6.半ローナちゃん
取り敢えず、食料庫にあった麻袋?を加工して着せる。
袋の底の中央と、袋の角の下に穴を開けただけの簡易的なもの。
メタルスライムの転写により、麻袋を被った全身銀色の幼女が出来上がった。
『ありがとうございます。ふにふに。食料庫はこちらになります。ふにふに。』
「ちょっとまって。その前に、お話をしようか。まず、さっきも聞いたかもしれないけど、君は今どうなってる?」
まだ現状の把握ができていないローナちゃんが、食料庫に行くのは良くない気がする。
『あたしですか?あたしは今…あれれ?なんか変な感じです。スライムさんをふにふにしてる感覚はあるのに、手には何も持っていないです!』
…どういうことだろう。
メタルスライムの中に、元々あった"メタルスライムの意識"と水晶に保存されていた"半ローナちゃんの意識"が混在してる?
「じゃー、スライムさん。右手上げて。」
サッと幼女は右手を上げる。
「で、ローナちゃん右手下げて。」
『へ?あ、はい!あ、ありがとうございます!下げますねー。』
タイムラグの後に右手が下がる。
右手上げて、左手上げて、右下げて、左下げない。
結果から言うとメタルスライムとローナちゃん二人の意識は、メタルスライムの中に混在している。
じゃあどっちが体を操作しているのかと言うと、『どっちも』が正しい様だ。
メタルスライムが操作するときは、ローナちゃんは意識だけ。
また、ローナちゃんが体を操作するときは、メタルスライムに許可をもらって、操作権を貰う感じになる。
僕がローナちゃんに指示すると、メタルスライムが反応、ローナちゃんに体の操作権を渡して、ローナちゃんが動かす。
操作権を渡しっぱなしだと、ローナちゃんの思い通りに動かせる。
動き始めはタイムラグが大きそうだけど、慣れかな。
引っ掛かっているのは、ローナちゃんは初めから僕のことを"ご主人様"って呼んでいること。
僕が召喚したからメタルスライムの主人ではあるけど、ローナちゃんは違う。
もしかすると、一部の記憶が欠落しており、メタルスライムの意識で補完しているのではないだろうか。
本当の事を伝えなきゃ、と思う。
伝えたくないな、と思う。
記憶が子供のままで、受け止められるだろうか。
でも、本当の事を言わないと、先には進めない。
「ローナちゃん。今から僕はよくわからないことを言うと思う。混乱すると思うけど、落ち着いて聞いて欲しい。」
取り敢えず昔のローナちゃんが書いていた日記や、その周辺に散乱していた本、もしくは机の引き出しに保管されていた資料から推察した現状の説明をメタルスライムローナちゃんに伝える。
僕は多分魔王が勇者として召喚した人間であること。
召喚は発動してから30年ほど経たないと完了しないこと。
だから、ローナちゃんが昨日と思っている記憶は大体30年前であること。
勇者に襲われて、ローナちゃんは自身の半分を水晶に保存したこと。
…魔王もローナちゃんの本当の肉体ももう無いこと。
一つ一つ、意味を理解できるような言葉を重ねていく。
メタルスライムのローナちゃんは、
まず頷いて、
それから目線を下げて、
肩を落として。
僕が全て話を終えると、目を合わせて、
『かなしいのに涙も出ないんですね。』
と、にっこり笑った。
それからしばらく、二人で何も言わずに食料庫の前で座っていた。
窓から入る風は気持ちよく吹き抜けていく。
ローナちゃんにとっては空白の30年。
そういえば、僕が転移するまでに30年と言うことは、元の世界はどうなっているのだろう。
30年経ってから喚ばれたのか、喚ばれて30年経っているのか。
前者なら僕は16歳のままだし、後者なら46歳。
肉体的には16歳に見える。
体力も16歳。
そもそも元の世界に戻れるのだろうか。
僕が居なくなったのなら母はどんなリアクションをするだろうか。
「ローナちゃん。」
『…。』
「もし、僕が育った世界に帰る事が出来たなら、一緒に来る?」
『…へ?』
「人としては生きられないかもしれないけど、ずっと一緒にいることは出来ると思うんだ。」
改めてローナちゃんの方を見る。
口をポカンと開けてこちらを見ている。
メタルスライムは空気を読んで、体の主導権をローナちゃんに預けっぱなしだったようだ。
ローナちゃんが放心してて、交渉できなかっただけかもしれないけれど。
『…いいんですか?』
「君が良いなら。」
『あたしが居ていいんですか?』
「居ていいよ。納得できるまでずっと。」
目が覚めたら、親も居なくなり、肉体も、住んでた国?城も無くなっていた。
納得も理解も出来ないだろう。
巡り合った縁…で片付けられるほど、偶然ではないけれど、出来るだけのことはしてあげたい。
唐突にローナちゃんは書庫に向かいたいと言って、上に上がることになった。
石段を登り、狭い扉を抜けて、本の山に出る。
書庫に出てすぐにローナちゃんは、がさごそと山の中を漁る。
中から引っ張り出した本の表紙には愛嬌のある文字で、『魔王観察日記』と書いてあった。
バラバラとページをめくっていく。
あるページで止め、机にバンと広げ視線を落とす。
30年前の最期のページ。
もう一人のローナちゃんが、最期に書いた一ページ。
書き終えた後、おそらく彼女は命を落とす。
王に召喚された勇者の手によって。
最期のページを読み終えたローナちゃんと目が合う。
『ご主人様。私に名前をつけて下さいませんか?』
「名前?」
『はい。これを書いたあたしと、あたしを別の…いえ、新たな生を、あたしに下さい。』
過去の自分に何を思ったのだろう。
でも、名前を欲する理屈は何となくわかる…気がする。
区切りが欲しいのだろう。
バッドエンドを逃れたけれど、何もかも無くなってしまった。
名前を付けてあげよう。
ローナ…
ローナ=ツェルミルフェナ。
な…なつ…なつみ?
「『ナツミ』でどうかな?」
『ナツミ…ナツミ…』
「だめ…かな?」
『そんなことないです!ありがとうございます!』
ナツミはエヘヘと笑う。
ネーミングセンスが和風なのは仕方ない。
「よろしく。ナツミ。」
『よろしくお願いします!ご主人様!』