298.秘密にする気はないが、言う気もなかった
建物の中は静謐な空気が流れており、まるで主とは正反対である。
「こう言うのは自分で報告に来て欲しいものなのですが。」
「すみません。」
「というかツムギさん。秘密にしようとしてたんじゃないですか?」
僕の隣で詰問している背の高い男性。
さらさらの金の髪を靡かせ、それでいて耳は長く先は尖っている。
どのパーツを取ってもイケメン要素しかない彼……ラビオラ=フロネシスは表向きは『迅雷』の勇者の護衛である。
近隣諸国が内乱でしっちゃかめっちゃかになっているにも関わらす、彼が僕の横で文句のような物言いをしているのには訳があった。
「うちでは既に準勇者と言っても良いツムギさんが帰ってきたと言うのは、まぁ良いです。こっちでも情報は得てました。ですが、勇者が、それも『黒鉄』の勇者が都市の境界を越えるというのは、こちらで分かっていたとしても只事じゃないんです。聞いてますかツムギさん。」
「聞いてます、はい……。」
内容の内半分は既に道すがらに置いてきてしまっているけれど、それでも何となく理由はわかっている。
昨日、庭でフラマとの話し合いをするより前に僕はヒトミさんの元へ行き、シェンブルへ向かう算段を立てていた。
そもそもナンナを拾うためにパートリアを経由してシェンブルへ向かうのは確定しているのだが、その日程が白紙のままであった。
勿論ヒトミさんや、近衛兵の身体の具合も確認しながらの出立になるので、お互い慎重にもなる。
結果として、およそ一ヶ月後には出発したい、とざっくりとした出発日を決めるに至り、その場は解散になった。
ただその後が不味かった。
ヒトミさんの泊まる宿は、諸外都市の貴族御用達らしく、窓などが周辺の建物からの死角に設置されていたり、防音機能などによる情報の機密に優れているため、彼女自身を見掛ける人はほぼ居ないと言って良い。
けれど、ヒトミさんには色の濃い近衛兵士が付いている。
ボクを見送ると言ったヒトミさんを制止した、ダグラスさんが、僕を送り出した所をラビオラさんは見ていたのだと言う。
「……良くダグラスさんを知っていましたね……。」
「私の本職忘れてませんか?情報戦の要ですよ。」
「……つまり、知ってる人だったと。」
「そうです。知っては居ましたけど、彼は『黒鉄』から離れることはほぼありません。そんな彼がここに居る。それにツムギさんを見送っている。となると、要注意案件として見張られるわけです。」
結果として、宿にはヒトミさんが居ると判明、即座に『迅雷』の勇者へと報告が上がり、今に至る。
それにしても、昨日ヒトミさんとの会議があっての、今日呼び出されるという迅速さ。
「大事になっちゃいましたね。」
「そうだね。でも、ヒトミさんが余り他の勇者と話したくないって言ってたんだよな。」
「流石に一ヶ月も居れば流石にどこかでバレるとは思いましたけどね……。」
もしかするとヒトミさんもそのつもりだったのかもしれない。
こちらから挨拶するのは面倒なので、ああ言っていたのでは。
「奥で勇者様がお待ちです。」
大きな扉が開け放たれると、正面の玉座には黄色に近い金の髪の持つ男が座っている。
足を組み、肘掛けに頬杖をついてこちらを見下ろしている。
「久しぶりだというのにつれないんだね?ツムギ。」
「……そんな間柄でもないでしょう。」
「袖振り合うも多生の縁、だったかな?勇者との縁であれば極上だろ?もう少しすり寄ってくれても良いと思うんだよ。ねぇソフィア?」
「…………。」
そう、今回の呼び出しにはソフィアも召還されていた。
耳が倒れ、尻尾は小刻みに揺れている。
かなりイライラしているようである。
「なんだか飼い猫が余所の人間に懐いてしまった気分だね。流石は亜人の盾が呼び出した勇者なだけはあるのかな?」
「……要件を。」
「あぁ……と言っても現状の報告が欲しいんだよ。いいかな?栄誉ある『迷宮者』様?」
にやと笑う『迅雷』。
あれは面白がってる顔である。
自分も『迅雷』とか大それた二つ名が付いてるはずなのに、こちらが突っ込めないのを良いことに、棚上げにして弄ってきている。
けれど、ラピスグラスから出発して幾つかの問題に巻き込まれたが、果たして目の前の男はどれだけ知っているのだろう。
「どうしたんだい?腹の探り合いかい?……良いだろう。先にこちらの情報を開示してやろう。全てだ、全て知っている。ツムギがどこで何をやっていたか、私は全部知っている。だから、臆することなく話したまえよ。」
相変わらず大仰な身振り手振りで王を演出しているが、その実抜け目なく、警戒もしているのが分かる。
手には軽く魔力を帯びているのだ。
あの魔力の使い方はパートリアでユーディットさんが似たような事をしていたのだ。
合図一つで剣を手元に引き寄せる魔法。
ユーディットさんの方は大剣に依存した形であるが、『迅雷』の方は自らの体に内包されている魔方陣を利用したものだろう。
「……話はボクから、良いよね?ツム。」
「うん、ありがとう。……大丈夫?」
「……勿論。」
ソフィアはラピスグラスからクレア、フォッグノッカー、パートリアを経由して戻ってきた旨を簡略的に報告する。
意図的に魔王城へ向かった話は飛ばしているようである。
そこの話をすれば、ナツミとローナの話をしなければならなくなるからである。
テキパキとした振る舞いはいつものソフィアとはまるで違うので、違和感が凄い。
「……以上になります。」
「うん、ありがとう。……あ、そうだツムギ。ローナ=ツィルフェルミナは元気かい?」
「……っ。」
「ははは、やっぱり情報通りか。君も罪作りな事をするな。」
「何を――」
ジッと静電気が走るほどの音が聞こえた瞬間に、玉座に居たはずの『迅雷』が目と鼻の先に居た。
彼の先のつぶれた大剣が僕の首もとにヒタリと添えられる。
「あれが生きている、ということが何を意味するか分かっているかい?魔王の器が増えると言うことだ。」
「……それが、なんだ。」
「ふふ、だろうね。君にとっては。」
そう言うと、『迅雷』は大剣を下ろしてこちらへ背を向ける。
茶化したように見えるが、先ほどの一刀は本気だった。
正に光の速度で動く、『迅雷』の攻撃。
幾つか都市をめぐった中でも最速の太刀。
「器を潰すためにカズヤやノノは頑張ったんだけどね。ははは、私としてはざまぁみろと言ったところだ。でもね、魔王の器が生きているとなれば亜人の村も動くことだろう。少しこの世界を巡ったなら分かるだろう。亜人と人間にはまだ隔たりがある。」
「随分と、緩和されたみたいだけどね。」
「そうなんだよ。何年もかけて頑張ったんだよ?おかげでラピスグラスは有数の混成都市になった。まぁ土台には、前王がエルフと婚姻した事実もあったんだけど。でも、それも彼女が居なくなったからこそ出来た。」
その物言いは癪に触る。
誰も彼もがローナを居なければ良かったと、言っているように感じるからだ。
けれど、反論するより先に、『迅雷』は言葉を続ける。
「亜人がローナ=ツィルフェルミナに気付くより先に、君が魔王になりたまえよ。君にはその素質がある。」
「…………は?」
「亜人を併合した都市を作って、私と同盟を結ぶんだ。なんならクレアに一大都市を築くのも良いんじゃないか?幸いあそこには君の馴染みがいる。」
「……意義……有り!」
「ヒトミ様!まだ呼ばれておりませんぞ!!」
バタンと扉を豪快に開け放ったのは、隣室に待機していたらしい『黒鉄』の勇者こと、ヒトミさんだった。
珍しい大声はそれでもダグラスさんの制止する声に掻き消されそうだった。
隠す気はないが、特に言う話でもなかった、と言うのは良くある話。
フェリがダンジョンで時折一緒に行動しているのは、あの時助けた三兄弟。
どの三兄弟かは61話辺りを。




