54.雷鳴轟いた嵐の後
身体が溶けていくような感覚に襲われる。
地面に重く沈み込むような。
指先も、足も、肩も、身体も、耳も頭も目玉さえも、泥濘のようにドロドロと溶け込むような。
手を伸ばすこともできず、掬われるまで救われる事もなく、だらりと広がっていく。
まるでスライムになったみたいじゃないか。
僕はどうしたのだろう。
猫耳の子と戦って、レティに後を任せ、グロリオ辺境伯を探して…勇者にあしらわれた。
そうだ。
その後、どうなったのだろう。
身体が鉛のように重い。
まるで身体の餓えから何かで押さえつけられているかのような…。
なんとか重いまぶたを開くと、そこには…。
「あ、起きましたか?お兄さん。」
声のする方にはフェリが、身体にかかる重みの正体を暴こうと視線をやるとレティとナツミが寄りかかって眠っていた。
レティはボクの横になっているベッドにうつ伏せで、ナツミはボクの上でうつ伏せで。
「…えーと。」
「お兄さんが倒れて3日ほどになります。その間ずっと皆傍にいて、離れなかったんですよ。健気ですねぇ。まぁフェリも、その一人なんですけどね。健気ですよね?」
よく見ると彼女の目の下にはうっすらと隈が出来ていた。
「あ、そうそう。事の顛末と言いますか、グロリオ辺境伯に非はありませんでした。と言うのも、辺境伯の息子が、どうやら裏と繋がっていたようで、亜人の買取も息子の仕業だったそうで、昨日ラピスグラスの衛兵に連れていかれました。」
「まぁ、そこら辺は勇者様からの調査結果ですけどね。」
ドアからひょっこりと顔を出したのはアニスタさん。
僕が勇者に襲撃された事は、誰にも伝わってないのだろうか。
「うちらはこっちに来る用事は無かったんたんですけどね。」
「ビックリしたんですからね!レイナさんに聞いたら、辺境伯の部屋に、お兄さんとリュカちゃんが担ぎ込まれたって言うから…。」
「リュカ!?リュカは大丈夫なの?」
思わず身体を起こすと、レティとナツミが目を覚ます。
「ご主人様!」
「ツムギ!」
正面と右から飛び付くふたり…抱き締める腕が首と胴体に…って痛い痛い痛い。
「ご主人様…。ごめんなさい。ホントなら私が矢面に立って何とかすべきだったのに…。ホントに…。意識が戻って良かったです。またあたしは…一人に…。」
「すみませんでした…。私が早くそちらに行くことが出来ていれば、もっとツムギの力になれたのに…。向かうこともできずに、しかもリュカも…。」
リュカはどうなったのだろう。
ルガルやライカは?
レイナさん、レオノールさんは無事なのだろうか。
…首と胴体の締め付けが強くなっていく。
「おーい。また、ツムギさんの意識飛んじゃうぞ。」
「「あっ!」」
サッと二人は腕を戻す。
「お兄さん、先に言っておきますけど、皆無事ですよ。」
するりとベッドを回り込んでフェリはボクの頭を撫でながら、状況説明の続きを話していく。
「リュカさんは今、隣の部屋で眠っています。お兄さんより早く目を覚まして、療養してるって所です。ご主人には倒れたことは言わないでくれって言われましたけどね。恥ずかしいんですって。」
にひひと意地悪な顔で笑うフェリ。
「まぁ元気になったら、見に行ってあげてください。レティのお目付け役をちゃんとできなかったと、項垂れてましたから。」
「そんな、リュカが居てくれたから、私はこうして無事でいるのに。…ちょっとリュカの所に行ってきます。…もちろん、ツムギが目覚めた話もするために。」
「お手柔らかにね。」
「…善処します。」
レティは、すっくと立ち上がりそのまま一直線にリュカが居るであろう部屋へ向かっていった。
直後、思い出したように、アニスタさんが声をあげる。
「あ、そうだ。ツムギさん。うちら、近々トリアリンブルダンジョンに潜ろうと思うんですけど、一緒にどうですか?」
「トリアリンブルダンジョン?」
「はい。ラピスグラスが保有するダンジョンで、地下に続く洞窟タイプのダンジョンになります。」
ダンジョン…。
多大な指向性のある魔力が、ダンジョンを形作り、特性を造り、魔物を産み出していく…。
魔王城こと、ツィルフェルミナダンジョンでは、通り抜けることを優先したけれど、武者修行にはぴったりかもしれない。
今回、僕は勇者にボロボロに負けた。
一矢報いることもできずに。
これからも勇者は僕を狙ってくるだろう。
その時に、今回のリュカのような、いやそれよりもっと酷いことになる前に、もう少し強くならなきゃいけない。
それともう一つ。
地上に降りてから、リュカ達のナイフやレオノールさんが捕らわれていた檻等を吸収した。
けれど、FPなどステータスが上がらないのだ。
地上の金属を吸収してもステータスは上がらないのだろうか?
今一はっきりとわからないけれど、強くなるには僕らと吸収は切り離せない。
ダンジョンに金属があればの話なのだけれど。
「あ、ちなみに今現在、踏破されているダンジョンは一つ。中央中立都市ソルカ=セドラにある、テオラシオンダンジョンのみです。彼処は旧大聖堂がダンジョン化してしまったため、修道者総出で早期に探索したそうです。まぁ、今となっては内部はもっと複雑怪奇でしょうけど。」
ちなみに今回向かおうとしているトリアリンブルダンジョンは地下6階層で分岐があるらしく、その先から帰ってくるものがいないため、未知の領域になっているそうだ。
「まぁ、無理にとは言わないです。ツムギさんが居れば、多少はフェリを制御しやすいかなぁと思って…。」
「フェリは普段から素直ですよ。」
ニッコリ。
いや、ニッコリじゃない。
アニスタさん、苦労してるんだろうな。
「どう思う?ナツミ。」
「私は行きたいです。そもそもダンジョンは武者修行の場として最適だと思います。だから…。」
ナツミは言い淀む。
やはり、今回の僕の昏倒が記憶に新しいからだろう。
少し恐怖も感じるらしい。
「…うん。行ってみたいです。僕で良ければ同行お願いしてもいいですか?。」
「ホントですか!?お兄さん!!」
歓喜の声をあげるフェリ。
ちなみにずーっと頭は撫でられ続けている。
「はい。ただ、ナツミ、レティ、リュカ達ウェアウルフに話を聞く必要と、レオノールさんやレイナさん達、トラーフェ商会との話もあるから、出発はもう少し遅くなるかもしれない。」
「それは、全然大丈夫。先の依頼で懐は暖かいし、ツムギさん達の用事が終わるまではグロリオ領に居させていただきますよ。…多分フェリスが動いてくれないし…。」
言葉の最後の方にぼそりと呟いた言葉だけ、聞こえなかったけれど、良かった。
「取り敢えず、リュカの様子を見たいな。」
「ん、あぁじゃあちょっと様子見にいきましょうか。」
レティがリュカに何て言ってるかも気になるしね。
カチャリと扉を開けると、リュカをヒシと抱き締めるレティの姿があった。
あ、目があってしまった。
「お取り込み中かな?」
「いえ、大丈夫です。」
「大丈夫じゃねぇよう、主助けてー。」
モフられるものの定めか…。