41.怒られたフランさんとアルくん
夜が明けると、テントを畳み、火を消す。
夜営をした痕跡は出来るだけ消して、その場を離れる。
哨戒ではリュカ達ウェアウルフがミドルウルフを使って大規模にみて回ったらしく、特に何も起きなかった。
フェリスさんが、結局後ろを付いてきて、アニスタさんに怒られていたり、太陽の盾のテントの方から、なかなか激しい音が聞こえて赤面したりはしたけど。
「眠れませんでした。」
レティシアの顔はずっと赤い。
「いや、悪かった。毎回注意してはいるんだが、一向に改善されなくてな…。」
ジョゼさんが謝りに来てくれていた。
隣で申し訳なさそうな顔をしているアルテイルくんと、レティシアさんに負けず劣らず赤い顔をしているフランシスカさん。
「す、すみませんでした。」
なるほど。
あれが『ゆうべは おたのしみでしたね』というやつか。
青少年には刺激が強い…。
フェリスさんとアニスタさんに肘で小突かれた。
いえ、想像してませんよ。
王族国家ラピスグラスまではここからゆっくり進んでも半日でたどり着くそうだ。
のんびり行こう。
この通りはラピスグラスとソルカ=セドラを繋いでおり、双方の交易ルートの一つになっている。
もちろん他の道もあるが、ここが一番大きな街道なのだそうだ。
街道を進み町が近づくにつれリュカがそわそわし始める。
「なぁ主、おれも人がいっぱい居るところに入るの?」
「そのつもりだったけど、どうして?」
「おれ、ずっと外に居たから。いっぱいは怖くて。」
確かに、急に人がいっぱいいるところは怖いか…。
「ナツミは大丈夫なのか?」
「あたしは慣れていますので大丈夫です。少し前まで城下町の人に向かって手を振ってましたからね。」
あ、ごめん。
魔王がいた時の話をしてもらうつもりじゃなかったんだけど。
「母は大丈夫だろうか。」
魔王とナツミの関係を知っているレティシアは連鎖的に母を思い出したようだ。
「結構…冷静だよね。」
「まぁ母は殺しても死ななさそうなんで。」
「どんな人なの?」
「母…レオノールはなんというか、豪快というか豪胆というか…。」
「割と姫様に似たお方です。」
「そんなことないはずです!母のように自由奔放な振る舞いはしていないはずです!」
「そうですか?女王様が、女王を名乗ると言ったとき姫様も自ら「じゃあ、私は姫様ね」と言っていたではありませんか。」
「それは昔の話で!」
「今も訂正なさっておりませんが。」
「それは!広まってしまったから愛称として仕方なく…。」
レティシアさんはしどろもどろになっている。
「レイナさんはレティシアさんのお母さんとは長いんですか?」
「長いですね。と言いますか、あの小さな里では皆家族のようなものですので、生まれたときから一緒なんですよね。」
確かに、踏み込んだ近所付き合いが必要になりそうだ。
「あの動乱の日、私たち城下町に住んでいた人間は地下の集落に逃げ込むか、地上から来た勇者軍と剣を交えるしかありませんでした。私は元々女王、レオノール様付きの給仕係で、彼女を逃がすために必死だったんです。」
遠い目をするレイナさん。
どれだけ酷い戦場だったのだろう。
「たまたま逃げた先がオーガの里で、偶然レオノール様が恋に落ちたのが里長の息子で、お生まれになったのが、レティシア様だったのです。」
給仕係を付けられるほど裕福な家柄だった、レオノールさんと里長の息子が結婚したから、女王と名乗るように…。
…ならないよなぁ?
「なんで女王と呼ぶようになったんです?」
「…女王と名乗っているのは母の趣味です…。」
どうやら、そのレオノールさん恋愛モノの戯曲を好むようで、純恋にしても悲恋にしても、王族とのラブロマンスが至高にして最高であるのだそうだ。
「立場としては里長の妻ですので、自身がそう名乗っていれば、娘に良いラブロマンスをさせてあげられる…とかなんとか。」
「えぇ!そんなことを母が!?」
レティシアさん、初耳だったらしい。
「姫様もラブロマンス…好きですよね?」
「ふぇ…!?そんな、こと、はない!」
語尾だけ上げれば否定できるものでもないよ。
…でもまぁ恋愛の類いはみんな好きだよね。
「じゃあレオノールさんはレティシアさんの元に白馬の王子さまが現れることを待っている感じなんですか?」
「そうですね。駆け落ち同然の恋のような燃え上がる恋愛を娘にして欲しいそうです。」
そんな親いるかな。
こんな安定しない、命の軽い世界なら、出来るだけ安定して落ち着いた男の方がいいんじゃないだろうか。
「で、良ければ時々娘の話を教えに来てくれると最高なのだそうです。」
「どんな言葉が適切か解りかねますけど…ちょっと歪んでませんかね。」
「どうですか?ツムギさん。王子様に立候補してみませんか?今なら姫様も乗り気でーーー」
「そんなことないです!!もう、レイナは昔からすぐ私を苛めます。」
ついに膨れだしたレティシアさん。
ちなみに今の護衛の配置は
先頭はジョゼさん、エデルさん、フランシスカさん。
二台目にアルテイルくん、アニスタさん、フェリスさん。
三台目の最後尾に僕とレティシアさんとレイナさん。
リュカ達ウェアウルフは少し外側から警戒に当たってもらっている。
外側の方が会敵したときに相手しやすいのと、近すぎると馬が怯えてしまうから、だそうだ。
フランシスカさんとアルテイルくんは昨晩の罰で別の荷台の護衛、アニスタさんとフェリスさんは同じクランなので一緒の行動、僕たちも同じ理由で最後尾の警護を担っている。
ただ、リュカは何故か僕の近くから離れないので、荷台の後ろから追いかける形で進んでいる。
「あたしをお城から連れ出したのはご主人様ですから、これはもうラブロマンスだと思うのですが、どうでしょう。」
「でも、駆け落ちとかでもないし、娘はやらんとか魔王様に言われた訳じゃないしな。」
「生きていたら言われてたと思いますよ。」
「えぇ…怖いなぁ。いや、じゃなくて、生きてたらナツミはちゃんと人間だよね。」
「まぁ確かに。」
「そうなのか?ナツミ姉は人間だったのか?」
「そうです。ナツミ姉は元々人間だったのですよ。それをご主人様にあれこれされて亜人になったのです。」
「人間を亜人になんて出来るのか?」
「ご主人様なら出来ます。」
「いや、出来ないよ。変なこと吹き込んじゃダメだよ。」
危うくリュカが間違えて覚えてしまうところだった。
「でも、人間を亜人に出来るなら、亜人を人間にも出来るよな。おれ、人間になりたいな。人間なら、人いっぱい居るとこでも怖くないもんな。」
「亜人のままでも怖くないですよ。なんたってご主人様がいますからね。」
「そうだな、主がいるもんな。」
どこから来てるかわからない絶大な信頼が怖いよ僕は。
夜は凄い(色々と)アルテイルくん。