46.アニスタ走る
「改めて、護衛ありがとうございました。二ツ星クラン『太陽の盾』の皆様。」
冒険者ギルドを運営している建物の一角、奥の人が少ないところで座っている、ふわふわの服を着た少女が会釈程度ではあるが頭を下げる。
隣にいるふくよかな年寄りも同様に軽く頭を下げる。
冒険者ギルドに加盟したクランは完遂した依頼によってはギルドから『星』が与えられる。
例えば要人の救出。
例えば災害級の魔物の討伐。
例えば、敵国の将を討ち取るなどの戦中の手柄。
様々な要因はあるが、多大な功績に対しての評価であることは間違いない。
しかし、現行の制度になったのはつい30年ほど前、魔王が討伐された後に起こった地上の人間同士による戦争が発端である。
魔王が元々支配下に置いていた亜人の土地を狙った王族が、侵略に後ろ向きなクランを篩にかけるために制度の変更をギルドに指示したのが発端だったりする。
「フランシスカが良くしていただいていると言うことで、指名させていただきましたが、とても助かりました。」
「いえ、こちらもクランメンバーではない人員を入れることを許可していただいてありがとうございました。」
「私たちだけより、不自然ではないと思っただけでーーー」
少女の言葉がふと止まる。
ふくよかな老人が、スッと近寄ってきた人物から何かを呟かれ、それを更に少女へ伝言すると、少女は表情を曇らせる。
「な、なにかあったんですか?」
思わず声をかけたのは、アルテイル。
彼は目の前の少女、マルティナが、自分の隣にいるフランシスカより歳上であり、亜人を保護するために東奔西走していることを知っている。
そして、マルティナがエルダーエルフという最古の亜人の内の人種族であることも。
だからこそ、メリハリの付いた女性らしい体格をしているフランシスカより年上であるにも関わらず、未だに少女の姿なのではあるが。
ちなみに余談ではあるが、フランシスカはハーフエルフであり、成長速度は人間の半分ほど、つまり見た目が二十歳位であれば四十年、歳を重ねている事になる。
対するエルダーエルフの成長速度は八分の一ほど。
百年生きてやっと十二歳そこそこの見た目になる。
マルティナが絡む事件であるなら、亜人が絡んでいる。
アルテイルはそう判断し、フランシスカのことを重ねて、少女に伺わざるを得なかったのである。
「貴方達は、最近このラピスグラスで行われている蛮行をご存じですか?」
「蛮行…ですか?」
「はい。…亜人の売買です。」
「!?」
フランシスカはギリリと奥歯を噛み締める。
「もちろん、秘密裏に行われているものですが。」
「…奴隷ってことですか?」
「…どうでしょう。一部の貴族の間での噂話でしかありませんでしたから。」
奴隷、或いは嗜好品。
鑑賞用やコレクター等、もし貴族の道楽であるなら金で買った命の消費として考えられる用途はいくつかある。
そのどれもが人道的とは言えない代物ではあるのだが。
「さっきの人は…。」
「彼の部下です。裏通りで見かけた何人かの貴族の追跡を任せていました。」
「で、結果がわかったってことか。」
「そうです。それで相談なのですが、貴方達はこの後時間はありますか?」
「それは依頼か?」
「いえ、依頼ですとギルドを通さなければいけません。この件は貴族に知られるわけにはいかないと思っているのです。」
貴族は代々受け継がれていくものであり、魔王が現れる以前は奴隷がまかり通っていたのだ。
その文化が無くなってしまったことに反発していた貴族も当然存在する。
古い話ではあるが、その反発していた貴族が秘密裏に売買されている奴隷に関して蒸し返す可能性は高い。
別のルートを作り、奴隷を購入し始める可能性も出てきてしまう。
それだけは避けたかった。
悪い芽は早めに潰す。
それが王族国家として残った最後の王族、トリアリンブル家のラピスグラスの守りかたであった。
「…。」
安易に答えて良いものだろうか。
ジョゼとしては、護衛に関しては一区切り着いたため、一度様子を見たい気持ちもある。
ただ、人身売買の話を聞いてしまった。
聞いてしまったからには動かざるを得ない。
「くそ、アルテイル。聞かなきゃ帰れたぞこれ。」
「え、あ…すみません…。」
「まぁ、仕方ねぇ。どこに向かえばいい。」
「助かります!」
マルティナはにこりと笑う。
対するジョゼはため息を吐くしかなかった。
「エデル、ラピスグラスの地図あるか?」
エデルは懐から端が擦り切れつつある紙を一枚取り出す。
机に広げるとそれはラピスグラスの簡易的な地図であった。
「む、これでは説明は難しいですね。少々お待ちください。」
隣の老人がおもむろに手をあげると、一人の男性が大きめの丸まった紙を持ってくる。
「…あいつは?」
「彼も部下ですね。」
「俺たちの護衛要らなかったんじゃないか?」
「そんなことはありません。何事も専門職は専門の職人に任せるべきなのです。」
彼らは王族付の諜報員であるため、護衛として表立つには腕力などが少し心許ないのだそうだ。
紙を広げるとよりラピスグラスの店舗などが記載された詳しい地図が現れる。
「拠点は三ヶ所。ここは、亜人の誘拐ややり取りの際の荒事を担当している闇クランの溜まり場、こちらが亜人が捕らえられている建物なのだそうです。で、こちらが今回の首謀者が潜んでいる拠点だそうです。」
「良く調べてあるなぁ。」
「優秀な手足がありますからね。」
「んじゃまず首謀者を叩きのめすとこからだな。」
ジョゼが立ち上がると同時に冒険者ギルドの扉が乱暴に開かれた。
「ジョゼさん!いる!?」
荒い息も整えず、声をあげているのは背の低い女性。
「んぁ?アニスタじゃねぇか。どうしたんだ、そんな慌てて。」
「手伝って欲しいことがあるの。」
「んー、それは急ぎか?」
「事態はもう動いてるかもしれないの。」
「今ちょっと、立て込んでてな。」
バタバタとアニスタが机へ向かってくると、彼女は机に広げてある地図を見て、目の色を変えた。
「…っ、これ!」
「ここがなんだかわかるのか?」
「違うんです。わからないんですけど、行ったら解ると言うか…。」
どうにも歯切れが悪い。
頭の中が纏まっていないようだ。
「取り敢えず落ち着け。この三ヶ所は今から俺らが向かおうとしていた場所だ。」
「えっと、この三ヶ所は今ツムギさん達が向かってます。」
「はぁ?どう言うことだ?」
アニスタは事のあらましを太陽の盾のメンバー達に説明する。
ツムギ達が人探しをするためにラピスグラスに来たこと。
レティシアさんの母がどこかへ殴り込みに行ったこと。
三ヶ所にバラけて、その母を探しに向かったこと。
それらを偶然聞いてしまったことと、フェリスはツムギを追い掛けているということ。
「で、その三ヶ所がこの地図の印と一緒だと。」
「口頭で説明していたから、詳しくは分からないけど、そうだと思う。」
聞いていただけであるため、土地勘が殆ど無いアニスタは多分としか言えない。
それでも、説明していた道筋と印が合致していると言うことだろう。
「これは、急がなきゃやばそうだな。エデル、フランシスカは溜まり場を、俺とアルテイルで亜人の救出。後アニスタ、お前はフェリスのとこに向かえ。んじゃ行くぞ。」
ツムギ達のうち、誰かが失敗すれば亜人の命が無くなるかもしれない。
それだけは避けたい。
なんとしても事が起こる前に加勢しなければ。
人間が1として、
エルダーエルフは8分の1
エルフは4分の1
ハーフエルフは2分の1
で、年老いていきます。
80歳のエルダーエルフは640年生きてる事になるわけです。