291.目覚めは騒々しく
「ヒトミさん!」
先ほど出た扉を勢い良く開けると、先ほどまで広がっていたターコイズブルーの髪が風に揺られていた。
「……そんなに大声を出さなくても……聞こえている。」
「ヒトミさ――」
「ちょっと奥方様方待ってください!」
「「「ヒトミさん!!」」」
雪崩れ込むようにレティ、アニスタ、フェリが部屋に飛び込んでくる。
まだ面会の制限があるとダグラスさんに言われたんだけどな。
ちらとダグラスさんを見遣ると頭を抱えていた。
全力で止めなければならないほど身元が分からないわけではない上に、ダグラスさんのメンタルはガタガタであるためレティ達が難なく躱せてしまっていた。
心の調子が悪いと動きにも出てしまうものだ。
「大丈夫ですぅ?どこか身体痛いとか怠いとか無いですぅ?」
「何かあったらナンナ呼ぶ?」
「そうしましょうか。大丈夫ですかダグラスさん。」
「え、あ、いや勝手に決められても……。」
「むしろもう連れてきますぅ?ひとっ飛び行ってきますよぅ。」
「そうしよう。近くに居た方がいいよね。」
「……だ、大丈夫……だから。」
ストッパーが居ない。
そろそろ止めないと本当にフェリが、さっきのテントまでひとっ飛びしてしまう。
そもそも、なんでそんなに仲良さそうなんだ。
「ヒトミさんも大丈夫って言ってるし、皆一旦落ち着いて。」
「でもでも、お兄さんもまだ矢が刺さった所は痛みますよねぇ?」
「僕はほら、金属で繋げるから。」
かさぶたのように、裂傷を繋ぎ止めてしまえば痛みはほとんど無くなってしまう。
即座には出来ないが、少し時間があれば傷同士を縫い合わせるように寄せることくらいは出来る。
ステープラのように裂傷を留めてしまえば後は治癒を待てば良い。
「なら、ヒトミさんの傷は痛むじゃないですか。」
「それはナンナじゃどうしようもないよ。彼女の針術は緩和、促進させるだけ。」
「じゃあどうしろって言うんですか!」
「解決に来たんじゃなくて、お見舞いだからね?」
少し落ち着いて欲しい。
そもそもいつもよりテンションが高いってどういう事だ。
「ヒトミ様の心配をしていただけるのはありがたいのですが、奥方様方そろそろ出ていただけると。」
「誰も奥方じゃないんですけどね。」
「……いや……良いそのままで。」
ヒトミさんはレティ達を連れ出そうとしたダグラスさんを制止し、直後には氷の竜を一匹作り出した。
氷の竜はヒトミさんが一瞥すると、手から離れて部屋を一周旋回すると、レティの肩に降り立ちポンと消えてしまう。
「ひゃぁ!」
「……頭は冷えたか?」
「むむむ……大丈夫です。」
「……そんなにハイテンションで……心配する仲でも……あるまい。」
レティにそう言うとヒトミさんはすぅと息を吸い、暫く瞑目した後に、言葉を続けた。
「……シロガネ。今回は……すまなかった。……こんなじゃ……セレナド=セイレネスへ向かっても……足手まといになってしまう……な。」
「謝らないで下さい。今回は不測の事態だったと思います。」
運もタイミングも悪かった。
ナンナの『洗脳』はパートリアを殆ど掌握していたし、『洗脳』出来ていない人間もパートリアから出ることも出来なくなった居た。
それを隠れ蓑としたフルーフの戦力も随分と整っていた。
毒のラインハルト、火球のフラマ、鉄砲玉のペイン
にその部下で作られた『式魔降霊』を使った部隊。
「何も知らずにこの町に入ったんですから、生きてるだけ良かったです。勇者だからですかね?」
「……悪運……か。」
『迅雷』の言葉である。
勇者は悪運が強い。
激戦や混戦で『人を殺しても、自分は死なない』という運。
「ですね。ま、僕もですけど。」
「……シロガネも?」
「えぇ、僕も同じ毒にやられてしまって。」
「……そっちか。」
「大変だったんですよぅ?ヒトミさんも危ない所だったみたいですし。」
ラインハルトの毒は体内に入るとまず全身を巡る魔力に作用する。
魔力が乱されると平衡感覚が乱されてしまうのだ。
魔力切れで意識を失うのも、『魔力が乱れる』延長線上の結果である。
……そう言えばさっきのヒトミさんのそっち、とはなんのことだろう。
何かを言おうとしていたような?
「ナンナが言っていましたが氷漬けになっていたのが良かったそうですよ。全身を毒が巡るのを遅らせたとかなんとか。」
「……なるほど。……ところでナンナとは……誰?」
「あ。」
なんと言えば良いだろうか。
パートリアの人達を『洗脳』していた本人であり、現在は自分が洗脳した人達を治療しているただ中である。
敵と言って良い人物であるが、同時にフェリの姉でもある。
まぁ記憶は失っているのだけど。
もちろん、ヒトミさんを『洗脳』したのもナンナであるため、もしかすると顔は知っているかもしれない。
そもそもその辺りから話しないといけなかったな。
ヒトミさんを襲ったフルーフのこと。
フルーフの側にいたペイン、ラインハルト、フラマそしてナンナのこと。
パートリアの町人の多くがナンナに『洗脳』されていたことや、フルーフがセレナド=セイレネスと繋がっていた事。
そして……
「フルーフは逃亡、ラインハルト、ペイン両名は監獄へ行き、ナンナはパートリアの町人の『洗脳』を解いた後に監獄へ、フラマは未成年であるとして保護観察になってます。ちなみに、ナンナは『洗脳』をした張本人ですけど、今回の件で『洗脳』を解いていっているので、少し罪が軽くなると思います。」
思うと言っているが、その裁定をしているのは誰あろうパートリア男爵であるため、ナンナちゃんの罪の具合は教えてもらっているんですよーとヴィルマに教えてもらった。
全員の『洗脳』の解除とプラス不調を治す治療を行う事で減罪し、追放ではなく保証人付きであればパートリアを跨ぐことが出来る措置にするそうだ。
フラマに関しても同じ感じである。
そもそも未成年であるため、唆された可能性が高く、両親を亡くした今追放するのは酷であるとの判断から、保証人付きで保護観察処分となるわけである。
ラノさんやニュクスさんが僕をフラマに会わせたのも、そういう意図が合ったのかもしれないが、本人が動いたら考えてやることにする。
一通り話終えるとヒトミさんはじっと俯いてから、言葉を発する。
「……なるほど。……シロガネ、レティシア、アニスタ、フェリスも。……改めて、すまなかった。……小生の力が……足りないばかりに。」
「ひ、ヒトミ様!頭は下げないでください!下げるならこのダグラスの頭で許してください!そもそも私達が止められなかったのが悪く――」
「……だとしても、だ。……小生は勇者だ。……不意を突かれました、負けました、では……駄目なのだ。」
彼女は慣れた手付きで眼帯に手を添える。
傷痕をなぞるように。
斬られた痛みを追い掛けるように指を這わせる。
「……弱いままでは……駄目なのだ。」
独白に近い決意の言葉。
なんだか少し前の自分を見ているような気分になる。
『迅雷』にも、ダンジョンの最奥の主にも、良いようにやられ、焦っていた時のことを思い出す。
ヒトミさんも目が覚めた。
ナンナが罪を精算したら、やっとラピスグラスに向かえる。
あの頃と比べて、僕はどれだけ強くなったんだろう。
ようやっとパートリアから出発出来そうです




