17.変化に伴う変質
全身がキリキリと痛む。
特に左肩から腹部にかけてが痛い。
僕は体を斬られて死んだと思ったのだけど。
「ご主人様!」
声が聴こえる。
ご主人様と呼ぶのはナツミのはず。
ナツミはあれでメタルスライムだ。
声帯を震わせ声を出すのではなく、内部の一部を震わせて声帯を模しているだけだった。
そのため、反響するような篭った声になっていたはずである。
しかし今は鮮明に聴こえる。
昔からの声色で、馴染みのある声帯を使って、僕に言葉を届けているような。
「ご主人様!無事なんですか!?ホントに?肩からバッサリ斬られてたのに!」
左肩からドロリと何かが流れ出る。
流れ出た液体は銀色の光沢を帯び、次第にぐにゃりと形を変えていく。
人化。
プラチナブロンドの髪が鎖骨の辺りで揺れている。
灰色の瞳も心なしか揺れているように見える。
「…ナツミ。」
名前を呼ぶとナツミが僕の胸に飛び込んでくる。
咄嗟に受け止めるが、いろんな所に激痛が走る。
「いっっ…」
「はっ!すみません!でも…でも…」
斬られた所を見たのだろう。
魔王が討たれたときも、自身が首を落とされたときも、終わりの時を見ることは無かった彼女だ。
心配するに決まっている。
「ごめんね。たぶん…大丈夫だから。」
「…大丈夫ではないです。ご主人様の核は、既に機能を停止していました。」
心臓の事だろうか。
止まってたのか。
じゃあ死んでる…よね。
なんで動けてるの?
「今、ご主人様の核はスライムさんの核で補っています。」
「…と言うことは、今、僕はメタルスライムってこと?」
「それに近い何か、だと思います。」
だから、魔法結晶を使うことができたのか。
見える世界が違う。
体の中に魔力が流れているのがわかる。
「ご主人様の体内で、メタルスライムが血液の代わりを行っています。裂けた体を繋いでいるのもメタルスライムです。」
ぽつりぽつりと言葉を重ねていくナツミ。
「上手くいくか分からなかったです。そもそも、スライムさんが核をご主人様に譲渡しなければいけなかった…。」
左胸を押さえる。
心臓があったときと変わらず、規則的に動いている。
ここにスライムさんがいるってことか。
「ん、わかった。ありがとうナツミ。それから…オートマトンさん。」
「はい。ツムギ様。」
酷いひび割れが随所に見受けられる。
声はナツミの時と同じく、篭った感じが無くなっている。
真っ直ぐ立っているのはメイドとしての矜持だろうか。
「無理はしないでね。」
「承知しました。」
少しの沈黙。
さっきまで話をしていたオーガさん…いや、ラッチさん。
紫水晶で洗脳されたのが、辛かったのだろう。
僕が仇をとるから。
今はゆっくり休んでいて欲しい。
…僕がメタルスライムになったのなら作れるだろうか。
左肩から小さな金属の珠を取り出す。
スキル圧縮を解除すると、随分大きなインゴットになる。
次にパッシブスキル、金属操作で頭に浮かんでくる通りに魔力でインゴットを成型する。
出来上がったのは長方形の箱。
オーガさんが丁度入れるくらいの棺。
煤けた体を持ち上げると、力もメタルスライムに準拠しているのか、とても軽かった。
棺にオーガさんを寝かせる。
外枠のサイズに合わせて、蓋を作り重ねる。
ちょっとの間だったけど、楽しかったです。
オーガの里、必ず行きますね。
この首飾りを渡してきます。
蓋の境目を金属操作で繋いでいく。
最後に蓋の上にラッチさんの愛剣を横たわらせ、蓋と繋ぐことで棺の装飾とする。
一息つき、部屋の隅へ持っていき、手を合わせる。
「ご主人様、それは。」
「…最後の挨拶…かな。」
ナツミも見よう見まねで、手を合わせる。
「さて、この噴水バラしちゃおうか。」
外側の金属は吸収。
中の魔法結晶は回収。
加工するなり、使い回すなり。
魔力を流せば水が出る、こんなにサバイバル向けの魔法結晶もなかなか無い。
さて、一旦書庫に戻ろうか。
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寄り道をしなければ、帰りは早い。
一本道であり、部屋を開けていないので魔物もでない。
書庫に戻った僕ら。
ナツミは自室へ、オートマトンさんはナツミに一旦吸収される形で休眠をとっている。
ボロボロになるまで戦ってくれたのだ。
ゆっくり休んで欲しい。
僕はステータスの確認で、ダンジョン探索の結果を確かめる。
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Name:シロガネツムギ
FP:12010/12640
Familiar:バイカウントメタルスライム
FamiliarName:ナツミ
Skill:
『吸収:S』
『転写:A』
『圧縮:A』
『人化:A』
『分裂:E』
『錬成:A』
『纏着:B』
PassiveSkill
『魔力吸収:D』
『金属支配:D』
『同族支配:D』
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中々のステータス上昇率だと思う。
ただこれを今度は僕自身が行使していかなければならないのだと思うと、不安が募る。
後、持ち物として
小刀『穿雷』
魔法結晶『飲み水』
魔法結晶『魔力吸収』
を持っている。
小刀の名前はなんとなくだ。
なんとなく。
まぁ朦朧としてたときに叫んじゃったし、そのまま名前にしちゃえ、と言うだけで。
今日はもう、寝よう。
明日からダンジョン突破を考えよう。
そして、オーガの里に首飾りを届けにいく。
もしかしたら魔王が手記に書いていた先住民とやらかもしれないし。
なおのこと、会わなければ。
ツムギが人間じゃなくなってしまった。