51.グロリオ領
ラピスグラスから歩いて、半日と少し。
都市の結界の中に無理やり詰め込まれているような形で、その村は存在していた。
少しの畑と家畜なのだろう動物が育てられている。
家畜の見た目は羊。
四足歩行であることと、くりんと丸まった角、分厚い体毛がなんとも愛くるしい。
ただ僕の知ってる羊より随分大きい。
大きいやつだと目線は僕より高い。
近寄るほど襲われたらどうしようと怖くなってくる。
真っ黒な瞳がこちらを見つめているような気がしてくる。
「主、あいつら旨かったやつだ。」
リュカが大きな羊もどきを見ながらよだれを垂らしている。
調理前は止めておいた方が良いんじゃ…でも、リュカは元々野生か…。
なら大丈夫なのかな。
「あいつら?」
「うん。串に刺さってたやつ。」
「あぁ、あれか。」
ラピスグラスに入ってすぐ屋台で買って食べた肉だ。
羊みたいな見た目で、牛と豚の間みたいな味がするって、随分詰め込んだなぁ。
「この村は主にあの、アルガロドンを育てています。アルガロドンは角や骨は薬に、毛は加工して糸に、肉は食用ですし、内臓もきちんと処理すれば食べられます。」
消費されるために生まれたような魔物なんだな。
「家畜として飼われている種はこのように割と大人しいですが、野生のアルガロドンは気性が荒く、同じ魔物と思わないように、と昔から言われております。」
犬と狼みたいなものだろうか。
縄張りに入ると、りっぱな角を持ってして、突進してくるのだと言う。
大きさ的には軽トラが突っ込んでくるようなものだ。
「どう思います?」
「やはり、何かが起こっているのかも…」
レオノールさんとレイナさんが少し離れた場所でうんうん唸っている。
「どうしたんです?」
「人が外にいないんですよね。」
時間的には、日が傾き始めようとする頃合いであり、子供が遊んでいたりなど、村がもう少し賑わっていてもいい時間帯ではある。
それが誰もいない。
「主、人の気配がない。」
「そうだね。皆辺りを警戒してーー」
全員が気を張る直前、接近する匂いにいち早く気づいたリュカ。
彼女が振り向こうとすると同時に衝撃で吹っ飛ばされる。
「リュカ!」
「主!後ろだ!」
咄嗟に体内の金属を硬化する。
背中から腹部にかけて突き抜けるような衝撃を受け、たたらを踏む。
「…はぁ…これは拍子抜け。」
声の主はナツミより少し大きな身体を、黒に金の刺繍の入ったフードマントで身を隠している。
けれど、頭部にはフードで隠しきれない出っ張りがある。
…亜人?
「恨みはないけど、覚悟しなさい。」
フードの奥から覗く瞳に生気はなく、ただ仕事をこなしているようだった。
ゆらりとこちらへ歩みを進めたと思うとフッと姿が消える。
左から風と共に、刃が突き出されるのを小刀で受け止める。
間髪入れず、背後からの足払いを跳んで躱す。
「ここっ!」
掛け声と共に、先ほど同様、背骨から体を抜けるような打撃、跳んだのが不味かった。
衝撃をどこに流すこともできずに僕は進行方向に吹っ飛ばされる。
「ツムギ!」
レティの声がする。
彼女は今はレオノールさん、レイナさん、を守るルガル、ライカと行動を共にしている。
フードマントの襲撃者は先ほどの攻撃の構えのままなのか、真っ白な腕を覗かせている。
あんな華奢な身体のどこにこんな力があるのだろう。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「うん、身体は大丈夫。でも、あの子は人と戦い慣れてるみたいだからちょっと不利かもしれない。」
死角からの息もつかせない連続攻撃と、謎の衝撃を伴う一撃。
軽く早い攻撃と重い一撃必殺を上手く使いこなしている。
「ちょっと真面目に動くよ。ナツミはリュカの側に。」
「承知しました。」
「主!俺も戦える!」
「まぁ、ちょっと見ててよ。」
リュカは不本意な顔のまま、半歩下がる。
肩口に手をかざし、スキルを発動する。
『転写』『硬化』『圧縮』
取り出したのはラッチさんの大剣。
自身の身長ほどある大剣を、体内の金属を使い硬化させる。
錬鉄のようなものである。
そして、そこから圧縮。
より強くより固く、それでいて融通が効くように圧縮していく。
短めの長剣程になったそれを、改めて構える。
「…二発も当てたのにぴんぴんしてる。なんなのあいつ。」
フードマントがぶれる。
まただ。
さっきも歩き出した瞬間に、存在感があやふやになるのだ。
見ているのに、見えなくなるような…。
「どこみてんの。」
右側から聞こえた声と同時に、腹部への蹴りと背後からナイフで切りつけられる。
空中で右に身体を捻って繰り出したらしく、身体能力が桁外れであることを見せつけられるようだ。
腹部の蹴りはそのまま受け、背後からのナイフを受け止める。
「なんで、僕を狙う。」
「危険だと王が判断したんだよ。」
王命ってやつか。
で、その王は勇者…。
まったくどいつもこいつも保身に走りすぎじゃないだろうか。
にしても、どこで見ていたのだろう。
もしかすると、亜人の誘拐等にも関与していたんじゃないか?
「村人はどこに?」
「…言うと思う?」
身体を捻り、ナイフを掴む僕の腕を蹴りあげる。
フードが外れ、マントがはだける。
ひらりと水色の髪がなびく。
長めの前髪を左右に分けており、先ほどこちらを睨み付けて居た瞳は、鋭さを増している。
猫耳がぴこぴことこちらを伺っているのがわかる。
「僕たちは亜人の保護を目的として、この村に来たんだけど。それと、僕の危険性と何の関係があるのかな。」
「危険人物の言葉を鵜呑みにするとでも?」
「いや、まぁ僕はいいや。それより彼女らは?僕と行動を共にしていたよ?」
「彼女らは保護対象。」
保護対象…ね。
なら…。
「レティ!」
レティを見る。
頷き返す彼女は、猫耳の襲撃者に向かい、半歩踏み込み刀を振るう。
振るわれる刀を半身で躱す。
『紅血』
レティの全身を鮮血が覆う。
「彼女は私に任せて、ツムギは村人を探してください。」
「レティも無理せずね。…って彼女?」
「主、あの猫は女だぞ。」
…そうなのか…。