22.さ迷える騎兵
祭壇に鎮座している水晶に手をかざす。
水晶の内部では幾重にも折り重なった魔方陣が揺れている。
「スキルって元々どうやって手に入れるものなんだろう。」
「スキルは自然と身に付くものです。鑑定士にお金を払えば、見てもらうことができます。」
鑑定士…!
色々な職業があるもんだな。
ナツミ曰く、人専門や魔物専門、鉱物専門等各分野に特化した鑑定士が居るらしく。
その鑑定内容も個々人によってまちまちらしい。
鑑定士はスキルという言葉で、努力の賜物或いは才能を見抜くそうだ。
魔物専門の鑑定士に関しては、冒険者で大所帯のクランに一人居るかどうか、らしいが魔物のスキルを見るため、戦場での生存率が上がるらしい。
にしても、冒険者にクラン…
異世界だなぁ。
「もしかして、ギルドとかが管理してたりする?」
「え?そ、そうです。よく知っておられますね。冒険者ギルド、商人ギルドを始めとした、各業種にギルドが存在します。各国に支部があるにはあるのですが、本部は中央中立都市ソルカ・セドラにあって…確かそこから各地へマスターを派遣していたはずです。」
概ね予想通りだった。
冒険者が居るということは、定住しない人も多く居るということだし、命懸けの戦がまだまだ尽きていないということだ。
「まぁ30年経っていますので、下の世界がどうなっているかは定かでは無いんですけど。」
ま、そうか。
地上のことは地上に降りてから考えよう。
勇者とやらには、一発見舞いたいものもあるし。
気を取り直して、目の前の水晶に向かう。
左の肩口から金属を操作し、水晶を包み込む。
金属を吸収するときとは感覚が異なる。
なんせ、金属はそのまま溶かして自分を上書きすればいいが、水晶は魔力の形状を変化させてはいけない。
水晶の大きさはハンドボールくらいだろう。
中身にある魔方陣を崩さないように慎重に吸収していく。
スライムさんはナツミの入っていた水晶を吸収したときに、こんなことをしていたのか。
水中で生卵の殻を剥いているような気分だ。
とてつもない集中力が必要である。
吸収スキルはSであるにも関わらず、だ。
ゆっくりと、ゆっくりと拡げていく。
一つ一つを僕の、スライムさんの魔力と繋いでいく。
努力や才能で手に入れるはずのものを、手に入れるために必要な工程なのだろう。
魂なら自我を持っているから、双方向から魔力を接続するように働きかけることが出来る。
でも、スキルはそれがない。
こちらから一方的に繋ぎにいかなければいけない。
その道中にある魔方陣は魔力が擦れちゃいけない。
双方向からの場合は、当てられたくない箇所は相手が意識的に避けてくれるのだろう。
それがない。
とにかく大量に魔力を魔方陣に繋ぎ、自分の一部にしていく作業が続く。
ーーー
ご主人様の動きが、水晶を吸収したタイミングで、止まってしまった。
更には、水晶を動かした直後から、歩いてきた通路側から金属の擦れるような変な音がする。
ご主人様から、離れるのも不安だけど、このまま何が音を出しているを放っておくのもまた不安。
ご主人様の懐からこっそり小刀を拝借して、様子を見に行く。
「ご主人様の邪魔はさせません!」
あたしはご主人様の使い魔であり、魔王の娘!
ササッと視察して帰ってきます。
いざ!
進む道のりは険しく、水溜まりを踏み越え、薄暗い通路を抜けていく。
宝物庫までの道のりは一本道ながらも上り坂。
ご主人様と入ったときは下り坂だったので、まだ楽チンだったが、上りは楽じゃない!
でも、弱音はいけません。
自分で決めたことは曲げるべきじゃないと父上も言っていました!
間違いだと分かった場合は?と聞くと、引き際を作るのも大事って言ってましたけど。
遠くから聞こえるのは金属の擦れる音。
金属ならあたしも吸収することが出来る。
ズンズン進んでいくと、四角く細い光が突き当たりから注いでいる。
あれが、来た扉だ。
入るときに押したのだから、出るときは引けば良いのだろうか。
おあつらえ向きな場所にドアノブがある。
グッと引く直前にはたと思いとどまる。
もし、侵入者だった場合、嘗められてはいけない。
一発かましてやらないといけないかもしれない、と。
そして、勢いよく扉を引き声をあげる。
「どちら様ですか!」
宝物庫の中にあった三つの人影のうち、二つがビクンと跳ねる。
「…子供?」
「子供だ!…は、早く逃げろ!!」
跳ねた方の人影は、あたしとさほど変わらないくらいの、男の子と女の子。
違うとすれば、角が生えていることだろうか。
もう一つの影は大きくあたしの三倍はある。
鎧の馬に跨がった、鎧の人。
残念ながら首は見当たらないけど。
ナツミは書庫の魔物図鑑にそいつが記されていたのを覚えている。
宝物庫の番人。
『オオオオオォォォォン』
自分の鎧の中で反響する唸り声。
「「ひいぃっ…」」
男の子の腰が抜けたのだろう。
ぺたんと座り込み後退る。
女の子が男の子の首根っこを掴んで、宝物庫から出ようとしているが、リビングナイトも腕に持つランスを構えている。
このままだと角の生えた子供たちは死んでしまう。
幼いまま死ぬのは嫌だな。
あたしのような子供が増えるのは嫌だ。
小刀の魔法結晶を構え、間髪いれずに魔力を流し込む。
「穿雷!」
閃光は宝物庫の中を一閃し、リビングナイトへと突き刺さる。
「今のうちに、逃げてください!」
子供らに声をかける。
次の瞬間、ナツミの眼前にリビングナイトが現れる。
突き出されるランスが肩に当たる。
「くっ。」
咄嗟に硬化をしたことにより、貫かれることはなかったが、体勢を崩され、宝物庫の入り口側へ転がってしまう。
ぐるんと体勢を整え、子供の手前でなんとか止まる。
「大丈夫?どこから来たか知らないけど、早く行きなさい。帰り道はわかる?」
少年少女は恐怖で声も出せなくなっていたようで大きく頷き、宝物庫から外へ駆けていった。
ナツミはリビングナイトと向かい合う。
それの唸り声が反響し続けている。
雷を飛ばした直後にリビングナイトがこちらへ攻撃を仕掛けてきた。
多分、雷撃が効かなかったんだ。
ご主人様がマンティコアの尻尾の表面を直接吸収したように、出来ないだろうか。
あたしを形作る金属の総量はご主人様と比べると少なく、人化しているあたしの三倍ほどのものを包むには不安が残る。
それと、リビングナイトは本体は魔力体である霊魂。
鎧を剥がした場合、戦い方が変わってしまう。
魔力吸収で、どこまで削ることが出来るか、それもまたわからないのだ。
『オオオォォォ!!』
一際大きな音と共にリビングナイトが突進を繰り出す。
ランスを躱すだけでは、馬に引かれてしまうため、大きく横に避ける。
リビングナイトはあたしの動きに槍先を追随させ、そのまま突きに転じる。
「頭無いくせに、周りがよく見えてるんですね!!」
転がりながら槍を避ける。
硬化しても突進の勢いで吹っ飛んでしまう。
体勢を整える間に、リビングナイトは追撃で突進が出来る。
幾度目かの突撃が来る。
そう言えばマンティコアと戦ったときに、ご主人様に言われて人化を解いたっけ。
攻撃を避けるために。
相手の目測を、見誤らせるために。
ランスの穂先が来る。
さっきと同様に横に避けたら、後を追ってランスをこちらに向け、突きを繰り出してくる。
ここだ。
あたしは人化を解き、鎧で出来た馬の下に入り込み、馬の前片足を吸収する。
ガクンとバランスを崩し、リビングナイトがつんのめる。
「よし!」
なんとかなりそうだ。
ご主人様が来る前に倒して、誉めてもらおう。
頑張るぞ!




