な魔物なのである。
アイゼンアントは先ほども特筆したように、防御力と仲間を呼ぶ特性、ヴァンピールラットは飛行能力を有する機動力と的の小ささ。
それぞれの厄介な点が組み合わさると、突破は容易ではなくなるのだ。
「貴方を迎えに来ようとしている誰かが、ここまで来られる可能性は高くない。」
「…大丈夫だと思うよ。」
「随分と信頼してる。」
「そうかな?…うん、そうかもしれない。」
ナツミが誰かを引き連れて来てくれているのかはわからないけれど、僕の力はそのままナツミの力だ。
そう簡単に負けることはないだろう。
僕とスライムさんの『渾然一体』のパッシブスキルが、僕とナツミにも作用しているとするならば、その信頼はより強固なものになる。
「だから、僕たちは僕たちで出来ること、やっとかないと。宝探し…とかね。」
「宝探し?」
「うん。折角深い階層まで潜ってるから、戦利品でも持って帰らないと、怒られそうなんだよね。」
主にアニスタさんに。
もし僕を探すために二手に分かれたのであれば、アニスタさんは多分地上に戻る。
僕の救出より、あの兄弟を送り返すことを優先するはずだと思ったのだ。
なら、すこしはお金になりそうなものを持って帰る必要がある。
「だから、ちょっと付き合ってよ。」
「…はぁ。深刻に悩んでたボクが馬鹿みたい。」
「ん?」
「いいよ。付き合う。でも…。」
「分かってるよ。取り敢えずソフィアは僕の監視って名目でね。」
「それもあるけど、何を狙うのか、と思って。」
狙う?
「例えば、アイゼンアントやヴァンピールラットの魔法結晶、他には鉱石とか魔物の一部も換金出来る。」
「そうなんだ。」
「そうなんだ…って、何も教えてもらってないの?」
「よく知ってそうな人に任せてたんだよ。」
「ちょっと無責任。」
「…適材適所って言って。」
多少の自覚はあるため、ツムギの声は少し弱くなる。
少しは勉強してきた方がよかったかな。
悩むように唸っていると、ソフィアは僕の背中を叩いて、ふわりと笑った。
「行くよ。ボクなら多少わかる。」
「じゃあお願いしようかな。」
二人はダンジョンを進み始める。
時折現れるゴーレムはツムギに核を貫かれ、或いはソフィアの殴打で核を砕かれ、瞬時に岩に戻る。
「そう言えば、その骨穿ってどういう仕組みなの?」
「魔力を打撃に変換して打ち込む。」
「打撃に変換?」
「そう。この盾に付いてる魔法結晶が変換してくれる。」
「と言うことは、ソフィアの固有魔法は別であるってこと?」
「…あ。今のなし。」
もう無理だよと思いながら、軽く頷いておく。
何か隠したいことでもあるんだろう。
口が軽くなったと言うことは、緊張感が抜けてきているってことだ。
良い傾向なんだと思う。
序でに言うと、監視も止めて貰いたいけどね。
「でも、打撃に変換するってのがいまいち、想像つかないなぁ。」
「無色の塊を打ち付ける感じ。」
この辺りの感覚は未だによくわかっていない。
魔力の概念を頭で理解するのはもう少し先になりそうだ。
しかし、ツムギには魔力を目視する力がある。
「今度技使うときに見せてよ。」
「…良いけど…なんかイヤ。」
「えぇ…。」
ソフィアは自分の体をきゅっと抱き締める。
「普段見られない所を視られるみたい。恥ずかしい。」
あまりの艶かしさにツムギは目をそらす。
ソフィアが悪戯が成功したように、にやりと笑ったのをツムギは見ていなかった。
レティ「何か嫌な気配が。」
リュカ「ん?」
ーーー
ナツミ「何か嫌な気配が。」
フェリ「何か泥棒猫の気配が。」
ナツミ/フェリ「ん?」