38.準備不足夜営編
程々に歩いたところで夜営をすることになった。
各々は馬車を中心としてテントを張っていく。
『太陽の盾』の面々もなれた手つきで設営を進めていっている。
「どうしようか。」
「…無いものはどうしようもないですね。」
テントはない。
食料もない。
水はいつでも出せるが、器もない。
夜営の準備が始まった時に気づいたのだが、そもそも夜営をしたことがない。
レイナさんの方を見ると「しまった!」という顔をしていたので、レイナさんも失念していたのであろう。
「僕は哨戒に当たることにして、レティシアさんとレイナさんはどこかで睡眠を取って貰わないとね。」
ツムギ自身は床であれ、地面であれどこででも寝られる体質のようで、あまり眠る所にこだわりは無いのだが、女性陣はそういうわけにもいかないだろう。
「お?どうした。女性陣に追い払われたか?」
はっはっはと笑うジョゼさん。
強面なので、何をやっても迫力があるなこの人。
「僕たちテントを持っていなくてですね。」
「あぁ、本気か!?どうやってここまで来たってんだ。」
「その辺で眠って…。」
「おめぇはそれでいいだろうが、あの嬢ちゃん達はそうはいかんだろ。」
空から降りてきましたとも言えないしなぁ。
異世界転移ってこんなに言えないこと多いのか。
「うーん。何か貸してやりたいけどなぁ、俺らも必要最低限しか持ち歩いてねぇしなぁ。」
「あの、フェリ達のテントであれば、お一人位なら入れますけれども…。」
後ろから声がかかる。
木に半身が隠れたフェリがそこにいた。
「ホントに?うーん…でも、どちらか一人…。」
当人達に決めてもらおうかな。
「そういえば、お兄さんと後二人居られましたね。なら、私もお兄さんと哨戒にでますので、入れるかもしれません。」
一度レティシアさんとレイナさんに聞いてみるか。
それにしても…彼女の前で僕が哨戒に出る話はしていなかったはず…一体いつから居たんだろう。
首を傾げつつ、フェリスさんとアニスタさんのテントへ赴く。
「フェリス!貴女はまた!すぐ!どっか行って!…あ、ツムギさんどうも。」
すごい顔でフェリスに詰め寄るアニスタ。
魔法でも打ち出さんとする勢いである。
「あまり、アニスタさん困らせちゃダメだよフェリスさん。」
「フェリです。」
「…え?」
「お兄さんはフェリのことフェリって呼んでください。」
えー、どうしたものだろう。
会ってすぐの人を愛称で呼ぶのも憚られる。
でも、本人が言ってるし…いいのか?
そう逡巡していると、
「またあの兎娘が私のツムギさんを誑かしている気配を感じます!」
と、レティシアさんが飛び出してきた。
いや、僕レティシアさんのモノじゃないよ。
名目上雇用主だけど。
「お兄さんは既に、私のモノです!」
いや、違うよ。
「否、ご主人様はお二人のモノではありません。」
腕輪から声。
キュルンと姿を変え、ナツミが僕の前に仁王立ちする。
「ずっと聞いておりましたが、違うのです。ご主人様はたった一人の手に収まるものではありません。強いて言えばご主人様を慕うもの全員のモノです。」
「僕は誰のものでもないです。」
頼むから三人とも涙目にならないで欲しい。
順序があるでしょ。何事も。
「私は姫様の味方ですよ。」
レイナさんはレティシアさんの側で慰めている。
「アニスター!アニスタはフェリの味方だよねー?」
「うん…うちはフェリスを応援するよ、でも。」
アニスタの目がギラリと光る。
「まず、夜営の準備しなさい!ツムギさん達もここ使うなら手伝って!一緒に夜営することに関しては文句無いから!」
アニスタさんの鶴の一声であった。
僕とアニスタさんが遅い時間の哨戒に当たるため、テントの設営と火の管理。
フェリスさんとレティシアさん、レイナさんは早い時間での哨戒と食材の調達に回ることになった。
「ごめんね。フェリスはちょっと周り見えなくなるところがあるから。」
「アニスタさんも苦労してるみたいですね。」
「まぁ、元々同じクランメンバーだったしね。」
まぁたいした話でもないけれど、と前置きして彼女は言葉を続ける。
元々は樹林公国クレアのギルドに加盟していたそこそこ大所帯のクランに所属していたが、クランマスターが失踪したことにより空中分解してしまったそうだ。
で、クランマスターの失踪に伴い、クランが二つの派閥に分かれてしまったらしい。
元々クランマスターにのみ着いていっていたアニスタはどちらの派閥にも属しておらず孤立する形になってしまったそうだ。
クランマスター不在のクランに愛想を尽かして出ていこうとしたところ、クランに入って間もないため、派閥から溢れてしまったフェリスを見かけて、一緒にクランから抜けてしまったのだという。
「で、うちはそのクランマスターを探してる。」
「フェリスは?」
「あの子は…まぁうちの巻き添えみたいなものかな。クランマスターの顔も殆ど覚えてないだろうしね。」
にしても、真っ二つに派閥が分かれるとは思わなかったと笑うアニスタ。
それだけクランマスターの人望で纏まっていたということなのだろう。
「よっし、こんなもんかな。後は火をつければ、ゆっくりでき…ひっ。」
アニスタが一方向を見つめ固まる。
振り向くと、スキンヘッドと無精髭がこちらをジッと見ていた。
「ジョゼさんとエデルさん。どうしたんですか?」
「あ、いや、せっかくだし哨戒とかどうすんのか聞きに来たんだけどな?良い雰囲気だったら気まずいし、と思って覗きに来たんだが…」
確かにジョゼさんもエデルさんも大きい。
アニスタさんの倍近くあるのだ。
ジッと見つめられると驚くだろう。
「す、すみません。毎回…。」
「いや、いいんだよ。俺らが威圧感あるのは自覚してる…。」
ジョゼさんがしょんぼりしている…。
後、エデルさん全然しゃべらないな。
「哨戒は今、僕と一緒にいた二人とフェリスさんが出てくれています。ついでに狩りも出来ればやるとのことでした。」
「お、おぉそうか。こっちも今フランシスカが食料調達でアルテイルが火の準備をしてるとこだ。」
「どこで火を?」
「そりゃ依頼主のそばだよ。お前らも一旦来い、それとお前は一度ちゃんと挨拶しておけ、緩い依頼主だが、もう一度くらいちゃんと会話しておくもんだ。」
「はい、すみません。」
改めて挨拶して、ちゃんと無害をアピールしておかないとな。
ツムギはおやすみ3秒です。