52.襲来する迅雷
レティシアは今、歓喜に震えていた。
私の太刀を難なく躱し、母を事も無げに救って見せたツムギに敵を任されたのだ。
と、同時に自身の感情の高ぶりに驚きを隠せずに居た。
頼られた理由は分かる。
私たちが保護対象だからである。
だからこそ、私が矢面に立てば、被害は最小限に抑えられる。
分かっていて尚、頼られたのが嬉しいのだ。
尻尾があれば振っていただろうほどに。
自分が自分では無いような感覚さえ覚えるほどに、舞い上がっている。
「取り敢えず、レティシア姉ちゃんは深呼吸した方がいいな。」
「リ、リュカ。」
「無理しないように、念のため、って主が。」
「そ、そう…。」
自分だけで大丈夫なのに、と少しずつむくれるレティシアを見て、リュカは「やっぱりこうなったぞ」と村の奥に走っていったツムギを頭に浮かべた。
「…来ないならあいつ追い掛けるよ。」
「い、行きます!」
グッと柄を握る。
繰り出すは神速の袈裟斬り。
それを彼女はゆらりと躱す。
「…それじゃボクは切れないなぁ。」
太刀筋が見えているのか?
それとも、彼女の固有魔法?
思考しながら、時折リュカの攻撃も交えながら、斬撃を重ねていく。
しかし、そのどれもが避けられ、躱され、流されていく。
これでは、まるで蜃気楼を斬っているかのようである。
「はぁ…はぁ…。」
「もう終わりかな?」
「貴女のそれは、幻?」
「半分正解。」
こちらの息が上がっているのに対し、彼女は来たときと変わらず涼しい顔をしていた。
あちらから攻撃を仕掛けるそぶりもない。
レティシアは奥歯を噛み締める。
手加減されて尚、手が届かないのか。
幻であることが半分正解であるなら、もう半分はなんだろう。
「リュカ、匂いはどうですか。」
「…上手く言えない。攻撃するとぶれるんだ。当たる直前に粉を撒いたみたいに。」
こちらの攻撃が当たる直前に幻を見せている…。
距離感を狂わせるために?
「リュカ、もう一度お願いします。」
「うん。任せろ!」
半身になり、刀を構える。
里で教わった型の一つであると同時にそれは紅血の欠点、正中線に鎧が無いデザインを隠すためである。
レティシアの得意とする、神速の突きを始点とした息もつかせぬ連続攻撃。
詰め寄り穿つ。
けれど、彼女はまたしてもゆらりと躱す。
「さっきと同じじゃない…か…。」
ふいに彼女は強引に身体を捻り、攻撃を回避する。
頬からはトロリと赤い血が流れている。
「剣先が伸びた…。もしかして何か魔法を?」
「そんな、ツムギじゃないんですから。」
レティシアはニッと笑う。
そう、自身の得意とする突きからの連擊。
それらを一歩踏み込んで振るう。
タイミングは微妙に合わせられなかったが、それでも効果を得ることが出来た。
「攻撃の瞬間に、あなたは自身の虚像を作り、攻撃をずらしていた…。」
「…正解。じゃあ、これはどう対処する?」
彼女が視界からぶれる。
ゆらゆらと、見つめているのに景色に滲んでいく。
「姉ちゃんあぶない!」
「ここ。」
リュカは叫ぶと同時にレティシアを突き飛ばすが同時に、全身を衝撃が襲う。
一点に集中した力を受けたは紅血の鎧はバキリと嫌な音をたてて、崩れ剥がれていく。
「…そうだよな。これはそれくらいの威力があるはずなんだよ。魔力もずいぶん込めてるし。あいつが強すぎるんだよ。」
彼女は腕に付いている、まるで本のような盾が付いた手甲を見つめ、呟いている。
「大丈夫か、レティシア姉ちゃん。」
「なんとか…リュカは?」
「オレも…大丈…夫…。」
「リュカ!!」
リュカがどさりと倒れ込む。
彼女は出会い頭に一発、先ほどレティシアを庇って一発当たっている。
「リュカ!リュカ!!しっかりして!聞こえてる?」
「だ、大丈夫だから…。」
「でも!」
「早く制圧して、主のところに行かないと…ダメなんだよ…。姉ちゃん…。」
「リュカ!」
カクリと身体から力が抜ける。
どうやら意識を失ってしまったらしい。
でも、ツムギのところに向かう?
そういえば、彼女は殆ど避けてばかりだった。
…時間を稼いでる?
だとすると誰かが来る…?
ツムギを打ち倒すために?
危険人物として、討伐を指示したのは…。
ラピスグラスの勇者…。
ーーー
「そう!俺がラピスグラスの天辺に鎮座する、怠惰なる勇者、迅雷の勇者こと、御剣桜花だ。以後お見知りおきを。この後があるかは、知らないけどね。」
その男は、白いスーツに艶やかな金の髪をなびかせ、恐らくグロリオ辺境伯の住居であろう建物の屋根の上で、流し目を決めている。
年齢は20前半くらいだろうか…。だとすると、本当に勇者だろうか。
勇者は30年前に召喚されたのだ。
年齢が合わない。
「さてさて、君はあれだね?カズヤがノイローゼになるほど待ちわびた、魔王の勇者…だね?」
「人違いです。」
「なに?本当か!?それはすまないことをした。確かに、良く見ると勇者としての風格などは見てとれない。はっはっは、まぁ落ち込むな。俺が輝きすぎているのが悪い。しかし、この迅雷の勇者、輝きを抑えることは、もはやできないのだ。そうだろう?凡人君。」
一つポーズを決める度に、髪を手で鋤きながらファサファサさせている。
ナルシストというやつだろうか…。
「ご主人様、あいつ嫌いです。」
「あ、こらナツミ、そう言うのは本人が居ないところか、もう少し小さい声で言いなさい。」
「でも、ご主人様のことを凡人君って言いました。嫌いです。」
「いけ好かないのは確かだけど、人間誰しも反りが合わない人はいるもんだよ。…大人しく流しておけば、角もたたないから。」
「…全部聞こえているのだが。」
「「あ、すみません。」」
迅雷の勇者の目尻がピクピクしている。
お怒りのようだ。
「君たちは勇者がどういうものか分かっていないようだね。良いだろう。25年前に猛威を振るった、迅雷の勇者の威光、とくと見るがよい!」
迅雷の勇者は、懐に携えた剣を引き抜く。
グレートソードのような大きさで、鍔は短い。
何より特筆すべきは剣先が尖っていない。
「そう!見たね!俺のコルタナを!そして次は魅せてやろう、俺の剣の冴えを!!」
天高く突き上げられた剣はバチリと見知った光を放つ。
『閃迅!!』
言うや否や、勇者の姿が掻き消え、瞬きと轟音のみを残している。
「見えたかね?」
響く声は後ろ。
僕の左腕は守りを固める前に切り落とされてしまっていた。
エクレールってカッコ良く言ってるけど、エクレアと同じ意味なんだぞ