13.ツムギは魔法を使いたい
魔力のことを調べても、全生命に元から宿っているものらしく、成長するにつれて自然と使えるようになっていくらしい。
僕のように後天的に使えるようになる例は、本にはなかった。
メタルスライムを召喚したときは血液を混ぜたから、血液に魔力は宿っているのだろうが、日常で使う魔力とはなんというか…質が違う感じがする。
空気中の魔力が黒鉛で血中の魔力がダイヤモンドのような…
命を込めている分、濃度がそもそも違う感じなのである。
誰かからヒントを貰うために、スライムを連れてドアを開けると、入り口でオートマトンさんが直立不動の姿勢を崩さず、
『おはようございます。ツムギ様。』
って、メイドみたいな…あ、メイド型か。
オーガさんに付いていったんじゃないの?
『目的地まで送った後に戻ってきました。』
「なるほど…ありがと。」
『いえ、当然の事でございます。あと、少々気になることがありまして。』
気になること?
…なんだろう。
と思ったら、噂のオーガさんがやって来た。
「おぅ、今日は探索するんだろ。俺も案内するぜ。」
『私もご一緒させていただきます。』
「え、あ、うん。よろしく。こっちも皆で行くつもりだよ。」
オーガさんのいるところでは話しにくいらしい。
そういうことなら仕方ない。
取り敢えずナツミを迎えにいく。
オーガさんとオートマトンさんは色々準備しておく、とのことで別行動。
スライムさんは肩でぽよぽよしてる。
部屋のドアをノックすると、すぐに反応がありドアが開く。
そこにいたのは、透き通るほどに透明な肌と、光の加減で銀色にも見える灰色の瞳、プラチナブロンドのロングヘアーを鎖骨の辺りで揺らしている…
普通の少女だった。
『ご主人様、おはようございます!』
「…お、おはよう。…ナツミ?」
『はい。…どうしました?ご主人様。』
なんでだ。
昨日までメタルスライムカラーだったのに。
…あ、ローナちゃんを吸収したから?
元々人の形をしていたのは人化のスキルである。
そのスキルも、確かナツミの意識を吸収したときに発現したはず…
ステータスを見ると、やはりスキル『人化』がランクAに上がっていた。
「ナツミ、鏡見た?」
『へ?何でです?』
「や、いいからいいから。」
部屋にある姿見で確認してもらおう。
自分の変化は自分が一番よくわかるはずだ。
姿見の前にたたせると、首をかしげる。
手を動かし、腕や足を動かす。
鏡に写る自分が自分であることを確認するように。
『これ、あたしですか?』
「うん。びっくりした。」
『凄いです!殆どあたしです!』
「殆ど?」
どうやら、元々髪の色はブロンドで、目の色は赤かったらしい。
肌の色も少し違うと。
人化のランクがSになれば、そのものになれるのだろうか。
違う姿であることが少し心配になって、聞いてみると
『あたしはナツミです。ローナとは少し違うのです。だから良いのです。』
だって。
良い子だわ。
幸い、この部屋のは元々ローナちゃんが使っていた部屋なので、服がわんさかある。
今も、フリルのアクセントがついたモノトーンのワンピースを着ている。
簡素なドレスのようだが、あくまで普段着なのだそう。
「ちょっとダンジョンに、向かおうと思っているんだけど、ナツミは今、錬成はどんな感じかな?」
『えと、昨晩急激に錬成のスピードが上がっていまして…』
ナツミは掌を地面につける。
上にあげていくと同時に、ズズズと大きな剣が現れる。
…そういえば、鎧とか大量に吸収したときに錬成はランクBにあがっていた。
その影響だろう。
ナツミはオーガさんの大剣を背伸びして、手を天に向かって伸ばしてやっと…いや、出しきれてない。
僕がナツミを持ち上げると続いて大剣の柄が現れていく。
3Dプリンターみたいだな。
最終的にナツミを肩車する形になったところで、大剣の全体が現れた。
倒れないように柄を掴む。
これは重い。
僕がこれを振り回すのは無理だな。
まぁ刃の部分だけでも無理だったんですけどね。
柄の頭まで出しきり、ナツミは一息ついて、
『完成です!』
「ありがとう!よく頑張ってくれたね。」
肩車しているので、上で胸を張っているのだろう。
スライムさんも誇らしげである。
さぁオーガさんにこれを渡しに行こうかな。
と、一歩踏み出したときに、ナツミが声をあげる。
僕の肩から降りて、右手から出したのは、紫色をした石。
「…宝石?」
『です。厳密にはこれも水晶ですが…これがこの剣に装飾されていました。ここの…ここです。』
ナツミが指を指すのは鍔の真ん中。
十字の中央部分に窪みがある。
「ここに取り付けるの?」
『はい。カチッと音がなります。』
元の世界の取り扱い説明書のような機能。
ナツミから紫水晶を貰い、取り付ける。
瞬間に違和感を感じる。
掴んでいる指先から、頭に向かって何かが走るような感覚である。
なんだ?
嫌な予感がしたので、鍔の部分を掴むと、違和感が薄れる。
これをオーガさんに渡して良いものなのだろうか。
大剣は良いだろう。
けれど、紫水晶が問題だ。
これをつけた瞬間に、気味の悪い感覚が纏わりついたのだ。
誰かに見られているような、肌をなぞられているような違和感である。
これをずっと持っていたオーガさんなら大丈夫なのかもしれないが、一度話をしてみよう。
紫水晶を外して、懐に入れる。
『外すんですか?』
「…うん。ちょっとね。」
『…水晶に入っている魔力が変だったから?』
「変?」
『魔力が、もやもやして、べたべたする感じがしたんです。』
魔力がもやもやして、べたべた…
「ナツミはなんともなかった?」
『はい。体内にあるものは、魔力で押さえることができます。自分より弱い魔力であれば…ですけど。』
「…魔力…ナツミは魔法は使える?」
『魔法ですか?魔方陣か魔法結晶があれば可能だと思います。人化の状態でできるかは分からないですが…』
そういえばそうか。
人化して魔法使ってないもんね。
じゃあ試してもらおう。
僕は懐から小刀を取り出す。
『ご主人様、それは…』
「君の父上が持っていたものだと思う。机の引き出しに入っていたんだけど…あ、持ち出すのはまずかったかな。」
『いえ、大丈夫だと思います。机の引き出しなら…誰かに渡すつもりだったのかもしれません。』
誰かに…。
ナツミ…いやローナに渡すつもりだったのだろうか。
『多分、ご主人様に。』
「僕?」
頷くとナツミは手から一冊の本を出す。
体に収納しているのだろう。
ぽこぽこと出していく様はマジシャンのようだ。
…と言うか収納できるの!?
『この手記と同様の場所にあったのではありませんか?』
「そうだね。引き出しは別だったけど。」
『なら多分間違いありません。それはご主人様へ渡すために作られたものです。手記を読む限り、父上はご主人様を大層心配しておられましたので…。』
「心配?」
『えぇ。召喚魔法を発動した後に、召喚した者…勇者が現れるまでに30年という月日を要するということがわかったため、父上自身が勇者の援助ができないことを悔やんでいたようです。』
それは多分、勇者と相対するときに色々思ったのだろう。
各国勇者は王族からの援助を受けており、装備や技術の提供が、潤沢に行われていた。
だからこそ、魔王城が落とされる結果に終わった。
「…わかった。じゃあ大事に使わせてもらおうかな。」
『はい。あたし共々よろしくお願いします。』
「あ、そうだ。この魔法結晶を使えば、魔法が使えるんだよね。ナツミにちょっと使ってみて欲しいんだけど。」
『わかりました。が、この魔法結晶はどういうモノなんですか?』
「どうすればわかるものなの?」
『使ってみればわかるとは思いますが…』
「じゃあ、廊下で使ってみようか。」
二人と一匹で廊下に出る。
大剣は壁に立て掛けて、小刀をナツミに手渡す。
『じゃあ、いきます。』
小刀を片手で逆手に持ち、魔法結晶に反対の手をかざす。
魔法使いが、杖に呪文を唱えるように。
柄の頭についた水晶が、黄色く光。
ーーーバチッ
音と共に視界が光に覆われる。
ほぼ同時に爆発音も鳴り響く。
これは…雷だ。