27.剣術訓練
「あ、待ってくださいナツミさん!今、ツムギさんは…」
茂みからレティシアさんの声が聴こえてきたので、そちらを見ると、同じタイミングで飛び出してきた人影とぶつかり、川に倒れ込んだ。
起き上がるとナツミが僕の上に乗っている状態だ。
「ご、ご主人様!あ、あたしとご主人様はどんな関係なんでしょう!」
なんかすごく慌てている。
「どうしたの?」
「あの、あのですね。さっき彼女に、あたしとご主人様はどんな関係かと聞かれまして、でもあたしはご主人様と契約した主従じゃなくて、スライムさんが契約した主従で…だから…あたしとご主人様はどういう…」
確かに僕が使い魔として契約したのは、今左胸に収まっているメタルスライムだ。
ナツミとはメタルスライムを介した契約でしかないはずである。
ただステータスにはナツミの名前がある。
「僕がナツミに『ナツミ』と名前をつけた時に、主従の契約が更新されている…と思う。ナツミはスライムさんと同等の主従契約が発生してるはずだよ。」
それかスライムさんは主従の序列のトップをナツミに譲ったのだろうか。
対話が出来る方の序列を上げることで、僕の生存率をあげるために。
ほとんど憶測でしかない。
スライムさんと会話が出来るならもっとわかることはあったかもしれないけど。
現状を見ると、ナツミとはちゃんとした主従関係が発生している。
「では、あたしのご主人様はちゃんとご主人様なんですか?」
「うん、そうだよ。」
ナツミの頭を撫でると安心した様子で、されるがままになっている。
「おう、可愛らしい覗きだなぁ。」
「え、いや、違います!違うんです、おじさん!私はナツミさんを追いかけてきただけで」
「はっはっは。やっぱり同世代は気になるか。」
「だから違うんですー!」
半泣きのレティシアさんと目が合う。
あ、ヤバい。
めっちゃ顔赤くなってる。
プルプルしてる。
「…ヅムギざん、ぢがうんでずぅ…」
「うん、うん。分かってるよ。分かってるから…。」
…どうしよ。
「あたしに任せてください!えーと、鬼のお姉さ…」
「あだしはレティシアでずぅー!!」
号泣である。
おっさんは笑ってるし、収拾がつかないな。
「とりあえず、僕はそろそろ戻ろうかな。レティシアさんもナツミと一緒に水浴びするんだよね。ナツミ、レティシアさんと仲良くね。」
「はい!任せてください!たぶん大丈夫です。」
多分かぁ。
「んじゃ、おじさんも行きましょ。」
「そうするかぁ。姫様、また後でな。」
そもそもおじさんの反応が発端だったような。
「…あの、ツムギさん。」
「ん?」
「覗いたら…ダメですからね?」
涙目のままの上目遣い。
破壊力が高い。
「…ダメですからね?」
…フリか?
フリなのか?
とりあえず、気づかなかったことにしておこう。
里に戻る途中におじさんからは「意気地ねぇなぁ。」とボソッと言われたけど。
ーーー
里に戻ると、昨日の祭りの痕跡は殆ど片付けられ、普段の里の雰囲気に戻りつつあった。
「んじゃあ、俺はダンジョン探索の報告纏めなきゃならねぇから、また後でな。」
ヒラヒラと手を振って、おじさんは去っていった。
一人になってしまった。
ぼんやりするのもいいが、里を少し見て回ろうと思い、歩みを進めていく。
おじさんが言っていたように、元々兵の宿舎として使われていただけあって、一つ一つの建物が大きい。
大きなログハウスや、木造の校舎のような出で立ちだ。
道行く人も、角が生えていたり、牙が生えていたり、肌の色も真っ赤から肌色まで様々で、とても多様性に富んでいた。
人とオーガが共生する里。
なかなか不思議な光景だった。
当てもなく歩いていると、気合いの入った声が耳に入る。
釣られるようにそちらへ足を向けると一際大きな建物が目に入る。
建物は柵で囲まれ、中では男女問わず幾人もの人が声に合わせて木刀を振るっていた。
その中には、何人か見知った顔もあった。
訓練所、といったところだろうか。
ブンブンと木刀を振るう音。
流れる汗は長時間、素振りをしていた証だ。
ぼんやり眺めていると、
「では、少し休憩に入る。各自給水の後、打ち合いを行う。各自パートナーを見繕っておけ。」
ほほう。打ち合い。
もう少し見ていようかな。
一組目が中央に向き合って立っている。
中段の構えで、木刀の刀身を合わせた状態で止まっている。
刀身を審判役をやっている教師が軽く押さえる。
キュッと引き締まった空気になり、空間が緊張する。
手を離すと同時に、審判が合図を出す。
「始め!」
木刀を弾き、剣擊の攻防が始まる。
打ち込む、弾く、打つ、躱す。
人間だったときの僕ならボッコボコだっただろう。
…なるほど。
レティシアさんもここで教えてもらったんだろうな。
似たような技を使われたのを覚えている。
どうやら型には種類があるようで、
真っ直ぐ力の限り打ち込む技や、柔軟に受け流しカウンターを狙う技、少数派だが柄や鍔も使うようなトリッキーな技もあった。
どれだけ眺めていただろう。
後ろから衝撃と共に、声がかけられる。
「ツムギさんもどうですか?」
突撃してきたのはナツミで、声はレティシアさんだった。
「昨日、打ち合った時に剣術は心得がないように見受けられましたので。」
バレてた。
「良いんですかね、入っても。」
「私が良いって言ったら良くなるんですよ。ね、先生。」
先ほど審判をやっていた人が反応する。
「姫様!どうされました?」
「この人に指導をお願いできませんか?」
「彼ですか?…大丈夫でしょうか。」
「えぇ、私より強いですから。」
「えぇ!?姫様より…強い?彼が?」
先生は僕の体を上から下までじっくりと眺めていく。
ナツミ、威嚇しない。
「分かりました。一度打ち合ってみましょう。ルド、木刀はあるか?」
木刀の束を持ってきた子供は、ナツミにお礼を言っていた男の子だった。
「あ、兄さんが使うの?」
「うん。成り行きでね。」
「お姉さんはどうする?」
ん?なんだかナツミに懐いてるな。
ううん。
ナツミにとって悪い虫にならなければいいけど。
「あたしはまずはご主人様を見させていただきます!」
「そっか。あ、兄さん。幾つかあるから、つかんでしっくりくるやつ選んでよ。」
しっくり来るとはなんだろう。
首をかしげつつ、幾つかの木刀を掴んでいく。
確かにモノによって、手触りがすべすべだったり、ざらざらだったり、更には握りしめたときに人差し指に力が入るものや小指側に力が変に入ってしまうものなど、様々な癖が付いていた。
「こいつらは先輩達のお古だからさ。癖が付いたままなんだよ。でな、先生から評価されたら、自分の木刀を作ってくれるんだ。」
で、評価される前に使う木刀がこれだと。
束の中からそれなりなやつを一つ引っ張り出す。
「これでいいかな。ありがとう。」
「いいよー。あのお姉さんに相応しい人なのか、俺もみたいし。」
どの口が言うんだ。
ナツミはやらんぞ。