240.ツムギ強化訓練的な日常
「そうそう。随分慣れてきたね。」
「お陰様で。」
アニスタから受けるのは魔力放出訓練。
バレーボールほどの透明の球に手を乗せて、その中に魔力を流す。
そうすると、魔力に反応して球の中に紋様が現れると言う。
人工的に作られた魔法結晶などの欠片を溶かして混ぜて固めると出来るらしい。
特殊な作り方らしく、一部の王族に近いものしか知らないと言う。
意識して繊細に均一な魔力の放出を行えば、内部で魔方陣が書き込まれ、人工的な魔法結晶が生成できるらしい。
ちなみに僕が今行っているのも、魔方陣の生成であるが、なんとも上手くいかず、水にインクを溢したかのように、じんわりと僕の魔力色の白銀が揺らめいている。
「……でも、全然上手く形にならない。」
「そりゃ、魔方陣作れるまで精密な操作が出来るなら冒険者になんかならなくても、人工魔法結晶作って売って生活出来るもの。」
「アニスタは?」
「うちは、魔法が思い浮かばないからダメ。」
魔方陣を生成するにはイメージが大事なのだそうだ。
中でもオリジナルの魔法結晶は唯一無二となり、高額で取引されるとかなんとか。
「ぬぬぬ……。」
「うーん、もう少し早めにやるべきだったかな。変な癖が付いてるような気がする……。」
「変な癖?」
「うん。何て言うのかな……。零か百でしか魔力を扱えないんだよ。ツムギくんの魔力量が多すぎるせいで上限がないようなものだから、途中で魔力を切り離せない。……ちょっと庭に出てくれない?」
庭に立つアニスタの手には彼女愛用の杖が握られている。
付いている魔法結晶は確か『突風』。
「ツムギくんは魔力が見えるでしょ?ちょっとそれも使ってみてて欲しいな。」
「うん。」
言われるまま『魔眼』を発動させると、アニスタの体からは橙色の魔力が滲み出ていた。
全身を覆う魔力は彼女が杖を構えた瞬間に、杖の先に付いている魔法結晶へと渦巻くように収束されていく。
魔法結晶も呼応するように、その光を強めていく。
「ま、こんなものかな。……見えてる?」
「うん。魔力の移動もスムーズで無駄がない。」
「へへ。でしょ。じゃあ魔法結晶はどうなってる?」
魔法結晶は内部でアニスタの魔力が渦巻いているが、その量は総量の四割ほどと言ったところだろう。
「まだまだ魔力は入りそう。」
「でしょ?でも、この状態で起動させるの。」
そう言えば、『穿雷』を初めて起動させた時は込めた魔力が大きすぎて試し打ちとは到底思えない威力が出たし、『怠惰之行進』を起動させるときも、魔力を充填させるまでにかなりの時間を要する。
少なめの魔力で魔法結晶を起動させることが出来れば、戦闘でも小回りが効くようになる。
「必要なのはさっき、空の魔法結晶でやった魔力操作と一緒。中に見える魔方陣が魔力で満たされれば、魔法結晶は効果を発揮する。……だから。」
アニスタは中に渦巻く魔力を魔方陣へと纏わせる。
瞬間、風が僕の全身を抜けていく。
アニスタの魔法結晶『突風』が起動したのだ。
「魔方陣だけでも、一定時間魔力で満たされれば勘違いするみたいでね。魔力を満タンまで蓄えないでも起動するんだよ。」
「……なるほど。」
「慣れれば、魔力の充填で威力を自在に変えられるの!」
アニスタのテンションが少し上がっているが、詰まる所、魔方陣のみを魔力で満たすことで、強制的に誤作動を起こして魔法結晶の魔方陣を起動させているのである。
起動させる条件が不足していたとしてもむりやり誤作動を起こさせることが出来る。
まるでもとの世界の機械である。
ただこれは技術としてはそれなりに高度であるようで、次に訓練を手伝ってくれたフェリが言うには「アニスタは昔から魔導師になりたかったらしいんで、技術だけは超一流ですよぉ?変態です変態。」
とのことだった。
その後、変態か変態ではないかでひと悶着あったが、魔導師なら魔法の変態でも良いんじゃないか?と言う形で決着した。
「と言うことで、今日の分やりますよぉ。」
「よろしくお願いします。」
「とは言ったものの……魔力操作ならアニスタのやつでいいんですよねぇ。」
アニスタの訓練は意外と理に叶っているらしく、魔力の操作に関して他に教えることはさほどないのだと言う。
ちなみにフェリは内部魔力操作の癖の矯正を担当する予定だった。
けれど、魔力の技術を教えるとなったときに、気合いの入りまくったアニスタがどこからか用意した魔道具の数々の性能が良すぎたため、フェリとの訓練はどちらかと言うと、彼女のリハビリの意味合いが強くなっていた。
「擬似的な『身体強化』は筋力を魔力で補強する、言葉の通り力業になりますぅ。ただ、その魔力を流せるのは意識が出来る筋肉だけ。だから例えば――。」
不意に眼前から姿を消すフェリ。
次の瞬間には、僕の膝の裏に打撃が入り、思わずたたらを踏んでしまう。
「他にはこことかここですかねぇ?」
「んぐっ……がっ、ちょっフェリ――」
首や鳩尾。
人間の急所を的確に、指で弾いてくる。
流石に『自縛』による蹴りを叩き込むのは危険であるため、その力を脚力に使っての高速移動とリハビリとして力の制御を行っている。
「ふへへ、お兄さん可愛いですねぇ。」
フェリの高速移動はもしかすると『迅雷』の勇者に匹敵するほどかもしれない。
それほどまでに、目で追うことが難しい。
ただ、時折視界に入るフェリの顔は、とても幸せそうである。
「やられっぱなしじゃないぞ?」
「その調子ですぅ!後、擬似的に『身体強化』が出来るなら、『身体硬化』なんかも出来るんじゃないですぅ?」
「『身体硬化』?」
「そうですぅ。」
キュッと元居た場所に戻ると、片足を上げて戦闘体勢を取る。
「まぁ、これはフェリも擬似的なモノなんですけど……。」
「お、すごい。」
『魔眼』で視ていると、フェリの足周りに暴風のように渦巻いていた魔力が一転し、押し固められたかのように規則正しい形へと変化する。
「ふへー。でもこれはあまり速さも強さも無いんですぅ。その代わりとっても硬いですぅ。」
ほれほれ、と足を揺らすので軽く触れてみると、触れた手が皮膚を押し込むことがない。
「金属でも触ってるみたいだ。」
「だから『身体硬化』なんですぅ。んへへ。」
「どうしたの?」
「だってお兄さんがすっごく近くて……。」
そう言えば、ダンジョンから帰ってきたときも様子がおかしかった気がする。
荒い息、上気した顔。
「ずっとフェリは我慢していたんですぅ。あの時あの瞬間、フェリの心はお兄さんに打ち抜かれたんですぅ。」
「え、ちょっと……フェリ?」
「あぁ、お兄さん……名前を呼んでくれる度に鼓動が速く激しくなるんですよぅ?」
『魔眼』は起動したままである。
フェリの淡い紫の魔力は、荒れ狂う嵐のように、それでいて凪いだ海のように静かに脚部に収束していた。
「これは……『自縛』……?」
「お兄さん、お兄さんお兄さん!」
先ほどよりも速い接近。
『魔眼』を使っていたお陰で、なんとか視えた。
ただ視えたと同時にフェリに押し倒される。
馬乗りの姿勢で、フェリに見下ろされる。
迫ってくるフェリの顔を思わず肩を抑えて留める。
「ふ……フェリ!」
「……フェリは……まだ我慢しなきゃダメですぅ……?」
「それは……。」
知っている。
好意があるから一緒についてきている事を。
けれど今さらなんと答えよう。
優柔不断で不誠実。
ナツミもレティもソフィアもフェリも。
僕は想われていると判るからこそ、力になりたいと思ったのだ。
生きようと思えた。
それなのに未だに言葉がでない。
誰も選べないまま時間が過ぎている。
「……困ってる顔も可愛いですぅ。」
「っ!?」
「言ってくれて良いのですよぅ。」
フェリのうさみみがへにゃりと照れたように曲がる。
彼女の瞳も潤んで見える。
「……全員好きだって。」
優柔不断だから不誠実なのか。
不誠実だから優柔不断なのか。
ハーレムは憧れるけれど、女性が良しとしても良いのかどうかは悩むところ。
フィクションとして上手い落とし所を皆書かれていて凄いなぁと思うこの頃。




