37.太陽の盾
自己紹介とレイナさんの交渉の末、僕はレティシアさんのお母さんが運営する会社に向かう娘、つまりレティシアさんの護衛という形で落ち着いた。
「良ければ…ほんとに良ければなんですが、フェリ達と来ていただけませんか?」
目を覚ました彼女が、上に伸びた耳をピコピコさせながら僕に呟く。
「この小隊の目的地は?」
「王族国家ラピスグラスです。お兄さんの目的地さえ合うなら、もう少しご一緒したいなと思って…。」
どうしようかと、隣を見るとレティシアさんがすごい顔をしている。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。…この兎娘、ツムギさんに色目使って…」
レティシアさんが、兎の子を見ながらぶつぶつ言っている。
どうしたものだろう。
「ご一緒しても良いかと思いますよ。私たちだけで処理できないこともあるでしょうし…。ただそこの兎耳の冒険者さん。」
「はい?」
「そういう提案は雇い主に一言いれてから、ですが問題ありませんでしょうか?」
ハッとした顔で、辺りを見回す。
「…うちから進言しておいたよ。ホントにいい加減にしてよね。仕事なの、仕事!なんてそんな無責任なことばっかりするの!?そもそも前回のときもあんたはーーー」
…これは止めないと出立出来なさそうだ。
「おら、いい加減止めやがれ。置いてくぞ。」
スキンヘッドの冒険者が仲裁に入り、この場は事なきを得る。
「わりぃな兄ちゃん。この周辺の冒険者はこんなやつらばっかりだ。ま、賑やかだがな。あ、俺はジョゼだ、ちょっとの間だが、よろしく頼むよ。」
白い歯を見せ、にこりと笑って見せるスキンヘッドは中々の迫力だった。
それに合わせて、ジョゼさんのクラン「太陽の盾」のメンバーに挨拶される。
切り揃えられた金髪ショートヘアの大弓を背負った女性、フランシスカさん。
その後ろには杖を抱き締める黒い前髪で目が隠れた少年、アルテイルくん。
後、ジョゼさんと同じ年くらいだろうか、無精髭の生えたおじさん、エデルさんは大きな剣を担いでいた。
少しだけ、大剣を使うおじさんにラッチさんがダブって見えた。
大剣と大盾で前衛を固め、魔法と大弓で牽制しつつ、前衛をフォロー…。
うん。バランスはいいか。
で、「太陽の盾」のメンバーの後に兎耳とローブの子が改めて挨拶をしてくれた。
「さっきも言ったかな、私はアニスタ。で、こっちが…ほら、早く。」
「フェリはフェリス=アリアンロッドと申すものです。不束ものですがどうぞよろしくお願いいたします、お兄さん。」
アニスタさんは顔を包むようにセットされたショートボブにダボっとしたローブ。
短いズボンにロングブーツと魔法使いで少年とも少女ともとれる出で立ち。
フェリスさんはウェーブのかかったセミロングで淡い紫を帯びている。服装は多分アニスタさんと同じローブで中にはピシリとしたまるでスーツのような服装を纏っていた。
「フェリス…そんなに一緒にいる訳じゃないんだからね?ラピスグラスまでだからね?分かってる?」
「…分かってるよ?アニスタ。うん、分かってるよもちろん。」
ほんとかなぁ。
すごい視線を感じる。
「でも暫く一緒ですから、お兄さん。フェリのこと、フェリって呼んでくださいね。」
フェリスさんが一歩近づくと、ブワッっとレティシアさんから魔力が溢れ出すのは同時だった。
「…許しません。それは許しません!」
「…貴女に許してもらう必要は無いと思いますけど?」
「そ、それは…」
「そもそと貴女はお兄さんの何ですか?」
「わ、私は…ツムギさんの…。」
あわあわとし始めてしまった。
普段は凛としているのに、感情が先行すると途端に思考が回らなくなるようだ。
「僕はレティシアさんの護衛ですもんね。今はレティシアさんが僕の雇い主ですから、雇い主の機嫌を損ねるのは僕としても得策ではありません。」
出来るだけ誠実に、フェリスさんに伝える。
まずはラピスグラスに辿り着きたい。
「だから、またの機会に。」
「は、はいぃ。わかりました。またの機会ですね。」
あれ?思ってた反応と違う。
うーん。
「ご主人様、あたしは乙女の味方ですよ。」
「知ってる。」
知ってるんだけど、それと今、レティシアさんとフェリスさんが火花を散らすように睨み合ってるのは、関係があるのだろうか。
「もし何かあったら、ナツミに頼んでもいい?」
「もちろん。ご主人様の暮らしを豊かにするために、あたしは尽力します。」
「豊かな暮らし?うん、何かあればお願いね?」
ナツミの考える豊かな暮らしってなんだろう。
また今度聞いてみよう…。
「では、ジョゼさん、皆さんお世話になります。」
やっと、出発出来そうである。
ラピスグラスまではここから約一日かかる。
もっと近くに降りても良かったのではないか?と、レイナさんに聞くと、どうやら半径80㎞(馬の走行距離一日分とレイナさんは言っていた)に結界が張られているらしく、上空でそれに引っ掛かると大変厄介なのだという。
「ロガロナにもあったと思いますが、大都市の大都市足る由縁がその結界なのです。」
その結界自体は、大都市を中心に四方八方に広がっているのだが、誰がいつ、どのように結界を貼ったか、まるで解っていないというのだ。
それでも、結界の中に入るには、疑似魔法結晶を必要としており、それらを入手するために関所を通る必要があるのだという。
通行手形みたいなもののようだ。
現在三台ある馬車を三人一組で護衛しながら進んでいる。
先頭は大盾のジョゼさん、大剣のエデルさん、兎耳のフェリスさん。
二台目に僕と大弓のフランシスカさん、魔法使いのアルテイルくん。
三台目の最後列に小さいアニスタさんとレティシアさんとレイナさん。
前衛が前に固まっているが、レティシアさんと僕が前衛も出来るというとこんな配置になった。
のんびり外を歩くのは久しぶりだ。
日の光が眩しい。
オーガの里は地下空間のため、日の光と言うわけではなかったし、これがよく言うシャバの空気というやつだろうか。
「呑気な御仁であるな。」
大弓を背負った女性が、馬車の上から声をかけてくる。
後ろには魔法使いの少年も引っ付いている。
彼女は確かジョゼさんの…。
「この辺りはわりかし魔物も現れないが、それにしても散歩しているような雰囲気だったのでな。」
「一応警戒はしてますよ。」
「そうか。ならいい。あまり見かけぬ顔故、新参かと思ったまで。余計なお世話、失礼した。」
スッと馬車の上に戻る。
どうやらいい人みたいだ。
このまま何事もなければいいんだけど。
『太陽の盾』の名前をつけたのはエデルです。
由来はジョゼと前衛で組んだときに、盾からはみ出たスキンヘッドが日の出のように見えたから、だそうです。