24.紅血
赤の鎧がしゅるしゅると後頭部へと収まっていく。
聞くと鎧は血液でつくられているそうだ。
「『紅血』と私の里では呼ばれています。」
彼女の名前は、レティシアと言うらしい。
真っ直ぐした艶やかで漆黒の髪は光を湛えている。
対比するかのように、ボディラインがよくわかる、ぴったりとしたノースリーブのタートルネックからは、透き通るような白い肌が覗いている。
体は鍛えられ引き締まっているが、筋肉質と言うほどではなく、女性性を強調している。
綺麗な人だ。
とはいえ、あまりジロジロみるのも失礼だろう。
宝物庫からナツミのおかげで命からがら逃げ出した少年少女は、魔王城探索のためにオーガの里から派遣された荷物に紛れ込んでいたそうだ。
魔王城に入ってすぐ見つかり、叱ったのだが探索に慣れてくると、懲りずに二人で独断で行動を始めてしまった。
居ないことに気づき、探索を止めて全員で捜索し、やっとの思いで倒れている二人を見つけたそうだ。
倒れてはいたが、意識は失っていなかったようで綺麗な部屋から綺麗な石を拾ってきたのだと言う。
部屋から出る時に大きな銀色に襲われたこと。
必死に逃げたが、逃げれば逃げるほど足が動かなくなっていったこと。
石を返そうにも進むことも戻ることも出来なくなってしまったそうだ。
「…で、レティシアさんが石を返しに来たら僕がいた、と。」
「はい。チアとルドを追い立てた銀色かと思い、思わず…」
頭に血が上っていたんだろうな。
僕あんなに大きくないし銀色でもないし。
「だって他に人がいるとは思わないじゃないですか。しかも刀を止められるなんて…思わないじゃないですか…」
思い出して涙目になっている。
なんだか悪いことをした気になってくる。
「申し訳ないです。」
「い、いえ、ツムギさんが悪い訳ではありません。一重に私が…弱かっただけ…で…うえぇ…」
「ご主人様、どうしましょう。この人めんどくさいです。」
そんなハッキリ言わないでも…
ほら、レティシアさんビックリして涙止まってるじゃん。
「ん、と…とりあえず、目標は達成したなら、その子達のところに戻ってみたらどうかな。起きてるかもしれないし、起きてないなら原因を探らないと。」
「あ、そ…そうですね!そういえば…」
「どうしたの?」
「ツムギさんはどうされますか?と言いますか、どうしてツェルフェルミナダンジョンに?」
ツェルフェルミナダンジョン…
確か、ツェルフェルミナってローナちゃんのファミリーネームだったっけ。
なんて答えよう。
異世界から転移してきたって言うのもな…。
「ご主人様は異世界から来ました。そして、オーガの里へ向かいます。レティシアさんとやら、ご案内下さい!」
全部言うんじゃないよ。
で、なんだその上から目線。
言ってやったぞと言わんばかりにこっちを見つめないで。
うん…うん、誉めるよ、誉めるけどさ。
レティシアさん首かしげてるから、もう少しアフターフォローとかさ。
「えと、イセカイ…が何処かわかりませんがそこから私たちの里に用があり、来られたってことで大丈夫ですか?」
「それで、大丈夫。良ければ、レティシアさんの里に案内してもらえませんか?」
まぁ異世界って言われてもわからないか。
僕としてはオーガの里へ行ければ…あ、そうだ。
「レティシアさん、ある方からこの首飾りを預かったのですが、ご存じですか。」
「この…首飾りは…失われたトライバル家の…。これをどこで。まさか、トライバル家の者がこの城にまだ…!」
「いえ、これを渡してくれたオーガ、ラッチさんはもう居ません。首飾りを僕に託して…」
嘘は言ってない。
ラッチさんが勇者にずっと操られてて、襲われたから成り行きで倒したとは、流石に言えない。
「そうでしたか…。わかりました。オーガの里へと案内させていただきます。ですか…」
ーーー『紅血』
レティシアの全身を鮮血が覆う。
「私を納得させてからにしていただきましょうか。」
「へ?」
「私は貴方がトライバルの者に手をかけた可能性を拭えません。貴方がどこから来たか、何を考えてトライバルの家印を所持しながらオーガの里へ向かおうとしているのか。貴方がどのような人物か教えていただきたいのです。」
まぁそうだよな。
30年間何処にあるかわからず、何処にいるかもわからなかった人物の持ち物を持っていた僕を信用するわけもないか。
「いいですよ。でも、化け物扱いして逃げたりしないで下さいね。」
小刀を構える。
「ご主人様!あたしは…」
「ナツミはゆっくりしてて。さっきの鎧との戦いで疲れたでしょ。」
「その程度…!」
「大丈夫だから。」
ナツミは少しうつむく。
大丈夫。殺し合いじゃないから。
「…わかりました。」
とても不服そう。
なんで皆そんなに戦いたいかな。
話し合いで解決出来るなら、それが一番なんだけどな。
無理なら遠ざければいい。
押し退けあって生きるより楽だろうに。
「じゃあ、お手合わせお願いします。ラッチさんとの話もその中で。」
「承知しました。…いざ。」
レティシアさんは半身になり、刀身を構える。
出会い頭の一撃と同じだろうか。
「参る!」
一歩の踏み込みとは思えない距離を詰める。
息もつかせない連撃。
突き、袈裟斬り、切り上げに逆袈裟。
流れるような剣捌きを僕は小刀を使うことなく躱していく。
僕の体が人間離れしていっている気がする。
彼女の視線、刃の流れ、足の運び、それらを何となく追うことで、何処に攻撃が来るかが分かるのだ。
多分、彼女の太刀筋は素直なのだ。
だから躱せる。避けられる。
「ラッチさんはこのダンジョンの上階、4階で生き続けていました。」
レティシアさんは無言で刀を振り続けている。
聞いているだろうか。
構わず言葉を続ける。
「縁あって、僕はラッチさんとナツミともう一人、プラチナムオートマトンと四人で下階に降りる術を探していたんだ。」
連撃は止むことはない。
よく見ると歯を食い縛っているように見える。
「ラッチさんの居住スペースに着いたとき、30年前に仕掛けられた勇者の罠にかかり、僕はラッチさんに殺された。」
びくりとレティシアさんの体が強張る。
やっと動きが止まった。
「なら、なんで貴方はここにいるのですか。」
「それはね。」
僕は左の肩口から金属を操り、宝物庫へ広げる。
「僕は使い魔と核を共有したからだ。この力で
、僕は勇者に操られたラッチさんを、殺した。」
ガキン。
振るわれた刀をぼくは素手で受け止める。
レティシアさんは息を詰める。
「そう。30年もの間、操られ続けたラッチさんが、最期に自分の意思で僕に頼ってくれたのが、その首飾りを里へ届けてくれ、と言うことだった。だから、貴女が止めても向かうよ。ラッチさんのためにも。」
「…どうやっても、私はあなたに勝てなさそうです。信用に足るかは、ずっと私が見続けて確認しますので!」
キリッと顔を作り、レティシアは僕にそう言った。
ようやくオーガの里へ向かえそうだ。
疑心暗鬼はどうすれば解くことが出来るのだろう。