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メタルスライムと異世界ライフ  作者: 紫宵 春月
樹林公国クレア
352/386

336.熱を帯びた語らい

「……二人きりでありんすねぇ。」

「…………そうだね。」


木の壁に囲まれた部屋の中で、長椅子に腰かける僕と、バフォメットと名乗った女性。

口の端から息が漏れる程度の妖艶な笑みを浮かべた彼女は僕にしなだれ掛かっている。


纏っている真っ赤な布は、バロメッツの下半身であった木の実と同じものだろうか。

少し着崩された着物のようで目のやり場に困ってしまう。


僕の肩に乗った頭からは捻れながら後方に流れる角と腕を覆う程度に長い髪。

天辺は青紫、先端へ向かうにつれてショッキングピンクのグラデーションが掛かっている。

前髪は切り揃えられ、サイドはだらりと垂れ下がった垂れ髪だ。


そこまで眺めたところで、沈黙が密室で二人である事実を突き付けてくる。

……気まずい。

辺りに誰もいないのか、耳を澄ましても聞こえるのは二人の呼吸のみだ。

身体の修復が完全で無いため、逃げ出す事も出来ない。


「ぬし様のこと、教えておくんなんし。」

「教えるのは良いよ。でも、僕も色々聞きたいことがあるんだけど。」

「ようざんす。わちの事なら何でも。」


彼女が、ほうと漏らす息は熱を帯びているかのような艷を感じてしまう。

愛や恋に関しては、鈍感ではないとは思うがそれにしても露骨な態度であるように思う。

何がそこまで僕を良く見せているのだろうか。


「……僕の何が良いの?」

「くふふ、そんな可愛(かい)らしいことを。そう……ぞっとした、のでありんす。」

「……ぞっと?」

「えぇ。その髪も、その肌も、その気骨も……そしてその瞳も。全てがピタリと填まったように感じんした。」


要するに一目惚れ、なのだろうか。

郭言葉(くるわことば)と言うのだろうか。

元の世界では花魁が使う言葉であるが、彼女はどこでその言葉遣いを知ったのだろうか。


「わちは答えんした。次はぬし様の番でありんす。」

「……うん。」

「……子供は何人拵えんしょう?」

「………………へ?」


つい、間の抜けた声が出てしまった。

と同時に少し身の危険を感じている。


彼女のベタりとした朱色の瞳からこぼれる視線が僕の全身をくまなく伝う。

あれは獲物を狙う狩人の目だ。


「わちは……村を一つ作りたいでありんす。」

「……何人くらいから村って言うの?」

「さぁ?けれど、ぬし様にはたんと時間はあるのでござりんしょう?」

「僕にはやらなきゃいけないことがあるんだよ。じっとしてられない。」

「あら、その割にはおモテになるようでありんすね。身体から何人もの色を感じんす。」


肩に乗せていた頭を上げ、身体を支えていた腕で僕を突き飛ばすように押し倒す。

力むとまだ激痛が走るためうまくバランスが取れず、バフォメットのされるがまま、馬乗りにされてしまう。

同時に彼女は、修復中である僕の左腕を掴み、ぐいと顔を僕の横にまで近づける。


「ぐっ……うっ……。」

「ぬし様の全部、ぜーんぶ。わちが頂きんしょう。」


キリキリと締め上げられる左腕が痛み、返事も出来ない。

口を開くリップ音すら聞こえるほどの囁き。

心音すら肌越しに伝わりそうなほどの密着。


けれど、身体をよじることも出来ないほどの力と圧が僕を包み込んでいた。


直後、全ての痛みが溶けるように消えていく。

恐らくバフォメットが何かをしたのだろうが、全身が密着しているため、患部を見ることも出来ない。


「そうすれば……わちのぜーんぶ。ぬし様に捧げんしょう。」

「……なんで、そこまで。」

「そりゃあ、ぬし様が『他と違うから』でありんしょう。……まぁ、わちにはこの行動をするに足るお方と思いんす。なんせ……こんなに身体が暑くなっておりんすから。」


バフォメットが、くいと袖の先を引っ張ると、はだけていた服から覗いていた肌がより露になる。

同時に女性特有の甘い匂いも広がってくる。


「でも、ごめんね。」

「……?」

「心を通わせてからじゃないと、何事も先に進めちゃ駄目なんだよ。」


脳裏にレティの顔が浮かぶ。

ついこの間、『付き合う』と言ったばかりなのだ。

魔が差す事などありはしない。


それに、フェリやソフィアも何やら画策しているとナツミが嬉しそうに溢していたのも知っている。

だから。


「帰らせて貰うよ!」


トンと軽くバフォメットを突き放すのと同時に左肩から吹き出すように広げた触腕で、自身を包みながら辺りの壁を壊す。


想像の通り、ある樹木の内部空間であったらしく、壁の薄い所は突き破る事が出来、そこから外に出られそうだ。


外は薄暗く、ほどなく夜の帳が下りる頃である。

連れ去られてどれくらい経ったのだろう。


グッグと手を軽く握り締めて開く。

ぶらりと垂れ下がっていた左腕も無事に繋がっている。

勿論両足も痛みはあるものの、自身の体重を支えるのに問題はなかった。


ちらと僕が飛び出した樹木の穴を見遣ると、見上げる彼女と目があった。


「待っておくんなんし。」

「待たない。待ってくれてる人が居るんだ。」


そうだ。

まずはナツミを回収してレティの元に行こう。

なんだかとても会いたい気分である。


「居た!居たぞ!ナツミ!」

「あたしも見えてます!ご主人様、ご主人様ぁ!!」


空から聞こえるのはナツミとイクリールさんの声だ。

イクリールさんは大きな翼をはためかせ、こちらへと降りてきた。


「ごめん、心配かけたね。」

「本当ですよ!主従契約も切れちゃって何処に居るかもわからないし、ゴミの相手もしなきゃいけないしで……。」

「……ゴミ?」

「ナツミ!長話してる場合か!ほれお主もはよ行くぞ!!」

「えっわっ……わああぁぁぁぁ!!」


不意に身体を捕まれ、強引に空へと飛び立つ。

この浮遊感は慣れるものではない。


「なんか、バタバタしてるみたいだけど……何かあるの?」

「絶賛戦闘中じゃ。あ奴ら、バンバン辺りを壊して行くもんじゃから、開けた場所に行きたくての。……と言うか、わしの話よりまずお主の状況を教えんか。」


促される形で僕はざっくりと、ではあるがイクリールさんとナツミに連れ去ったバフォメットの話をすることにした。


「……と、まぁそんな感じでした。」

「取り敢えずその話はレティにしますね。」

「えっ……あー……うん。お願いします……。」

「そもそも、ご主人様がダンデさんに対して、手を抜かなければこんなことにはなってないんですからね!」

「カカカ、随分と尻に敷かれておるのぉ。ま、そんな性格っぽいしのー。」


僕らは一路、クレアに進路を取ることにした。


―――


「ぬし様……ぬし様。わちは諦めんせん。例え世界が敵に回ろうとも、わちはぬし様を……くふふ……忙しくなりそうでありんす。」


触れ合った身体が熱を帯びている。

絡み合った瞬間を思いだして、息が上がる。

匂いを思い出すだけで、気が狂いそうになる。


小娘二人が、ぬし様を連れていったように見えたがあの程度でわちとぬし様の間を裂けると思うているのなら、甘いと言わざるを得ない。


「なんとも……無粋では、ありんせんか。」


女はクレアに向けて足を進める。

愛しの人を追うために。


端から見れば『ゾッとする』ような瞳を彼方へ向けて。

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