358.興味の無い演説は耳にも入らない
「毎回同じ演説って、護衛としては緊張感無くなるよね。」
「だから、あんまり内容を聞かないんです。この辺りの話になったらそろそろ終わりかな、と言うくらいの認識で。」
「でもそれは何というか、あまりにもドライすぎる気もするんだよな。」
「そこ二人、五月蠅いですわ!せっかくリョウタロウ様が今、ありがたいお言葉を賜ってくださっているというのに!」
ビシとポーズを決めて、注意するシルトにエルフの視線が集まる。
初めに訪れたバロメッツの村でルガルを回収し、同時進行で『樹影』には演説を実施してもらっていた。
内容としては、
『内乱に対する謝罪』から始まり、
『人類排斥派に対する注意喚起』及び、『組するものへの厳罰の内容の明示化』を説明し、
その上で『今後のクレアとしての展望』へと話を繋げていく。
なるほどバロメッツの村であれば気負わずに演説の練習が出来るため、シルトの判断は正しかったのだろう。
その後五日に渡り巡った村々では『樹影』も演説に少し慣れた様子であった。
「このまま何事も無いといいけど。」
「そうですね。ルガルとの主従契約も結局出来ませんでしたし。」
「すみません……ご主人様。」
「いや良いよ。ナツミを介してルガルの場所が分かるだけでも上出来だよ。」
対面すれば主従契約を復帰させられると思っていたのだが、結局ウェアウルフ達との主従契約の復帰は出来なかった。
僕が保持している主従契約はナツミとヴァニタス、後恐らくカロンの三人だけである。
今回分かったことは『主従契約』には二種類あるということである。
名前などとうに失伝してしまっているので何となく名前を付けるのであれば、『表層契約』と『深層契約』と言ったところだろう。
これはおそらく、主従契約だけではなく、奴隷契約にも適応される。
バフォメットの『分解の右手』により、切られた契約は『手の甲への接吻をすることによる主従契約』である。
こちらが『表層契約』
主人の魔力と従者の魔力を、少量混ぜることにより血中の魔力に記憶させて縛る。
魔力が強い方が弱い方を縛るため、強い者が主人になる。
対して、僕とナツミが交わしていたのは、元々魔王城で見た本に記載されていた魔法陣を使用した『血の契約』である。
そもそも『スライムさん』を召喚した際に成された契約であるが、その肉体を分けられたナツミにも適用されている。
これは『魂を覚える主従契約』であるため、先に説明した『表層契約』と異なりちょっとやそっとでは解除されることはない。
この契約の階層が異なることで、今回の捻じれた契約が成立してしまったのだ。
本来、他人に切られるはずの無い契約が、今回バフォメットの『分解の右手』により、強制的に切れてしまった。
すると『表層契約』で繋がっていたパスは魔力を追うことになる。
ただあの時、僕の魔力はバフォメットの固有魔法により、接続が出来なくなっていた。
となると一番近いのは『深層契約』で繋がっていたナツミになるため、彼女との主従契約が成されてしまうことになる。
成されてしまった契約は一度解除して繋ぎなおせば良いのだが、今ナツミの契約を切ってしまうとリュカやライカの契約が完全に切れてしまうため不用意に切ることが出来ず、結果としてルガルはナツミとの主従契約を継続させる形になっているのだ。
「主従が切れたときに意識を失ったって言うのも、魔力の繋がりが切れたからだろうし……リュカやライカは大丈夫なのかな。」
「一応、マーカーは見えているので、生きてはいますよ?」
「まぁそれは大前提であって欲しいかな。とりあえず、しばらく主従契約はナツミに任せるよ。」
「そうですね。……あ、そろそろ演説終わりそうですよ。」
『――今後はボクが必ず、クレアを守護するとここに……誓う。』
群衆の中からは、まばらな拍手が聞こえるのみである。
この二十五年間で『樹影』が姿を現すことも稀であったのだ。
リアクションとしてはどこもこんなものである。
イクリールさん曰く、「それでも王が各村に、自らの足で出向くことこそが大切なんじゃ」とのことだった。
地道な活動であるが、それを王がやることで、王が市民の目につくことで人間排斥派へのけん制や抑止へとつながるのだと言う。
勿論矢面に立つため危険は高い。
だからこその僕たちである。
「リョウタロウ様、お疲れ様でした。」
「……大丈夫だったかな。変じゃなかった……かな?」
「立派でしたわ!わたくし、涙で前が見えませんもの!」
「やっぱり、先頭に立つのは僕には向いてない……よ。」
「格は後から付いてくるものですわ!わたくしや近衛兵たちもリョウタロウ様が先頭であることに不安も不満も無いのですから、そこだけはしっかり理解しておいてくださいませ。」
「……分かった……よ。」
相変わらず渋々やっているようである。
元の世界でも『立場が人を作る』と言った言葉があったが、四半世紀でここまで変化が無いのであれば、向いていないと判断してもいいはずなのだけど。
長命であるエルフの感覚はわからない。
「銀髪の君よ!次はどこへ向かうのだ!?」
「……ジークルーネさん、もう少し声量を抑えてください。」
「ボクは銀髪の君へ問うたのだ!鬼姫には問うていない!」
「鬼姫って言うの止めてもらえませんか!なんか実家を思い出しますので!!だいたいなんでツムギなんですか!私でも、近くにいたヴィルマでもいいじゃないですか!」
「む。それは確かにそうだが……なんでだろう姉君?」
「……責任者。」
「そう!鬼姫や絡繰姫の長である故に!ボクは銀髪の君へと聞くのが適切であると――」
「え、ヴィルマちゃんも姫とか付けられてるじゃないですかー!」
まあ一旦ジークルーネはレティ達に任せることにしよう。
ちなみにこのエルフの村で一通り演説は最後である。
五日間の巡業の最後は、クレアに戻っての演説である。
城から市井の市民を見下ろしての守護の宣言。
「……長かった……。」
「しかも、その後には彼女らに連れられてシェンブルに向かうんですもんね?」
「そうだよ。ハードスケジュール過ぎない?」
「まぁソフィアやフェリ、リュカと合流できるかもしれませんし、悪い事ばっかりじゃないと思いま――」
「ナツミ、それは内緒で、ね。」
僕とは別の動きをジークルーネはともかく、シュヴェルトライテに聞かれるのはあまり得策ではない。
敵対する可能性が高いのだ。
いざという時のために手札は隠したい。
幸いジークルーネはレティの側に、シュヴェルトライテも彼女の側から離れていないため、先ほどの話は聞こえていないだろう。
演説も終わってしばらくすると、周囲の様子も変わってくる。
ザワザワとした人混みも疎らになり、熱心な『樹影』の信者以外は日常へと戻っていく。
『樹影』やシルトが話をしている方向から、パタパタと二つの影がこちらへ走ってくる。
クネムとミーシャである。
子供であるため、護衛とは思われない点と、そもそも『樹影』への圧が大人と比べると少ない点でシルトに加えて二人が勇者の側に立つ役を担っていた。
「……お兄ちゃん、そろそろ帰る。」
「はーい。……んじゃ、戻りますか。」
僕らは踵を返し、一路クレア城へと向かう。
クレア城に到着すれば、一日準備をして最後の演説だ。
漸く終わりが見えてきた。




