25.オーガの里
僕は今、喧騒の只中にある。
老若男女問わず、好きなものを飲み、好きなものを食べる。
眼前に広がっている机には、調理された魚や野菜が山になっている。
楽器の音が鳴り響き、リズムに合わせて歌えや踊れの大合唱。
祭りである。
事の起こりは、魔王城地下に遡る。
レティシアさんの対話の後、僕たちは探索していた一団と合流することになったのだ。
大人八人に子供が二人。
大人はオーガっぽく見える者と、人っぽく見える者が混在している。
子供は二人ともオーガだろうか。
肌が淡く赤い。
その中で壮年であろう一人の大人が子供二人に注意しているように見える。
「お前ら二人がどうしても、と大人しくするからと、言ったから、約束したからこそ連れてきたのだ。それなのにお前らと来たら、ダンジョンに入るなり行方をくらましよって。お蔭で探索どころでは無くなってしまった。成果もない。時間ばかり失い、更には姫様も帰ってこない!あの時のお前らと交わした約束はなんだったのだ。命を守るための約束をなんだと思っているのだ。」
あー、無理言って連れてきてもらったのに、集団行動から外れて動いたのか。
気持ちはわかるけど引率者の責任問題になるもんな。
「まぁ約束はよい。ただ成果がない!それが問題だ。命を懸けて、成果を出して、初めて自由に動いていた免罪符が生じるのだ。肝に命じておけ!成果があれば、保身の約束など反故にしても怒られはせん!」
その教育はどうなのか。
約束は守りましょう、とかじゃないんだな。
約束を遵守するだけの人間では、いざというときに動けないと言うことだろうか。
責任をとってくれる人間がいればいいのか…?
うーん。
まぁ異世界だし、元の世界の倫理観は尺度になり得ないか。
「いつもあんな感じ?」
「いつもあんな感じです。自身で命を守れなければ生きれませんからね。」
「なるほど。でも、そうすると約束が軽くなるんじゃない?」
「約束は軽いものです。契約や盟約のように、魔力を介して縛るものであれば、別ですが。」
そんなものもあるのか。
そんな話をしていると、一団がこちらに気づいたようで、
「おぉ!姫様、ご無事でしたか!…その者は?」
「彼は私の客人です。里へ案内するつもりです。」
大人たちが怪訝な顔をしている中、子供二人がバタバタとナツミへと向かっていく。
「おねぇさん!」「助けてくれてありがとう!」
左右の手を子供に握りしめられているナツミはこちらを見上げている。
状況をいまいちわかっていないようである。
「ナツミが逃がした子供たちじゃない?」
「…そうなの?」
子供の頭には角が生えている。
ナツミも宝物庫に二人子供が居たと言っていた気がするのだけど。
「あ、そうか。」
男の子が、グッと体に魔力を通す。
流れる魔力が筋肉や肌に作用し、子供の体が一回り大きくなる。
丁度ナツミと同じくらいの大きさである。
「これならわかるかな。」
「あぁ!わかります!大丈夫だったならよかったです。」
強化の魔法だろうか。オーガの固有魔法?
「それは?」
「へ?これは人化です。混血を操作するんです。」
「混血?」
「はい、私たちオーガの里にいる人は皆、人とオーガの混血です。中には純血を守っている人も居ますが…。」
「まぁ、そんな話は里でしようではないか、客人殿。まずは子供らと姫様が帰ってきたのだ。成果も、客人がいるなら問題はなかろう。戻るぞ。魔物でも出ちゃたまらんからな。」
割って入ってきたのは、先ほど説教していた壮年の大人。
頭に二本の角が生えているが、片角は折れていた。
一団は確かな足取りで、宝物庫の一つ下へと向かう。
「この先に私たちが使っているダンジョンの通用口があります。」
ナツミが言うには最下層。
地下牢がある場所だと言う。
「ここです。」
たどり着いた場所は確かに牢屋。
鍵はしまったままなのだが、柵は左右に大きく開かれ、まるで大きな化け物が力ずくで牢を抜け出したような形をしていた。
さらにその奥には、大人が頭を屈めれば通れそうな穴がぽっかりと空いている。
その先は、洞窟と繋がっているようで、一人ずつ家の玄関を抜けるかのように、さくさく入っていく。
「行きましょう。ツムギさん。」
差し出される手。
そこまで過保護にしなくても、行けるけどな。
レティシアの手をとろうとすると、横から飛び出てきた手に阻まれる。
「ありがとうございます!レティシアさん!」
「いえいえ、でもお気をつけくださいね。この先狭くなっていますので。」
「大丈夫です。あたしはそんなに大きくないので、へっちゃらです。」
「では、手を繋がなくても問題ないのではないでしょうか。」
「あたしは子供ですので。」
なんだか、視線がバチバチしてる気がする。
そんなに接点はなかった気がするんだけど。
横穴から洞窟、そこから更にオーガの里まではさほどの距離はなく、あっという間だった。
パッと開けた視界には、太陽光と見紛うばかりの明るさと、森林。
木々の奥にはログハウスのような家が立ち並び、人の営みの一端を垣間見ることが出来る。
木々の隙間から、注ぐ光と里を抜ける風邪が心地よい。
「気持ちいいところですね。」
「気に入っていただけたなら何よりです。ようこそ、オーガの里へ。」
にっこりと笑うレティシア。
「さて、祭りまでしばらくあります。とりあえずツムギさんは…」
「祭り?」
なんの祭りだろう。
そう思って聞いたのだが、壮年の男が鼻息荒くして答えてくれた。
「そう、祭りだ。ダンジョンから帰ると生きていたことに感謝し、ダンジョンにて回収できた品を奉納するんだ。魔王が再び、我らを守って下さるように。」
魔王は慕われていたんだな。
でも、今回、ダンジョンで回収できた品と言えば…。
「本日の祭りは、お客人を祝うものになるだろう。期待して待っておれよ!はっはっは!」
と、言うことがあって僕は今、レティシアの横で食事をしながら、祭りの様子を眺めている。
机に並んだ料理に手をつける。
煮魚だろうか。
手を広げたくらいの大きさの魚。
その白身魚の身を口に入れるとホロホロと崩れていく。
そこそこ塩味は強いが、くどくなく、飲み込むとさっぱりとした後味が口の中に広がる。
美味しい。
野菜はどうやら生で食べるらしく、全て切られた上で皿に並んでいる。
葉っぱは水滴を弾いており、新鮮さを物語っている。
見た目はニンジンや大根のようであるが、食べるとシャリシャリした感触が返ってくる。
繊維は口の中に残らず、じんわりと甘みが残る。
歯応えは山芋に近いだろうか。
不思議な感覚である。
聞くと、この野菜は茹でると溶けてどろどろになってしまうのだそう。
生で食べるからこそ美味しいのです、とレティシアは言っていた。
異世界に来て、初めてちゃんとした料理を食べたせいか、手が止まらない。
祭りは遅くまで続き、気づくと僕はその場で眠ってしまっていた。
オーガと言えば日本建築だろ!と思ったのですが、なんでだろう。どこかで刷り込まれたのかも知れません。