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メタルスライムと異世界ライフ  作者: 紫宵 春月
蒸気鉱山フォッグノッカー
168/386

161.検問所を抜けて

「貴様、どこの冒険者だ。私が直々に雇ってやろう。」

「お断りします。」

「な、なんだと!?メルク=ムース男爵が長子、メルク=トーポが誘っているのに、なんだその返事は、一にも二にもなく誘いに乗るだろう!」


そう言う所なんだよな。

どれだけお金があろうと、どれ程地位が高かろうと、下に付きたいと思われる人柄でなければ、慕われる事もない。


「もう少し、冒険者で居たいんです。すみません。」


正直に言うと、誰かに雇われて働くという立場を想像できないのだ。

まだ学生だったし、バイトをやったことはあるのだが、そんな話ではなく護衛として雇われる…。

それは実力が伴う責任感のある仕事のはずだ。

僕はそんなに実力があるわけではない。


「はっ。冒険者など、吹けば飛ぶような職で居続ける意味が私にはわからんがね!…エイナーク、ライールを起こせ。」


エイナークと呼ばれたのは恐らく彼の給仕だろう。

丸縁の眼鏡をかけ、オールドスタイルのメイド服を纏っている彼女は、明後日の方向を向いてぼんやりしているように見える。


「…エイナーク。おい!エイナーク!」

「ふあ?」

「呆けた顔のまま返事をするんじゃない!ライールを起こせ!」

「あ、はい。」


言われてスタスタと黒鎧のそばまで向かうと、ポンポンと埃を払うかのごとく軽くよろいを叩く。


「ライールさーん。こんなところで寝たら風邪を引きますよー。」

「違う!意識を失っているんだ!早く起こせ!」

「あ、はぁ…。ライールさーん。」


辺りを見回すとメルク男爵達がコントをやっている間に観客は囲んでいた陣形を戻し、再度一列に並んでいた。


僕もナツミとソフィアの所に戻ると、二人は待っていてくれたようで手を振って出迎えてくれた。


「お疲れ様です。ご主人様!」

「うん…。なんか、あの男爵の息子が一人相撲していた感じが…。」

「すも…う?」

「あぁ、ごめん。えーと、一人で空回りしてた感じかな。」

「確かに。でもありがと、ツム。庇ってくれて。」

「まぁそのせいで戦うことになっちゃったんだけどね。」

「ああいうのは、良くある。勝ったらお得。」

「吹っ掛けた貴族からは恨まれたりしますけどね。」


やっぱりそう言うのがあるんだね…。


見世物になっている間に列は程ほどに進んだらしく、検問所が見えてきていた。

見張り台やフォッグノッカーの防衛なども兼ねているため、物々しい雰囲気を漂わせている。

何より建物が石造りであるが、至るところに金属が張り巡らされており、パイプからシューシューと空気の抜ける音が響いているため、雰囲気が他の都市と比べても圧倒的に威圧感があった。


「次。」

「あ、お願いします。」


僕が建物の中を呆けて見て回っていたためナツミが通行証を受付の兵士に渡す。

魔法結晶で通行証が本物であるかの確認を行う。


通行証にはイクリールさんのサインがされており、僕らが三人を保証するものとなっている。

魔法結晶をかざすとサインが浮き上がり、パチンと消える。


「通って良いぞ。次ー。」

「ありがとうございました。」


検問所の建物を抜けると空気が変わる。

一面に見えるのは検問所と同じ、石材と金属を併用した大きな建物の群れ。

鉄錆びが目立つものもあれば、まだ金属の光沢が眩しい家もある。


なにより目につくのは都市を張り巡らされている鉄パイプである。

家々ではもちろん。

飲食店や装飾品店など、どの建物にも必須のように繋がっている。


「よぉ!兄ちゃん!これ喰っていきな!」

「そこの旦那!ツレにプレゼントでもどうだい!」

「兄さん、宿は決まってんのかい?ウチなら安くしとくよぉ?」


よそ者だとわかりやすいのか、凄く客引きが群がってくる。

ソフィアとナツミの方を見ると彼女達は彼女達で客引きに群がられていた。


「ねえ、お姉さんいいでしょ。俺と飯行かねぇ?なんならそのツレも一緒でいいからさー。」

「行かない。」

「そう言わずにさー。」


違うな。

ナンパだあれ。

僕まで連れていっていいとは相当な自信だ。

けれど、食事は後から追いかけて来ているレティ達と合流してからだな。


ソフィアとナンパ男の間に入って、ソフィアの手を握る。

ソフィアは一瞬びくりと体を強張らせていたけれど、まずはここを抜け出すのが先決。

後で謝っておこう。


「ナツミ。」

「ここにいますよ。」


雑踏に紛れて、彼女は僕の腕に腕輪として巻き付いていた。

『人化』で逃げ出すことも出来なくはないが、頭数が少ない方が安全に逃げられるし、腕輪になっていることで、少なくともはぐれる心配はない。


「あ、おい邪魔すんーーー」

「ごめんね。僕らの邪魔、しないでね。」


ソフィアを抱えて、飛び上がる。

もちろん脚力を使ったものである。

魔力を全身に流せば、擬似的に『肉体強化』を施すことが出来るのは把握済みだ。


今でこそレティは『身体強化』を十全に扱えるが、出会ったころのレティが使っていたのはこちらの疑似身体強化なのだろう。


魔力効率は悪いし、本来の力の数割しか上がらない。


「でも、屋根に昇るくらいは出来るね。」

「ご主人様!左手の方、人の気配が薄いです。そちらへ向かいましょう!」

「わかった!ありがと。」


屋根を伝いながら、ナツミが教えてくれた人気の少ない方へ向かう。

屋根にもパイプが巡らされており、蒸気か煙が立ち上っている。


上空から見ると分かりやすいが、この都市は町を二つに分断するように大きなメインストリートがあり、先には鉱山へ続いているようである。

メインストリートの側は栄えているが、そこから奥に向かえば向かうほど寂れてくる。

またメインストリートの中でも、都市の中央が一番豪勢でそこから裾に広がっていくにつれて絢爛さは無くなっていく。


つまり、四隅が一番廃れて寂れているということである。


降り立つと人気の無い理由もよくわかる。

金属の残骸が山のように積まれており、周囲には油が垂れ流されている。


「廃棄場、って感じかな。」

「そうですね…。」

「ツム…おろし…て。」

「あ、ごめん。ソフィア。大丈夫だった?」

「…うん。」


突然歯切れが悪い返事になったソフィア。

しばらく彼女はそっぽを向いたままだった。


尻尾はピンと立って震えていた。

猫ならあれは嬉しい時の動きだったと思うんだけどな。

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