295.僕の友人って誰ですか
始めて見た時は大きいと感じた庭が、これだけの人数で来ると手狭に見えるのだから不思議なものだ。
ヒトミさんは……と言うよりはヒトミさんを乗せた馬車はダグラスさん以下数人の近衛兵により、宿へと移送された。
ダグラスさん曰く、
「仮にも王で勇者ですから、余り人通りに大っぴらに姿を現すわけにはいかないのです!なので、頃合いを見てそちらに顔を出しますぞ!」
とのことだった。
フォッグノッカーやパートリアでは割と姿を晒していた気がするが、どちらも非常時だったような気もするので、物言いは保留にした。
『迅雷』から拠点として屋敷を渡されてから半年足らず。
にも拘らず、庭の手入れは隅々まで行き届いているように見える。
ラビオラさんが王宮から寄越してくれた侍女とやらが定期的に来てくれて居ないとこうはならない。
「どれくらいの頻度で来てくれてるんだろ?」
「……あれじゃないです?」
ナツミが指差す先、屋敷の中に人影が一つ、二つ?
家主が全く帰ってこなかった屋敷にそんなに人員は必要だろうか?
「……あ、もしかして……。」
「ん?ソフィアちゃん?」
「……ちょっと師匠と話してくる。」
ヴィルマが止める間もなく、ソフィアは雑踏に消えていく。
屋敷の人影に何か問題があったのだろうか?
首をかしげながら屋敷へと一歩足を踏み入れると、ソフィアが消えた雑踏から声が聞こえてくる。
「……ちょっとまってくださぁぁぁいいぃ!」
どたばたと走ってきたのは小さな背丈でショートボブを揺らす女の人……女の子?
背丈はアニスタくらい小さいが、不釣り合いなほどに大きな縁の丸メガネが野暮ったい雰囲気を醸し出していた。
「あ、ああああの、どどちら様でしょうか!?」
「ここの、家主……になるのかな?」
「えぇと……家主?」
「そう、家主。」
そう言えば玄関を開けるために鍵の役割を持つ魔法結晶をラビオラさんから渡して貰っていたはずだと思い、がさごそと懐を漁る。
あまり多くを持ち歩いてる訳ではないので、荷物入れ用の鞄の奥の方で行き当たる。
「ほら、これ。この屋敷の鍵なんだけど。」
「これは……。先ぱーい!ロザミアさーん!」
丸メガネの彼女が大声を出すと、室内の人影がわたわたと外へと出てきた。
「うるせー!どこほっつき歩いてた……ん、だ、って、……姫様?」
「?……あ!グリントさん?お久しぶりです。」
「あぁどうも。姫様大きくなりましたなぁ……って、なんでここに!?」
「ここが私達の拠点だと聞いてないのですか?と言うか、なんでグリントさんがここに?」
「姫様こそ、ここの屋敷の管理にトラーフェ商会から人を出してるのはご存じないんですかぃ?」
グリントさんと呼ばれたのは高めの背丈に程よい筋肉と清潔感のある見た目を持ち合わせたおじさんである。
と言うことは、その後ろからやや気だるそうに早足で向かってくる栗毛の侍女はロザミアさんとやらなのだろう。
「ロザミアさん!家主って何者ですか?」
「家主とは、家の持ち主と言うことですが――」
「ふええぇぇぇ!!!家の!持ち主!?!?」
すっとんきょうな大声に思わず皆が彼女に注目してしまう。
彼女は両手で口を抑え、あからさまに失態を犯した顔をしていた。
「……まぁ、何と無く理解が及びました。シロガネ ツムギ様で宜しいでしょうか。ラピスグラスとフォッグノッカーのダンジョンを攻略した功績により二つ名『迷宮者』を賜ったという……。」
「……うん。そうです。」
そうなんだけど、二つ名の話は別に良くない?
『迅雷』から屋敷を賜ったとか、なんか他にもない?
ユーディットさんなら手が出てるところだ。
「なるほど。では少々改めさせてもらって……お帰りなさいませ、ご主人様。」
「う、うんありがとう。ラビオラさんが寄越してくれた侍女は貴方で間違いないの、かな?」
「はい。ラビオラ様より約半年前にこの屋敷の専属侍女になるよう仰せつかりました。お陰でご主人様のご友人らの保護も出来ております。」
……ご友人って誰だ?
確かにロッティには、魔王城からマトンさんを連れてきて貰ったと思うが、ご友人ら、である。
複数人いるような言い方がとても気になる。
「ちなみにそのご友人とやらは、いまどこに?」
「屋敷の中に居られます。どうぞこちらへ。ちなみに庭の手入れは指示は私ロザミア=フェリクスが、実働をあちらのボチボチ筋肉達磨が行いました。」
「ボチボチ筋肉達磨ってなんだ!」
そりゃ怒るよ。
悪口に悪口重なってるようなもんだし。
「しっかり筋肉達磨だろうが!」
「先輩、多分怒るのそこじゃないです。」
「でも見ろよこのはち切れんばかりの脈動を。」
「先輩の筋肉が凄いのは知ってますから、ほらほら行きましょう。家主様と姫様方、こちらになりますー。」
「いや、姫様はあの黒髪のだな――」
見事な凸凹コンビである。
自分の屋敷にも関わらず、案内されるままに屋敷へと入っていく。
この世界で友人と言えば、それこそロッティとかだろうか。
イクリールさんは友人と言うには少々僕の地位不足が否めないし、他はそもそも来ないだろう。
正面から入って左の広間の扉を開けると、椅子で寛ぐ多少見知った男と、その後ろで片膝を付いた知らない女が居た。
いや、女の方もなんかどこかであったような気が……?
「お、おかえり。」
「……何してんの?」
男の名前は、ヴァレリー=ヴァンピール。
吸血鬼の末裔にして、吸血出来ない男。
ロガロナの、しかもオーガの里で『紅蓮』の部下として相対した男が、あろうことか優雅にお茶を楽しんでいた。
「やー、ちょっとしくじっちゃって、さ――」
「端的に要件を伝えなさい。貴方の首が胴と泣き別れになる前に。」
刹那の間にレティが紅血を抜き放ち、ヴァレリーの首もとに添えられていた。
咄嗟に側に居たミーシャの視界を手で覆い遮る。
「お兄様、前が見えないです?」
「見ちゃいけません。」
「……クネムも。」
「見たらダメですー。」
クネムの方もヴィルマが眼を覆っている。
こちらは『魔力糸』を使って、魔眼すら遮る手厚さである。
情操教育に悪い絵面である。
「レティシア様。私から説明させていただきます。」
「そもそも貴女は誰ですか?」
「こうすれば少し思い出していただけるやも知れませんね。」
そう言うとヴァレリーの側に居た女性はやや薄汚れたローブを羽織る。
けれど、僕もレティも今一つ思い出せない。
「……クレアに行く時の喋らない御者さん。」
「クネム様、ご明察でございます。」
「あー、あぁそう言えば居たな。」
やたらと姿を現さない、顔も見せない御者さんだったことは覚えている。
けれど、なんでそんな人がここに?
「あの頃、私はツムギ様方の動向を探るようヴァレリー様に仰せつかってました。」
「オーガの里で契約をしただろ?俺がお前を倒した事にするって。なら、その後どういう動きをするかは知ってなくちゃならない。結果だけを持って帰ってはいサヨナラとはならないんだ。」
「だから、そこの彼女を?」
「あぁ、名前はネロ。俺の――」
「未来の妻です。」
「ばっ……違っ、何言って……あーもー……。」
男の全力照れ顔がどこまで需要があるかは分からないが、取り敢えず今回は、レティが一発拳を入れるのを阻止することは出来なかった。
久々登場ヴァレリー=ヴァンピール。
チャラく軽く、女の子を大切にする吸血鬼の末裔。
ネロはその従者でヘタレヴァレリーを見て楽しんでいる。相当ヴァレリーが好き。




