30.あれはだれだ?
「レティシアさん!」
小刀を回収するために、朝寝ていた場所へ戻ると、レティシアさんもその場にいた。
どうやら、紅血を使うための刀を置いていたようだ。
「ナツミさん!?ツムギさんは?」
「ご主人様は一人で、雪崩れ込んできた兵士を相手にしています。」
「大丈夫なんですか!?」
「話し合ってみる…と言っていました。時間稼ぎをするつもりなんだと思います。」
「なら早く向かわないといけませんね。」
レティシアさんを連れて、里の入り口へと向かう。
そこには、大の大人が手と足を縛られ、ゴロゴロと転がされていた。
「えと…これは?」
「ひ、姫様。これは、姫様が連れてきたお客人が…」
「これを…ツムギさんが?」
大人が転がされているが、よく見ると誰一人傷一つ付いていない。
後ろ手に腕を縛るように大きな腕輪がかけられている。
足にも同じように、両足を縛ってある。
「流石ご主人様ですね!」
「えぇ…。凄まじいですね。」
「うん。僕もちょっとびっくりしたんだよね。」
洞窟から飛んできた声は、事を成した主、あたしのご主人様、白銀紬その人だった。
「お帰りなさい!何かやっていたんですか?」
「うん。ちょっと転がってるのを放置しておくのも問題かなと思ってね。」
ご主人様が肩口から金属の珠を出すと、転写でみるみるうちに、檻へと変化させていく。
その中に適当に大人を放り込んでいく。
流石ご主人様です。
檻に出入口がありません。
攻め込んできた輩を許す気は無いようです!
「あの、ツムギさん。扉が無いようですが…。」
「あ、しまった。」
うっかりさんだったようです。
それはそれで良いのです。
ご主人様なら何とでも出来ますもんね。
「まぁ、扉はまた後で作るよ。そう言えば、レティシアさん。片角のおじさんにも言ったんですが、まだ里に侵入者が居るかもしれません。ちょっと見て回りませんか?」
むむ、レティシアさんが抜け駆けの気配。
「もちろんナツミも一緒に。」
「ですよね!」
「取り敢えず見て回りましょうか。」
「おい!我々をどうするつもりだ。」
檻の中でおじさんが騒いでいる。
むしろどうされるつもりなんだろう。
「なにもしませんよ。そこで無力感に打ちひしがれてください。」
「なっ!そんな、生き恥を晒させるつもりか…」
「当たり前でしょ。上から言われたことを、ただ実行することが生き恥にならないとでも?」
「もちろんだ。王命は絶対なんだからな。」
「…だから、それが恥なんですよ。ちょっとは自分の頭を使え。」
ご主人様はもう兵士に興味が無いようです。
「レティシアさん、レティシアさん。」
「どうしました?ナツミさん。」
「ご主人様は多分、彼らをどうこうするつもりは無さそうなのですが、捕虜はどのような処置をするんですか?」
「捕虜ですか?うーん、罪人は地上へ落としますね。」
「じゃあ、それにしましょう。彼らを地上へ返しましょう。」
チラッと見ると何人かの兵士は聞こえていたらしく、ガタガタと震えている。
「それも良いけど他に誰か侵入してるやつ、知らないかな。」
「貴様に言う言葉は無い!」
「ありがとう。やっぱり誰か居るみたいだ。」
「なっ、貴様なぜそれを。」
兵士は驚愕の色を隠せずにいる。
「目は口ほどに物を言う…ってね。レティシアさん、ここ以外から侵入できる場所はありますか?」
「ここ以外では、外と繋がっている場所は…。」
レティシアさんは首を捻る。
あたしは先ほど教えてもらった所を思い出す。
「あれ?首飾りを返した場所。あそこは外と繋がっているって言ってませんでしたか?」
「え?あ、でもあそこは壁面に水晶も突き出ていて、誰も寄り付かないですし。」
「まぁ一度向かってみましょうか。どちらにせよ、目的は僕だと思いますし。」
さっき戻ってきた道を再び登っていく。
もちろん、兵士は檻の中に放り込んだままで。
道中で訓練所であった人達に出会う。
「お姉さん!どこ行くの?」
ええと確か…ルドくん…だったかな?
「今からもう一度祭壇に向かうんです。ルドくんは見回りどうですか?」
「ばっちりだよ!チアと家の隙間まで見逃さずに見て回ってる!」
「流石です!その調子でお願いします。」
いい感じです。
ご主人様を狙う輩に安息など与えてあげません。
ルドくんに、引き続きよろしくと挨拶して、ずんずん進む。
一度往復したから、道はバッチリです。
祭壇は変わらずキラキラと空からの光を反射している。
上空の穴から入ってくるのでは、と言い出したのはあたしなので、空の穴をじっと見つめる。
「何もいませんね。ご主人様。」
「誰も居ないですね。ツムギさん。」
「もう降りてきているみたい。多分あいつじゃないかな。」
ご主人様の指す先には、真っ黒な装束を纏っている。
黒いマスクに、黒い頭巾。
上の服は前側が一枚の布のようになっており、左の布が上に重ねてある。
ズボンは足首が括れており、動きやすそうな服装である。
「おおー、忍者だ。ナツミ、忍者って知ってる?」
「にんじゃ?とはなんですか?」
「僕の世界のシーフだよ。魔王様、ナツミの父上も好きになったと思うよ。」
あれが父上が喜ぶのですか?
ふむ、よくわかりませんが、今度やってみましょう。
黒装束のあたし。
「ご主人様は喜んでくれますか?」
「僕はナツミが喜んでくれれば嬉しいよ?」
そう言うことじゃないんですー。
「ツムギさん。私も真似たら喜んでくれますか?」
「え?レティシアさんも?う、うん、楽しいならいいと思うよ?」
絶対ご主人様解ってない!
解ってないと思うのに、レティシアさんは嬉しそう!
納得いきません!
レティシアさん、また作戦会議が必要だと思います。
チョロレティシアさんになっている場合ではないはずです。
「おのれ、魔王の勇者。目の前で見せつけてくれやがって。こちとら、王の勅命で仕方なく仕事しに来てるって言うのに…。この妬み晴らさで置くべきか…俺に対する悪魔のごとき所業…万死に値する。」
あれ?
黒装束さんが、ぶつぶつと言っております。
目も血走っております。
「ご主人様何かやりました?」
「僕じゃないと思うよ。」
「じゃあレティシアさん?」
「私でもないと思います。」
「あたしにも心当たりがありません。」
あたしとレティシアさんは首をかしげるばかりでした。
ご主人様は尚も説得を試みるようです。
「これは冤罪では?」
「うるさいリア充爆発しろぉ!!」
交渉は決裂のようです。