32.レティシアの気付き
ヴァレリーに後から聞いた話だと、吸血鬼は突然変異種らしく、その数が少ないため出会いが少ないのだと言う。
そのくせ、国から出ることが出来ないから、尚更出会いが少ない。
そんなこんなしている間に、諸外国の亜人が虐げられて数を減らしているのだから、まだ見ぬ俺のハニーが傷付いたら大変、と。
種の存続と言われれば確かに大変な気がするけど、国や君主を裏切るんだから他にも理由あるんじゃないかと聞いたら、「男は恋愛に生きるもんだよ」と。
…そうですか。
「あ、そうだ。ナツミ、里の人達が混乱しないように、ちょっと言伝頼んでいいかな。」
客人が侵入者に襲われたとなれば、不安に思う人もいるだろうし、念のためだ。
僕は黒装束に討たれた事にして、穏便に済ませる言伝をナツミに託す。
その後、一通り、王への報告の件の話を詰める。
僕が捕らえた兵士は解放し、ヴァレリーが連れて帰る事になった。
もちろん兵士に僕を見られないようにしなければならないから、レティシアに手伝ってもらうことになった。
で、王に討伐したと報告するためには、どうやら僕を討伐の証が必要らしい。
僕は人化と転写を使い、自分の耳を模した物を作り、中に僕の血と魔力を流す。
「騙されるかな?」
「どうだろうなぁ。まぁできるだけやってみるよ。無理なら俺は逃げる!」
「逃げてどうするつもりなんですか?」
キリッとした目で言い放つヴァレリーに突っ込むナツミ。
確かに、要所を任されるような人物を易々と逃がすはずもないだろう。
「そりゃ、お前のとこに転がり込むんだよ。」
「え、要らないです。」
「んな冷たいこと言うなよぉ!」
僕だけでも追われる身なのに、これ以上厄介ごとが増えるのはごめんなのだ。
「俺だって血さえあれば…」
「血さえあれば?」
「吸血鬼みたいなことができる!」
どうも、ヴァレリーは吸血鬼の血が薄いらしく、女性の血液、つまり魔力を経口摂取することで初めて吸血鬼のスキルを使用することが出来るのだそうだ。
「じゃあ…やっぱりあなたは女性の血を…」
レティシアが半歩後ずさる。
そんなに露骨に嫌そうな顔してあげないでよ。
「だから、俺に出来るわけ無いだろ!そんな艶かしいこと…。」
「吸血って艶かしいことなの?」
「そりゃ、血を吸うってことはその女の人に触らなきゃだめだろ?触れるのはやっぱり…。」
照れてぐねぐねしている。
うぶなのか、チャラいのかはっきりして欲しい。
「とにかく、なんとかやってみるよ。じゃあお姫様、直属騎士の解放手伝ってくれるんだったよね。行こっか。」
「あなたにお姫様等と呼ばれる筋合いはありません。」
「えぇ!冷たいな。じゃあ何て呼べば?」
「…知りません。呼ばないでください。」
めちゃくちゃ塩対応。
まぁ僕を討伐した相手のテイなんだもんな。
それくらいでも生易しいか。
レティシアさん、その調子で頑張ってね。
ーーー
何で私がこんな男と。
私と同じハーフとはいえ、なんでこの男がツムギさんを倒したと報告しなきゃいけないのか。
隣の男が能天気に話し掛けてくるのも耳に入らない。
「って言うか、なんでそんな機嫌悪いの?」
「そんなこと無いです。話しかけないでください。」
しかし、なんでこんなにムカムカするんだろう。
隣の男が性に合わないのは確かだけど、それだけじゃない気がする。
悶々とした気持ちを抱えて、ツムギさんが無力化した兵士の元に向かう。
里の入り口の脇に似つかわしくない大きな檻が鎮座している。
中に居る兵士がこちらに気づき、どたばたしている。
「ヴァレリー殿、このような体勢で申し訳ありません。我々の力が至らぬばかりに、魔王の勇者を取り逃がしてしまいました。」
「おぉ。勅命は俺が対処したから心配すんな。」
顔が隠れていると、嘘も見破られにくいのでしょうか。
それとも、嘘をつき慣れているのか。
兵士からは感嘆の声が漏れてくるのが聞こえる。
黒装束と兵士の茶番を横目に檻のぐるりを見て回るとあることに気付く。
「あれ?扉が…ない?」
ツムギさん…時々抜けてるんですよね。
そういうところも可愛いと、ナツミさんと話したのを思い出します。
でも、やっぱり私が見てないと!
…ん?
でも、ツムギさんは冒険者になるとか言ってたような。
ツムギさんが里から出ていく。
訓練所での免許皆伝を貰って、初めて私が負けた相手。
私の家系が代々、里の長をしていたこともあり、みんなは姫…だなんて呼ぶのが嫌で、必死に特訓した成果だろう。
最年少で免許皆伝を貰えたからと、受かれることもなく鍛練に励んだ…つもりだった。
けれどあの時、ツェルフェルミナダンジョンでツムギさんと出会って、手も足もでなかった。
完敗したと初めて思った。
ツムギさんが、私の側から居なくなる?
…ほんの少ししか一緒に行動していないのに、こんなに寂しくなるのだろうか。
捕まっている兵士と談笑している、あの男はいざとなったらツムギさんの所に転がり込むと言っていた。
冗談かもしれないし本気なのかもしれない。
でも、里から出る選択肢がない私には羨ましくて、嫉妬して…
あぁだから機嫌が悪くなってしまったんだ。
八つ当たりしてしまうくらい、羨ましかった。
少し悔しくなって、刀を握りしめた。
「じゃあ、そろそろ出してあげたいんだけど。君らは里の人に手は出してないけど、侵入者ではあるからね。お願いして良いかな?」
ちょっとだけ澄ました声でこちらに依頼される。
「紅血」
私の血液が私を包み込む。
大きく、雄々しく、猛々しく。
弱い私がバレないように。
腰にグッと力を入れ、檻へ一刀。
ガシャンと崩れ落ちる檻。
大丈夫。
まだ平常心だ。
「もう二度と来るな。次に相見える時は容赦しない。」
「だってさ、まぁ勅命じゃないと此処にはもう足は踏み入れないさ。王にも早く報告に行かなきゃね。」
ぞろぞろと洞窟へと帰っていく兵士。
洞窟の出口は魔王城下町の郊外に繋がっている。
そこから更に外側には空中都市の切れ目がある。
彼らはそこから帰っていくのだろう。
…ツムギもそのうち…。
兵士を見送りつつ、私の心は気持ちを認めていなかった時より明確にざわめいている。
本人が思ってるより周りにはバレバレだったと思います。