55.愛や恋ではないけど
ようやっと解放されたリュカは、先ほどからずっと僕の後ろに付いて回っている。
「ホントにすみませんでした。もうしませんから…。」
レティはどうも感情の表現が極端な気がする。
愛情表現が苛烈と言うか。
「主はもう大丈夫なのか?」
レティの謝罪をぷいと反らし、リュカは僕の身体を心配する。
レティもそんなに凹まなくても。
後で説得しておくからさ。
「にしても、主でも負けることがあるんだな。俺たちはナツミ姉ちゃんからしか聞いてないけど、勇者と戦ったんだろ?」
「あぁ、強かったよ。僕が目で追えないくらい速くて、太刀筋は止められないくらい鋭かった。」
迅雷の名に違わない神速の剣。
間合いの外からでも、容易に剣で両断出来てしまう。
今の僕では勝てる気がしない。
見逃されたのも、勇者が僕を驚異だとは思わなかったからだ。
もし、勇者全員があれだけの力を持っていたとしたら?
僕はなおのこと、ソルカ=セドラの紅蓮の勇者に見つかるわけには行かない。
紅蓮だけではない。
これから他の勇者が、殺すために、或いは利用するために僕に近づくのだろう。
その時に、今回のリュカのように僕以外の誰かが巻き添えを喰らう可能性は大いにある。
…僕は誰とも一緒に行動しない方が良いのかも知れない。
今ならレティはオーガの里に帰れるし、リュカも主従契約を解除すれば…無責任かもしれないけれど、僕に巻き込まれることはない。
「主?大丈夫か?ツラそうな顔してる。」
「ん?…大丈夫だよ。リュカこそ大丈夫?」
「おれは大丈夫!でも、主に貰った指示をこなせなかった。レティ姉ちゃんの力になれなかった。」
「そんなことないって、言いましたよね。」
いつの間にか立ち直ったレティがリュカの背後に立っていた。
「そんなことないって言いましたよね?リュカが居なければ、私がこんなに自由にピンピンしてはいなかった。貴女は私を守ったのです。もっと胸を張ってください。」
リュカはレティの腕の中でもがいている。
「わかった!わかったよレティ姉ちゃん!だから離して!はーなーしーてー!!」
「離しません!リュカが私を守ったと、ちゃんと納得するまで、離しません!」
キャイキャイしている。
元気そうだ。
「そういえば、さっきアニスタさんが話をくれたんだけど、もう少し療養したらラピスグラスのダンジョンに行くらしいんだよ。で、僕らも便乗しようかなと思ってるんだけど。」
「はい!私行きたいです!」
片腕で未だにリュカを抱き締めたままのレティが勢いよく手を上げる。
「それは許可できませんね。」
「お、母様…。」
「ツムギさん。目覚められてすぐで申し訳ありません。少しお話がしたいのですが宜しいでしょうか?」
「え?あ、はい。」
僕はレオノールさんに連れられ、客間へと向かう。
去り際のレティはとても、もどかしい顔をしていた。
ーーー
客間は広く、机を挟んで立派なソファが向い合わせで並んでいる。
レオノールさんとレイナさんが座ったのを見て僕も座ることにする。
何の話だろう。
連れ去られた亜人の今後?
それとも、さっきのレティとの話?
「まず、今回の一連の事件にご助力頂きありがとうございました。」
「ツムギさん、女王救出と護衛の報酬を。」
レイナさんがどさりと出したのは拳程の麻袋。
「報酬の話はしていなかった気がするのですが…。」
「何事にも対価は必要です。硬貨が一番分かりやすいため、今回は硬貨にさせていただきました。」
袋の中には黄金に輝く硬貨が数十枚。
…金貨?
そういえば、この世界の相場がわからない。
後で誰かに聞いて、市場も見て回ることにしよう。
「金貨が30枚、入っております。」
「あ、ありがとうございます。」
不意にレオノールさんが顔を近づけてくる。
見た目がレティに似てるからか、少しドキッとしてしまう。
けれど、目は本気である。
「本題なのですが。」
「な…なんでしょう。」
「貴方はレティシアをどう思っていますか?」
…ん?
僕がレティをどう思って…?
ぽかんとしている僕を見て、言葉を付け足すレオノールさん。
「あの子は貴女の姫足り得ますか?と聞いています。」
「…と、言いますと?」
「レティシアは昔から男性と縁がありません。父譲りの腕っぷしの強さと私譲りの気の強さ。愛情は人一倍あるのに、強さから敬遠されてしまっていました。」
ガタリとレオノールさんは立ち上がり、拳を握りしめる。
感情が籠ってきたぞ。
「けれど、あの子も一人の娘。どこにいる王子様に見つけられたいと願望があるはずです。そう、貴方は!レティシアの!王子様なのかと!確認しているのです!!」
「すみません。女王様は少々、頭がお花畑なのです。」
「レイナ!お花畑とはなんですか!私は私なりにレティシアの未来を憂いて…。」
「嘘ですね。女王様の顔には、ラブロマンスが見たいと書いてあります!実の娘なのに、そんな軽い気持ちで殿方にパスしていいんですか!?そもそも姫様はトラーフェ商会の跡取りじゃないですか。」
「軽い気持ちではありません。私は逃げ惑った果てにあの方とお会いして、レティシアをもうけました。出会い方はそれぞれです。あ、ちなみにツムギさんはレティシアとどのような出会いを?」
キラキラした瞳で、こちらへ伺ってくるレオノールさん。
言えない。
力でねじ伏せただけとは、口が裂けても言えない。
「興味本意で聞きすぎです。昔からレオノールは恋愛の話になると止まらなくなるじゃないですか。」
「だって、気になるでしょ!甘酸っぱいのもほろ苦いのも全部ときめいちゃうでしょ!恋愛って素晴らしいのよ?私はそのお裾分けを貰いたいだけで…。で、どうなの?ツムギさん。うちの娘は。」
少し思案する。
レティは確かに綺麗な人だ。
しなやかに引き締まった身体や黒髪のストレートヘアが風になびく姿はかっこよく、けれど時々見せる弱さや脆さは女性性を感じずには居られない。
でも、恋愛となるとどうなのだろう。
…この想像は僕には少し刺激が強いかもしれない。
「まぁ、愛だ恋だはそんなにすぐにピンと来ない場合もありますから、後でも良いでしょう。ただ今私が聞きたいのは純粋に『今あなたにレティシアは必要か?』と言うことです。」
言葉を続けるレオノールは真っ直ぐに僕を見ている。
まるで見定めるように。
「娘はさっき、レイナも言っていたように、あれでうちの跡取りです。貴方と一緒に旅をすることで見聞を広めるのも良いでしょう。けれど、私の娘です。可愛くて愛おしくて仕方ない。」
レティは僕の旅路に着いてこようとしている。
それを理解し、勉強にもなるため応援はしたいが、着いていく男が正しい人物か…。
見定めたいと言ったところだろうか。
「愛や恋としてではありませんが、僕はレティを信頼しています。出会ってそれほど時間を共にしているわけではありませんが、それでも彼女の誠実さや純真さを感じない事はない。彼女が僕に着いてくると言うのであれば、僕は彼女の背中は守ろうと思います。」
レティの性格を考えると彼女を守る、とは言えなかった。
目の前のレオノールさんほどではないけれど、僕より彼女は直情的だ。
多分僕の背を見るより、僕と方を並べたがるだろう。
なら、尊重してあげたいと思う。
「背中を…ですか。」
「はい。守られるだけは彼女の性には合わないと思いましたので。」
見据える目。
フッと視線が外れると、レオノールは笑いだした。
「ふふふ、確かに。わかりました。貴方とレティシアに任せます。ただし、時々戻ってきてください。心配はしますので。」
「わかりました。約束します。」
ラピスグラスでの当初の目的はこれで全て達成出来た。
次はラピスグラスのダンジョン、トリアリンブルダンジョンへ向かう準備をしないとな。
ついでにこの金貨の相場も…。
レティシア「何かお母様が恥ずかしいことを言ってる気がする。」
リュカ「頼むからそろそろ離して…。」