31.七大都市と亜人と呼ばれる者
飛び掛かってくる忍者。
忍者の癖に忍んでないけど。
日の光浴びて、浮いちゃってるけど。
彼は両手に小刀を持っており、右は順手、左は逆手に構えている。
その踏み込みは見事なもので、低い姿勢からの急加速により視界から外れ、あたかも消えたかのように錯覚させる。
右手の一撃をいなすと、左の斬撃が間髪いれずに飛んでくるので、バックステップで躱す。
「おお、すごい。」
「軽くいなした癖によく言うよ。しかし、中央都市の独身、全てが俺の味方だ!このヴァンピールが末裔、ヴァレリー=ヴァンピールが覚悟しろよこのぉリア充め!!」
いや、さっき王の勅命で、って言ってたでしょ。
にしても、ヴァンピールって…吸血鬼?
「ヴァンピールって有名?」
「高名な吸血鬼ですね。起源は私たちオーガと同じであると言う説もあります。」
鬼から派生したってこと?
突然変異とか?
「じゃあ女性の血を吸ったりする?」
「お、俺が!そんなこと出来るわけ無いだろぉ!女性には優しくしなさいって婆ちゃんが…はっ…。」
「良い子なんですね。」
にしても、忍者なのは見た目だけなんだろうか。
忍ばないし、色々しゃべってるし。
「うるさい!もう、おしゃべりは終わりだ。王の勅命とリア充滅ぶべしの意志の元、お前を成敗する!」
小刀を構えてからの、踏み込み。
「でも、それはさっき見た。」
彼が小刀を振るう前に刃を掴む。
視界から外れることがイレギュラーなのであって、斬撃の軌道は合理的で、分かりやすかった。
掴んだ刃と空いている手で彼を投げるが、彼はくるりと回って地面に着地する。
「なんで、僕が狙われるか知ってる?」
「そりゃもちろん。王に地上の平和を乱すと思われてるからだ。」
なんでだ。
じゃあ、勝手に召喚されて、平和になったからと命を狙われているのか。
他の勇者に?
関係ない人まで巻き込んで?
胸の奥に暗い気持ちがへばりつく。
「よし、じゃあお前たち人間の言う平和を潰してやろう。」
「ご、ご主人様!?」
「ツムギさん!」
僕のそばに居た二人から、驚きの声。
「そんなこと、僕だけじゃ出来ないよ。そもそも地上は平和か?僕が居なければ平和だったか?誰かを追い立ててる時点で平和なんか幻想だよ。現実を見た方がいい。」
そもそも王の言う平和ってのはクーデターを起こした後の「俺は今、平和である」くらいの感覚だろう。
揺れが少なくなったからと安心しているなら、今に足元を掬われる。
「そうだ、ヴァンピールの末裔さん。取引をしよう。」
「え?は?俺?」
「僕を君が討伐したことにしてくれないか。」
「なっ!」
絶句されるとは思わなかった。
だって、ずっと追われるのは面倒だし、つかの間の平和を楽しみたいなら、勝手に楽しんでいて欲しい。
「入り口に詰めていた兵士は僕が全員無傷で拘束した。それを君が苦労せずに討伐の出来たとなると君の評価も上がるでしょ。で、僕はのんびり冒険者にでもなる。王に心酔してるような、ややこしい兵に追いかけ回されることもない。どうかな。」
どうするだろう。
もし提案が受け入れてもらえれば、少しは楽になるだろう。
受け入れてもらえなくても、僕としては構わない。
その王とやらに直接話を聞きに行く事も出来るだろうし、GPSなんかもこの世界にはない。ステータスを見られる人物も限られているから、雲隠れすることも出来るだろう。
ポツリとヴァレリーはつぶやく。
「…お前は自分じゃ世界をひっくり返す事は出来ないと言ったよな。」
「え、そりゃあ…。君は出来るか?」
「俺にはできない。でも見たんだよ。勇者が王になるところを。あの国をひっくり返すところをさ。…もし、お前が魔王が召喚した勇者なら、ほんとにそうなら…出来るかもしれない。亜人の盾、魔王カーム=ツェルミルフェナの勇者なら。」
亜人の盾?
ナツミも首をかしげている。
「ツムギさんが勇者?」
レティシアさんは改めて僕に問う。
僕はそんなつもりはない。
「僕は魔王に召喚されただけです。そもそも勇者と呼ばれるようなことはなにもしてないんです。」
「この世界じゃ召喚されたら勇者なんだよ。勇なる者だ。なぁ、ツムギとやら。俺と契約しよう。亜人のための勇者になってくれないか?今、勇者が治めている国は自国の防衛にのみ力を入れている。」
「え?勇者が治めてる国って中央中立都市だけじゃないの?」
曰く、勇者が王位を簒奪した国は七つ。
中央中立都市ソルカ・セドラ
熱砂の街シェンブル
蒸気鉱山フォッグノッカー
王族国家ラピスグラス
樹林公国クレア
氷雪都市ベルラパン
海上都市セレナド=セイレネス
ちなみに、僕は勉強不足で、ナツミはなんとなくは解るが30年のうちで名前が変わっているなどでピンと来ないものもあるそうだ。
レティシアとヴァレリーによると七大都市は基礎知識であるらしい。
「七つの大都市が勇者の手によって陥落。人の間では英雄様だよ。」
勇者っていうのは、想像していた何倍もやばいやつらなのではないだろうか。
「勇者の統治する国は表向きは平和だ。国力も高い。ただ辺境になると、状況は一変する。」
亜人への当たりが強いだけなら、まだましな方で、小国での亜人国家への侵略や盗賊等からの人身売買、奴隷等になっている者もいるそうだ。
「そもそも亜人って?」
「知性ある魔物の中でも人化が使えるやつの事を指すことが多いかな。人化した魔物と人間のハーフも含まれる。」
と言うことは…
ナツミは知性あるメタルスライムで人化が使える。
レティシアさんはオーガと人間のハーフで、この里にいるオーガは人化が使える。
「二人とも亜人?」
「そうなりますね。」
「魔王が生きていた間は、亜人は魔王に土地を含め庇護されていたんだ。でも、今はどんどん住処を追いやられてる。お前なら何とか出来るんじゃないか?」
僕が魔王の遺志を継いで、亜人を庇護する?
「取り敢えず、それぞれ会ってみないとわからないかな。」
もしかすると、魔王の手記に書かれていた、魔王が授けた住民に守護する術の話にも関係するかもしれない。
「頼むよ魔王の勇者。そして、吸血鬼のハーフを見つけて、俺をリア充にしてくれよ!」
…もしかしてそれが目的なのでは?