44.潜入:レイナとライカ
裏通りは薄暗く、人通りが少ない。
後ろ暗い人間が歩くにはちょうどよい湿度なのだろうなとレイナは思う。
「おいらここ好きじゃない。なんか美味しくない匂いがする。」
「私も苦手です。でも、美味しく何かを食べるためには、こういうところにも来ないとダメですよ。」
「ん、おいら頑張る。」
裏通りの突き当たり右側にある、目的の建物の前には見張りの男が二人。
裏の入り口に見張りを立てるのは「何かを隠している」と言っているのと同じだ。
取り敢えず、あの二人をなんとかしないと。
ふと振り向くと居たはずのライカが居ない。
「おっちゃん、こんな暗いとこでなにしてんだ?」
「なんだこのガキ?」
「おう、おっちゃん達はここに立つのが仕事なんだよ。ガキはなんか仕事してんのか?」
ーーーッッッライカ!!!
レイナは声にならない声をあげる。
今回の制圧作戦をするに当たってレイナがライカに説明したことは、
1.印がしてあった建物に入る。
2.人が捕らわれていたら助ける。
3.人が居なかったらハズレ、リュカかルガルのところへ向かう。
この三つだけだった。
そもそも、ウェアウルフ三人をそれぞれのチームに分けたのは、鼻が利くため合流出来る確率を上げるためだった。
だから、隠れるとも制圧するとも言わなかったレイナの落ち度ではある。
あるのだが、こんな怪しい場所で平然と会話を行いにいくとは思わなかったのだ。
「そだよ。仕事中なんだ。美味しいものを美味しく食べるためにおいらは頑張ってるんだ。」
「そうかそうか。んじゃあおっちゃん達忙しいからさ、他行って仕事してきな。」
ヒラヒラと手を振りライカを追い返すそぶりを見せる。
「そうはいかないんだ。おっちゃん、この奥見せて。」
「そりゃ無理だな。おっちゃんはここで、入って良い人とダメな人を選別してるんだ。お前はダメ。」
「えー、そう言わずにさ。頼むよ。」
ライカがじたばたした際にフードがずれ、片方の犬耳が露になる。
その瞬間、ライカと話をしていた気さくな男では無い方の見張りの目の色が変わる。
「…いや、坊主。お前は入って良い。」
「おい、これ以上はーー」
「うるせぇよ。多い方がいいだろ。商品はよ。」
亜人の子供を見て目の色が変わった。
そして、その子供を商品と言った。
無愛想な男が扉を明け、ライカを放り込む瞬間。
レイナは腰に帯びたナイフで、背後から背中の左側を一突きする。
一突きされた男は、口から息の漏れる音と共に崩れ落ちる。
「ッ!…っな、何者だ…。」
「言ったでしょ、おいら達仕事中だって。」
『硬化』
ライカの蹴りあげた足が硬質化し、気さくに話をしていた男の顎を蹴り上げる。
バギリと嫌な音と共に、崩れ落ちる男。
「ライカ。」
「わぁ!ごめんなさい!おいらならそんなに警戒されないかなと思って…。」
つまり、彼は『自分ならどうやってあの見張りを潜り抜けて入るか』を考えて実践したと言うことだ。
「ライカ。貴方が身体を張る必要はない。怪我したらツムギさんに何て言えばいいか。」
「でもレイナさんが前でも、レティ姉ちゃん悲しむと思ったんだ。ごめんよ。」
レイナはライカの頭を撫でる。
「気持ちはわかりました。でも、もう少し相談してください。これは貴方と私で行う仕事、なんですから。」
「わかった。ありがと、レイナさん。」
…ちょっと甘いだろうか。
でも、知恵と実力を見せたのだ、子供としてではなく、この場ではパートナーとして扱おうと思ったのだ。
「これは…。」
「やっぱり、美味しくない匂いだ。」
扉の奥にあったのは、積み重なり、横に並ぶ大きな檻。
中には角や獣の耳が生えた人…亜人の子供が囚われていた。
その誰もが丁寧に扱われていたのか綺麗ではあるが、やや痩せ細り、瞳に影を落としていた。
「奴隷商…か。」
魔王が居たときに、奴隷制度は世界的に禁止になり、魔王亡き後は主従契約による生命の安全を保証する形でのみ黙認されている制度である。
様子を見るに無差別で亜人の子供を連れ去り、売買が成立するまで檻の中で捕らえたままにする。
これがトラーフェ商会が巻き込まそうになり、レティシアの母が殴り込みに行った理由である。
レイナはギリギリと歯を食い縛る。
ライカは一つの檻へと近づく。
ウサギの耳が付いた女の子の暗い瞳がライカを見つめる。
その額には小さな角が生えている。
「…だぁれ?」
「大丈夫かい?おいらはライカ。ウェアウルフってタイプの亜人だよ。君は?」
「私?私は…アルミラージの亜人。」
「そうか。住んでいた所はわかる?」
「クレア。」
「レイナさん。クレアってどこ。」
「樹林皇国クレア。豊かな森に覆われた、亜人の国だ。」
「…連れて行けるかな。」
ライカは申し訳なさそうに、告げる。
子供なのだから、もっとわがままに言ってくれれば良いのに。
「問題ない。トラーフェ商会なら他のみんなも纏めて故郷に連れて行けるくらいの力はある。」
ライカの頭をわしわしなでる。
「安心して、皆を解放してくれないか。」
「ありがと!レイナさん。」
ライカは一人ずつ話をして、どこから来たか、帰りたいかを聞いて回っていた。
「ほらライカ、鍵だ。」
「ありがと、レイナさん。」
鍵は丁寧に壁にかけてあった。
売れるように綺麗に整えていた所を見ると商人としてはまともな人間であるのだろう。
人間としてまともではないのだから、救いようはないけれど。
「んあ、でももしかしたら、おいら鍵要らないかも。」
「え?」
「主のスキルをすこし使えるから。」
言いつつ、一つの檻の鍵に手をかける。
『金属支配』
グッと力を入れ、手を離すと鍵がかかっていた部分がまるごと消失している。
「んあぁ…でもダメだ、魔力が足り無さすぎる。他は鍵で開けよう…。」
気だるそうなライカ。
一気に魔力を持っていかれたのだろう。
一通り鍵を開き、入り口に集める。
人数は五人。
全員が樹林皇国クレアの近隣から連れ去られたとのことだった。
「レイナさん。戻る?」
「私だけで一度トラーフェ商会に戻ります。この子達にまずはゆっくりしてもらいたい。」
「じゃあおいらはルガルの所行ってくるよ。」
「無理しないように。姫様の話をちゃんと聞いて、言うことを聞いてください。」
レイナは真剣にライカへと告げる。
しかし、ライカは堪えられなかったのか笑いだしてしまう。
「ふへへ、レイナさん母ちゃんみたいだな!」
「っ!?」
「ありがとう、レイナさん。気を付けるね。」
「はい。ちゃんと戻ってくるように。」
「うん。わかったよ、母ちゃん!なんてね。」
ふへへと笑いながら去っていくライカ。
レイナはレティシアの母、レオノールに仕えて、トラーフェ商会やらなにやらで忙しく、結婚はしたが子供はいない。
母ちゃんと呼ばれた耳心地がよく、少し立ち尽くしてしまう。
ハッと立ち尽くしてしまったことに気づいた頃に、ライカの姿はもうなかった。
「子供…か。」
取り敢えず、私は私の仕事を完遂しよう。
まず、檻から出した子達の安全の確保を。
実は結婚していたレイナさん。