53.迅雷の勇者オンステージ
久々に感じる身を裂く激痛に、一瞬気が遠くなる。
「ご主人様!まだです!」
下唇を噛み締め、確認。
ナツミが回収してくれた左腕を切り口で抑える。
僕の中にいる、スライムさんのスキルか、それとも僕の生存本能か。
金属支配により、腕を繋ぐ。
血管を流れていた金属は流れを繋ぎ、骨は金属支配を直接使い、無理やり繋ぐ。
切り口の全神経がたわしで擦られているような気分である。
「ほほう。やはり、ただの凡人では無いようだ。けれど、回復を待つほど、私は愚かではないよ。」
迅雷の勇者は、構えを変え、剣を正面で構える。
「さぁ!受け止めてごらん!」
見た目の軽さからは想像できないほど、速く強く重い、唐竹割りの一撃。
強引に繋ぎ合わせた左腕にギブスのように金属で覆い固定、ラッチさんの剣を両手で構え、受け流す姿勢に入る。
「はっはぁ!!」
彼は両手で振り上げた大剣を、片手で振り下ろす。
鍔競り合うのもつかの間、僕の大剣がパキリと音をたてて、ヒビが入る。
「なっ!」
「そんな無銘の剣で、俺のコルタナを受け止められると思ったのかい?」
驚きで気が緩んだ隙に、鍔で僕の大剣は弾かれ、がら空きになった腹部に蹴りを貰う。
「かはっ…。」
「んんー。知ってるかい?勇者は悪運が強いらしいんだ。だからね…。」
ふふと笑う勇者は、転がり倒れている僕を見下ろし言葉を続ける。
「激戦で死ななければ勇者なのさ。名を残すという意味ではもう少し、輝きが必要だけれどね。」
大きく広げた両手は何を掴もうとしているのだろう。
一挙手一投足大袈裟な彼は、一人舞台であるかのように振る舞い続ける。
「俺は出遅れた。魔王討伐のための戦に。魔王の勇者であるなら、知っているだろう?魔王を討ったのは二人の勇者であることを。」
ラッチさんが言っていた。
確か…『紅蓮』と『土塊』
「カズヤとノノは各都市の勇者召喚を待つことなく二人で魔王を討伐!めでたく世界は平和に…ならなかった。人は強欲にも、執拗に亜人を追い掛けた。魔王の遺産を知っている亜人を求めてね。するとどうだろう。人は愚かにも遺産のありかを探し、争うようになったのだ。」
魔王討伐後に起きた、人同士の戦争…。
それもどこかで聞いた話だ。
そしてその戦争を終結させたのは、目の前の彼を含める七人の勇者…。
「俺が召喚されたのはその頃だ。俺は嘆き憂いた。何とかして、平和にしてやろうと。さて、君ならどうする?」
ふらふらとする身体をナツミに支えてもらいながら、僕はなんとか立ち上がる。
召喚された当初なら分からないが、今の僕なら亜人が人の戦争の巻き添えになっているのなら、なんとかして戦争を止めようとするだろう。
例えば亜人が守る魔王の遺産を突き止める所から始めるだろう。
良くも悪くも戦争の種になっているのだから。
「俺…いや俺たちはね?戦争を主導している人物を片っ端から潰してやることにした。その力があったからだ。この世界に転生してきて、戦争に駆り出されるなかで、僕たち勇者は結託し、世界を守る剣になろうと…。そのために王族を犠牲にした。」
「じゃあなぜ、ラピスグラスには王族がまだ生きているんです?」
迅雷の勇者はわざとらしく感心したような素振りを見せる。
「そう!いい質問だ。平和とはなんだろう。戦争が起きないこと。奪い合いが起きないこと。食べるものに困らないこと。俺たちはそう考えた。なら何が必要になる?そう、象徴だ。君も知ってるだろう?正義の味方には象徴が必要なのさ。誰かを憂い、涙を流しながら祈る象徴が。」
「それを王族に?」
「まぁ実質、俺達が平和の象徴ではあるんだけどね。俺は皆殺しにするのが、嫌だった。だから、殺す前に質問したのだよ。一人ずつ丁寧に。『平和になるには何が不要だろうか?』とね?」
にっこりと笑顔を作る彼の眼は笑っておらず、そのときのことを思い出しているようだった。
「あぁ、平和になるには何が不要なのだろう。武力?権力?否、怠惰だよ。言ったのだ、王族が王城でふんぞり返っている暇こそ、平和には不要だ。けれど疑問に思うだろう?そう、俺は怠惰なる勇者だ。なぜ、平和には不要だと言った怠惰を俺が冠しているか、わかるか?」
張り付いたような笑顔をこちらに向けてくる。
これは、本当に聞かれているのだろう。
「…武力は怠惰である方が、平和だから…かな。」
「そう!その通り!戦えるものが暇な方が平和だろう?だから、俺は当て付けのように、怠惰なる勇者を名乗るのである。ところで…。」
全力の魔眼でも、追い付けぬ程のスピード。
魔力が宙に軌跡を描くほどの速さで僕の耳元にまで近づき、僕以外誰にも聞こえない程の声で呟く。
「他の勇者を潰してはくれないか?」
………は?
「な、何を!」
「自己犠牲の精神さ。武力の象徴がいると、怠惰が霞む。今は返事はいいさ、前向きに検討してくれたまえよ。あぁ、そうだこの村の住人はこの屋敷の地下に全員いる。知っているだろう?魔王が復活したのだと。吹聴したのは俺だけどねぇ。」
勇者の口角がまたつり上がる。
「詳しくは辺境伯に聞きたまえよ。魔王なぞ俺なら甘言を耳元で囁いて、口説き落としてやるだろうになぁ。」
白スーツを翻し、勇者は去っていく。
泥一つスーツに飛ばすことなく、僕を一蹴していった。
魔王が復活した?
なんで、それを勇者が吹聴する。
勇者が魔王を討伐するシナリオを自分達で作り上げるつもりか?
勇者の白スーツが見えなくなった頃に、ずるりと体の力が抜ける。
「ご主人様!」
「ごめんね。負けちゃったよ。」
「そんな、謝らないで下さい!」
実を言うと、ツムギは先の猫耳との戦闘で既に焦っていたのだ。
死を越えて、スライムさんと得た力をもってしても、勝ち目のない戦い。
レティを相手に戦うのなら命を取ることは無いだろうと踏んだから、あの場はレティに任せた。
けれど…。
「任せちゃいけなかったかもしれない。」
他人を信頼して送り出すというのは、言い様のない不安と焦燥に駆られるものだ。
判断そのものが、間違いだったようにも思えてしまう。
「僕だって、僕の知っている人が、傷つくのは嫌なんだよ。」
「知っています。だからこそ、あたしはここにいます。助けてもらってここにいるんです。」
崩れ落ちた僕の頭を膝の上に乗せ、ナツミは続ける。
「愛情や友情なんて、見えないものです。けれど、ご主人様が咄嗟にレティさんを呼んで、レティさんはそれに答えたんです。それは既に、信頼です。心配はしても、後悔はしないで下さい。またレティさんに怒られますよ。」
僕は怒られてばっかりだな…。
緊張の糸が緩んだようで、僕の意識はそのまま闇に落ちていった。
自分語りが好きなオウカのようなキャラは書きやすいですね。
ちなみにオウカはそのまま猫耳を連れて去っていきました。
なにしに来たんだこいつ!!