304.冒険者の一歩目
―――side ミーシャ
ダンジョンは危険ばっかりで、その先がどれだけ宝の山であっても潜るべきではないと父上は言っていた。
眼前ではトリアリンブルダンジョンの入り口がぽっかりと口を開けている。
穴の先は暗くて見えず、それでいてチロチロと通路を照らす光が両サイドで見え隠れしている。
「これがダンジョン……。」
「……魔力が渦巻いてる……。れ、レティお姉ちゃん。」
「大丈夫です。フェリとヴィルマを見つけて連れて帰れば良いんですから。早く行って、早く帰ってきましょう。」
レティ姉様やクネムの手には愛用の武器が携えられていた。
そして、ミーシャにも。
お兄様から受け取ったのは細めの筒。手元にはミーシャの小指の爪ほどの魔法結晶が取り付けられていた。
魔法使いの杖のようにも見えるが、持ち方は全くの逆。
魔法結晶を手で包むように持つのだそうです。
「使えそうです?」
「まだ分かりませんの。」
「……どうやって使うの?」
「お兄様が言うには、こうやって飛ばしたいものを筒に下から入れて、息を吹き込むと同時に魔法結晶に魔力を流せば良いらしいの。」
お兄様はフキヤ?とか言っていただろうか。
『必中』を使うには球を直前まで触っていなければならないため、その条件を満たした上で遠くまで飛ばせるものを作ったらしい。
弓は非力すぎて引くことが出来ず、
ボウガン等はもっての他。
投擲もさほど遠くまで飛ばすことは出来ないため、固有魔法を持て余していた。
それをお兄様は解決してくださった。
試してみたかったのだが、お兄様が魔法結晶を買いに行く時間と、この筒を作る時間を割いたため、時間が無くなってしまい、ダンジョンで初使用することになってしまったの。
お兄様がミーシャのためだけに作ってくれた筒である。
また鈍器にもなるよとお兄様は教えてくれた。
敵が近寄ってきたら、この筒で叩いても良いらしい。
「さて、さっきギルドで聞いた情報は覚えていますか?」
「……フェリお姉ちゃんとヴィルマお姉ちゃんが受けた依頼と、居るだろう場所。」
フェリお姉様、ヴィルマお姉様は恐らく中層である第四階層か第五階層に居ると推測されていた。
と言うのも、あの日受けていた依頼が「上層から中層へと向かう最中にはぐれた仲間を探して欲しい」との内容だった。
トリアリンブルダンジョンは四層から急激に空間が広くなるから、くまなく探して下に降りるとなると相当な時間がかかるのだそうだ。
「では、向かいましょうか。」
「……うん。」
「はいなの。」
ダンジョンの中は閉塞感があり、空気が停滞していた。
埃っぽさと、若干の湿度に加え、独特の匂いが鼻の奥を刺激する。
「うぅー、気持ち悪――ひゃぁ!なんか背中に落ちてきたの!もー!」
「……静かにした方がいい。」
「なんでクネムはそんなに落ち着いてるの?」
「……そんなことない。暗い所は、恐――」
不意にクネムと視線が合う。
違う、ミーシャの後ろに目を向けたのだ。
振り返るとそこには大きな影が佇んでいる。
脳裏に浮かんだのはパートリアで見た骨の竜。
大きく威圧感があって、けれど無機質な存在に思わず足が竦んでしまう。
「ひぁっ……。」
「……ミーシャ!」
音もなく振るわれる左腕を視界の端で捉えた直後には目を閉じてしまった。
なんでこんな危ないことをしているんだろう。
探索なんて他の誰かに任せてしまえばいいのに。
居なくなってしまったのは、そもそもダンジョンに入った人のせいなのに。
ガキンと金属がぶつかる音に、少しだけ細目を開ける。
眼前にはクネムが、槍で先ほど見た無機物の魔物が振るった左腕を遮っている。
「……大丈夫?」
「大丈夫……じゃない。大丈夫じゃないの!なんでミーシャがこんな危ない所に来なきゃいけないの!?」
「嫌なら帰りますか。パートリアに。」
「そ、それは。」
「クネム。」
話を切るとレティお姉様は、大量の荷物を持ったまま魔物の前に躍り出た。
「少し変わりましょう。見ていてください。」
「…………はい。」
魔物は目の前に来た異物をただ払い除けるかのように次は右腕を振るう。
けれど、レティお姉様はその右腕を刀で受けるのではなく、刃の腹に少し合わせて、そのまま横に流す。
懐に入った所で無防備になった右腕を肘の辺りから断ち切る。
お姉様は背を向けたまま話をし始めていた。
「クネム、攻撃は流してください。流石にツムギの武器といえど壊れるときは壊れてしまいます。今慣れていきなさい。」
「……はい。」
「では、実践です。」
立ち位置を入れ替わるように、お姉様がこちらに下がってくる。
ミーシャの真横に。
クネムの槍さばきは流石だった。
初めてのダンジョンで、閉所暗所であるにも拘らず、針に糸を通すような緻密さで、魔物の関節部を穿っていく。
「クネム、核は見えていますか?」
「……強い光。」
「恐らくそれです。そこを穿てばゴーレムは動きを止めます。」
「…………。」
クネムは軽く息を吸う。
集中から、真剣な眼差しは、同じ年齢とは思えない圧があった。
少しの静寂の直後、ゴーレムは先ほどと同じ動きで左腕を振るう。
「……シッ!」
「クネム!」
果たして、ゴーレムの左胸部に槍は突き刺さっていた。
クネムの右肩に触れる寸前まで迫っていた左腕は一瞬ダランと力無くぶら下がり、直後に崩れてゴーレムごと瓦解した。
「良い感じでした。怪我はありませんか?腕は?足は?目も問題ありませんか?」
「……大丈夫。レティお姉ちゃんありがとう。」
「良いんです。頑張りましたね。さっきの戦闘での反省点などありますか?」
「……出会い頭に動揺した。レティお姉ちゃんの指示だけで動いたから、反撃を意識していなかった。」
「そうですね。他にも細かいところはありますが、まず気づいた所を直していきましょう。」
「……はい。」
「さて。ミーシャ……いや、アルテミシア。」
レティお姉様はこちらを見据えて、ミーシャの名前を呼んだ。
表情は薄暗く読み取れないが、怒っているかのような、無機質な声である。
「初めての戦闘、どうでした?」
「…………。」
「私は貴女をパートリア男爵に返す提案をツムギに出来ます。謝罪することにはなると思いますが、危険に晒されるよりは良いと言う判断です。」
ミーシャはお兄様を追い掛けて着いてきた。
冒険者であっても、構わないと思って。
自分の身は自分で守らなければならないと、父上からは教わった。
父上は生憎戦闘の才が無く、机にかじりつくしかなく、色んな選択肢を取れるミーシャは凄いと褒められた事を思い出す。
「どうしますか?」
「……もう少し、頑張りたいの。」
「……分かりました。では反省点はありますか?」
「……冒険者としての意識が無かったと思うの。」
「それはまぁそう言うこともあります。私もアニスタやフェリのように冒険者という意識はそれほど高くありません。」
他でも食べていけますしね、とレティお姉様は言う。
なら何が足りなかったのだろう。
もっと大切なことがあるのだろうか。
「入ったからには、このダンジョンを皆で生きて帰ると言う意思を持ちましょう。それは何より大事です。逃げても良い、体面も気にせず泣き叫んでも良い。生きているのが大切なんです。……それだけは胸に刻んでおいてください。」
生きて帰る意思。
胸に手を当てて、しっかりと思う。
お兄様に吉報を持ち帰ろう。
「……頑張ろう。」
「うんなの。」
合わせてこの胸に渦巻く弱音も甘えも、お兄様にプレゼントすることにしよう。
ソフィア「……これで、ボクはツムと二人きり……。」
ナツミ「そうはいきませんよ!」
ソフィア「……姑が邪魔を……」
ナツミ「誰が姑かぁ!」




