48.潜入:ツムギ後編
店の奥を開け放つと、地下に通じる階段が現れる。
主従契約を結んでいる人物がどこにいるかが分かると言われていたのを思いだし、ナツミが何処に居るかを確認する。
ピリリと神経を刺激する感覚と共に、ナツミとの距離を感じる。
うん、距離だけだ。
どうやらこの下にいるようだ。
外観と同じように、地下への空間までの階段は石材で作られており、無機質なひんやりとした雰囲気を醸し出している。
カツンカツンと降りる音が反響しているのと同時に、下から唸るような声が聞こえてくる。
「誰か戦ってますね。大きい獣と、小さくて硬い何か…。でも、生き物はもっといます。小さい何かが、大きい獣から守るように…。」
フェリは耳をふるふると動かしながら、状況を教えてくれている。
リュカはやはり匂いが辛いため、店の入り口で待機する形になっている。
怪しい人物や増援が来たら、叩きのめすくらいなら良いと言ってある。
ちなみに、先ほどの店の前で戦った大男はいつも通り腕と足を腕輪で縛って、店内に転がしている。
すぐに目を覚ましはしないだろうが、念のための措置である。
フェリの話では多分、ナツミが大きな獣と戦っている。
急ぎ降りると、眼前には黒い巨体が一つ、そして唸り声は二つある。
「ナツミ!大丈夫!」
「ご主人様、気を付けてください。オルトロスです!」
ナツミの声と同じタイミングで死角から襲い来る影。
間一髪、右腕で弾くとその姿が露になる。
シュルシュルと音を発しながら現れたのは蛇。
オルトロスの尻尾の部分が蛇になっており、こちらを見つめている。
「早く逃げてください!戻ってトラーフェ商会から増援を呼んでください。」
オルトロスの向こう、奥には檻があり、中には数人の人影が見受けられる。
そのうち声を発した人物は艶やかな漆黒のストレートヘアが目を引く。
まるでレティシアさんのような…。
「もしかして、女王様ですか?」
「…貴方は?」
「レイナさんからの要請で、レティシアさんの護衛として来ました。大丈夫、何とかしますので、見ていてください。ナツミ、交代するよ。女王様を見ていて欲しい。」
「わかりました。ご主人様、気を付けてくださいね。」
「大丈夫、フェリも居るからね。」
「はぅ…。任してくださいお兄さん!フェリの力を十全に見せつけてあげます!」
グッと飛び上がり、フェリはオルトロスに振り上げた足を叩きつける。
ヒュッと風を切る音が何度も重ねて響くと同時に、オルトロスの体にはいくつもの傷が出来上がる。
オルトロスの身を裂く程の蹴りを、まるで踊るように打ち込んでいく。
「「ガアアァァァァァ!!!」」
その悲鳴は苦痛を紛らわせるためと小さな獲物を捉えられない苛立ちからだろう。
「どうですか!お兄さん!」
フェリは返り血を浴びながら、満面の笑みでこちらに手を振っている。
「すごいよー。見てるよー。」
「ふへへ、もっとフェリを見ててくださいね!」
ひらりとローブを脱ぐと、フェリの体にはベルトが縛り付けられていた。
胸を締め付けるように、胴体を締め付けるようにそれらはフェリを縛っている。
「縛られれば縛られるほど、フェリの力は、魔力は上がるのです!」
言いながら、更に一つベルトを胴体へと回し絞める。
バチンと止めた後に、オルトロスを蹴りあげると、巨体が浮き上がる。
「やあぁぁぁぁ!!」
間髪入れず蹴りを繰り返す。
前足を地面に付けることが出来ず、堪らず身を捻る。
追い掛けるように捻った方向に一撃を叩き込むと、バランスを崩しオルトロスは倒れ込む。
「今ですよ!お兄さん!」
「ナツミ、檻を吸収!」
「わかりました!」
指示を受けたナツミは一気に広がり檻を包み込む。
「ひっ…。」
「大丈夫です。少し待ってください!」
中にいた人の悲鳴。
怖がらせてしまったようだ。
先に言っておけば良かったな。
クシャリと縮み、檻があった場所には既に何もなく、空間が広がっていた。
「ナツミ、そのまま外に逃がして欲しい。」
「はい!」
「フェリ!オルトロスに牽制を!」
「もちろんです。手出しはさせません!」
オルトロスは倒れたまま動かない。
どうやら意識を失っているようだ。
最後の一撃の当たり所が良かったのだろう。
「殿は僕がやる。フェリも一度この人たちと一緒に外に出ようか。」
「こいつはどうします?」
オルトロスの片方の頭は下を出して完全に気を失っているように見える。
もう片方は…。
まぁいいか。
「取り敢えず、放っておいて大丈夫だと思うよ。」
「わかりました。お兄さんも早く来てくださいね。」
みんなが出たことを確認して、僕も部屋から身を翻す。
「グルアァァァ!!」
背後からオルトロスの爪が襲いかかる。
「見えてるよ。」
小刀で受け止める。
「そのままじっとしていれば、見逃したんだけどな。」
『穿雷』
部屋に響く雷鳴の後は、黒く焦げた獣がいるばかりだった。
「さて、帰るか。」
今度こそ、階段を上がっていく。
思ったより守っている人員が少なくて拍子抜けだったな。
地上に出ると、ナツミやフェリ、レティシアさんのお母さん達捕らわれていたトラーフェ商会の人達の他に、レティシアさんや太陽の盾の面々やアニスタさん達が勢揃いしていた。
「ツムギさん!大丈夫ですか?」
「レティシアさん。はい、こちらは大丈夫でしたよ。レティシアさんも上手くいったんですね。ところで、皆さんは…。」
「どうやら、ラピスグラスの王族の方が裏の人間の動きを察知していたようでーーー」
「俺たちが依頼を受けて動いたんだが…一足遅かったようだな。」
ジョゼさんがため息を吐く。
「まさか、三ヶ所全部制圧しちまうとはなぁ…。」
と言うことはレイナさんも上手くいったのだろう。
「僕らはこちらのトラーフェ商会の責任者の救出に来ただけなんですが、裏の動きって?」
「どうやら、亜人の人身売買が行われていたそうなんです。レイナが保護して今はトラーフェ商会で休ませています。」
「で、ツムギよ。今回の首謀者が多分ここにいたはずなんだ。誰か居なかったか?」
ここにいたのは…。
「誰かいたっけ。」
「主、あの端っこに転がしてる…。」
「あぁそうだそうだ。あの男が居ましたよ。」
「わかった。ありがとよ。あれは俺らが衛兵につき出しておくよ。また後で詳細聞かせてくれ。俺らはここにいるから。」
ジョゼは紙を一枚手渡す。
中には簡易的な地図に印が書き込まれていた。
大男をズルズルと引きずってジョゼさん達は去っていった。
「じゃ、一度トラーフェ商会に戻りましょうか。アニスタさんとフェリも来てもらえ…ます…か?」
途中でレティシアさんの視線が突き刺さる。
「ツムギさん…。なんで愛称で…。」
「ほら、主。怒るって言ったじゃん。」
「ツムギさん…。いえ、ツムギ!なんでそう呼ぶようになったか、詳しく説明をお願いします!もちろんフェリも!」
「へ?あ、ひゃい!」
ゴゴゴとレティシアさんの怒りが溢れて見えるような気がする。
「わるい。ナツミとリュカ、レティシアさんのお母さん達連れて先にトラーフェ商会に行っておいて欲しい。後、アニスタさんも連れていってあげて!」
悪いことはしていない。
むしろ、自分の親の安否よりそっちで激怒するのは違うんじゃないですかレティシアさん!
私自身は女性は男性を振り回すくらいアグレッシブなものだと思ってます。
その方がかわいい。
そんな感じが出せればいいな。