303.団欒と会議
ギルドから帰ってしばらく。
夕食を作っていたロザミアさんに顛末を伝えるとやや呆れた顔をされてしまった。
「それ見たことか、ってやつですね。」
「普通思ってても言わないものなんだよ。」
「怒られるなら言いませんが。」
「……怒らないけどさぁ。」
言いながらロザミアさんは『突風」で料理を作っていく。
魔法使いが料理を作るのを想像して貰いたい。
鍋にあるスープをかき混ぜるお玉も、肉を焼くフォークも、料理を盛り付けるトングも、全てが宙に浮いている。
それだけの事をしているのに、魔力量は一般人程しか無いという。
どれだけ少ない魔力で今の現象を起こしているのだろう。
魔力操作だけで言えば、一線級の冒険者にも負けないのではないだろうか。
ロザミアさんの料理は仕上がったと同時にテーブルに並ぶ。
テーブルには既に皆が揃っていた。
「はーい、出来ましたよー。」
「あ!言っていただければ私が運びましたのに!」
「もう遅いです。マルルは座ってて下さい。」
「もー、もー!ツムギ様が一声怒って頂ければ魔法使うのも止めるはずですのに!」
「……ツムにそういうのは無理。」
「ですね。」
怒る程でもないと思っているのだけど、マルル的にはどうも納得出来ていないらしい。
行儀が悪いとか、マナーとかそういう類いの話なのかもしれない。
「ロザミアさん。」
「はい。」
「外ではやらないでおこうか。」
「承知いたしました。」
「もー!甘過ぎますー!私がどれだけマナー云々でグリントさんに怒られたと思ってるんですかー!」
あぁなるほど。
ようは八つ当たりである。
自分が怒られた事を人が堂々とやっているのが癪に障る気持ちは分からなくもない。
「ちなみにどんなことで怒られたの?」
「え?それはですね……。」
「マルル姉ちゃんは何回かお客さんの愚痴を本人に聞かれたりして怒られてるだけだぞ。」
「あ、ちょっライカさん……。」
間が悪いのだろう。
とは言えそれは上司であれば誰でも怒る案件だ。
マルルさんには大人しく引き下がってて貰うことにしよう。
何かを焼いた肉と、スープ、あとサラダとパンを皆で食べる。
ロザミアさんは王宮で侍女をやっていたので、味は勿論良いが、盛り付けもかなりのものである。
色合いも華やかで、見た目にも楽しい。
肉などの材料も主にロザミアさんが買い出しに行っている。
レティやソフィアも着いていったりしているが、大体は荷物持ちとして、である。
「……で、今日はなんかバタバタしてたけど、何してたの?」
「ツムギとナツミでダンジョンに向かう、とロザミアからは聞きましたけど?」
「あー、それなんだけど。」
ギルドで起きた事を皆に伝える。
僕はダンジョンの攻略に関しては、知名度が上がってしまい、自分でトリアリンブルダンジョンに潜るのは難しいとギルドマスターのグラディオさんに言われた事辺りをざっくりと。
「ツムギくんに絡むなんて命知らずだね。」
「アニスタは実力を知ってるからそう思うんだよ。」
「そんなこと無いよ。ダンジョンを攻略した冒険者なんて居ないんだから、一目置いて然るべきでしょ。」
「そう言われれば。」
「それを突っ掛かってくるやつはそれこそ三流だよ。もっとしっかり蹴散らしても良かったと思うよ?」
「ですよね!ご主人様は呑気すぎるんです!縛り上げてポイすれば簡単なはずなのに。」
僕も少し考えたが、あまり大勢に金属を操るところを見せたくないのだ。
奥の手と言うわけではないが、意表を突ける技であることも確かなので、使いどころは少し考えたい。
「ってことがあったから、僕はダンジョンに潜れなくなった。で、ここから相談なんだけど、……クネム、僕の代わりにフェリとヴィルマの捜索をお願いできないかな。」
「……ふぇ?」
「勿論一人で、って訳じゃない。でも、トリアリンブルダンジョンは、駆け出しの冒険者の修行の場でもあるんだ。クネムならある程度のところまで探索できると思うんだけど、どうかな?」
「……うん。頑張る。」
「よし!ありがとう!」
即答である。
期待に応えようとしてくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
気恥ずかしさから、クネムの頭を軽く撫でる。
サラリとしたライムグリーンの髪が指を抜けていく。
「んん。それで、クネム以外にもおねがいするんですよね?」
「うん。誰にしようかなぁと思ってるんだけど……」
「なら私が付き添います。」
「いいの?そりゃレティが一緒なら安心だけど……。」
「えぇ。なんならクレアへの予行演習にしましょう。」
「え、じゃあミーシャもダンジョンに行くの?」
レティの一言にミーシャが驚いた顔で振り向く。
まさか自分がダンジョンに向かうとは予想だにしていなかったのだろう。
「嫌なら良いですよ?ただ、そうなるとシェンブルのダンジョンにも連れていくのは難しいかもしれないですね。」
「な、なんでなの!?」
「ラピスグラスのトリアリンブルダンジョンはダンジョンの中でも探索が進んでいます。云わば初心者向けのダンジョンです。今回のダンジョン探索は鍛錬の意味合いもありますが、何よりダンジョンに慣れるという側面が大きいのです。」
確かにレティの言っていることは理に叶っている。
とは言え別にラピスグラスのダンジョンに行かなかったとしても、シェンブルのダンジョンでお留守番、とはならないのだが。
「分かったの。お兄様、ミーシャも頑張るの。」
「う、うん。ありがと。」
ズイと頭を差し出してくるミーシャ。
頭撫でを催促しているようで、頭をピコピコさせている。
取り敢えず撫でる。
ライトゴールドの髪は撫でる度に光を反射しキラキラと煌めいている。
「よし、じゃあレティ、と後ソフィアは食事の後に少し話をしよう。」
「わ、わかりました。」
なんだか、レティの反応が歯切れが悪い。
しかも顔を見ようとすると、そっぽを向かれてしまう。
何かやったかな。
「どうしたの?」
「いえなんでもありません。」
「……期待してた。」
「違います!」
「……じゃあボクがー。」
「ダメですー!」
いつもであれば、レティとソフィアのじゃれあいに、フェリやヴィルマも参加してくる。
早く見つけられると良いのだけど。
最終的にレティとソフィアにはアニスタの雷が落ちていた。
食事中は程々に。
………………
…………
……
「トリアリンブルダンジョンは何らかの理屈で転移をする『神隠し』のダンジョンと言えばいいのかな。」
「かみ……かくし、ですか?」
伝わらなかった。
一応この世界にも神は居るのだろうが、そこまでやんちゃな神様ではないらしい。
「えぇと、ダンジョンに連れ去られるって考えて貰えると分かりやすいかな?」
「そうですね。あの時ツムギも下層に飛ばされました。」
「あの時、僕は最奥の主……他の主が言うロシュ=トリアリンブルに呼ばれたと仮定したとして、ソフィアはなんで先に下層に落ちていたか、と言うことだ。」
「……あの時は……ツムを追い掛けるために魔物を避けながら全力で走ってた。」
「ソフィアの全力?」
「……うん。ツムは攻略スピードが早かった。ゴーレムを倒しながらだと間に合わなかったから。」
ソフィアが全力でダンジョンを走ったとなると相当の速さで進んだことになる。
ダンジョンのトラップが起動する条件は主に指向性の乱れだと聞いていた。
「速く動くとトラップが起動する?」
「でもそれじゃ大量の冒険者が引っ掛かることになるのでは。」
「大体は近場に転移させられるんだと思うんだけど、ソフィアが全力を出していたと言うことは、恐らくロシュにも気づかれてたんだと思う。実力者を近くに引き寄せたいなら、間違いなく連れ去ると思う。」
もしくは、ロシュが人化しなかった原因もその曖昧さにあるのかもしれない。
レティ「なんで付き添いの時手を上げなかったんです?」
ソフィア「……面倒。」
レティ「もしかして怖かったり?」
ソフィア「………………。」
レティ「え?ホントに?」
ソフィア「……一人で下層でさ迷ってみ。」
レティ「あー……。」




