12.弔い
下の階に戻ってきた僕たちは、早速ナツミのいる部屋へ向かう。
ノックすると暗い顔をしたナツミが出てきた。
何て声をかけよう。
『ご主人様。あたしのお話を聞いてくれませんか。』
消え入りそうな程小さな声。
返事をして、彼女に手を引かれ部屋に入る。
薄暗い部屋の中。
ベッドにはファンシーなフリルのついた天蓋。
ぬいぐるみは、多分こっちの世界にいる生物なのだろう。
…角の生えた馬やピンク色のサメのようなものもいる。
部屋の中央にくしゃりと丸まったモノが落ちている。
大半が白く、所々黒ずんでいる。
布を纏っているようにも見え…
「これは…」
『…あたしだったものです。もう一人のあたし。あのねご主人様。』
彼女は必死に言葉を探る。
僕に伝えるために。
「無理をしなくて良いよ。一つの言葉で纏めなくても良い。ゆっくり、時間をかけて良い。ナツミ自身が納得できるように。」
『…うん。』
二人でローナちゃんの側に座る。
小さい体を丸めて、自分の頭を抱き締めている。
ローナちゃんは魔王の娘、つまり王女だ。
だから次代の魔王にならないように、狙われた。
魔王が人間にどういう扱いをされているかは知らない。
けれど、これはあまりにも…命が軽い。
『ご主人様。あたしは勇者に会いたいです。』
「会ってどうするの?」
『わからないです。あたし自身に、首を切られた時の記憶があるわけじゃないです。けれど、父上もあたしも勇者に命を奪われた。その時、勇者は何を思っていたのか。奪われた人が奪い返しに来た時に、その覚悟があったのか。真意を確かめたいのです。』
「…ホントにしっかりしてるね。」
『これでもご主人様より年上ですからね。』
わざとらしく胸を張るナツミ。
本当に凄いな。
凄惨な現場で、当事者で、ここまで強がれるものだろうか。
思わず、抱き締める。
『ご、ご主人様?』
「無理しないでね。」
『…はぃ…』
泣くことができないからといって、悲しい訳じゃない。
むしろ、ツラさや虚しさは募っていくばかりだろう。
僕が代わりになれれば、少しは楽なのだろうか。
…自己満足だろうか。
ふるふると震えていたナツミの体が、落ち着いたところで、提案をしてみる。
「骨はカルシウムって言って、金属なんだけど…吸収出来ないかな?」
『ローナを吸収…ですか?』
「うん。ずっとここじゃ可哀想でしょ。一緒に連れていけるなら、その方が僕も嬉しい。」
『…やってみます。』
ナツミはぐぐぐと手を広げていく。
風呂敷のように、ローナちゃんを手が覆う。
ローナちゃんをすべて包んで、ナツミは少し顔をしかめている。
『むぐ…ちょっと吸収しにくいですが、一部吸収出来そうです。』
「そっか。じゃあお願いしても…良いかな。」
『もちろんです。ホントならあたしからお願いするべきだったんですけど。』
「ううん。ローナちゃんもナツミも僕にはもう大事な人だよ。だから、僕のお願いでいいんだよ。」
『へ、はぅ…はい…。ありがと…ございます。』
ん?なんか僕変なこと言った気がする。
でも、これから一緒に生活するだろうし、家族みたいなものだよな。
無理させないようにしないと。
ナツミに包まれたローナちゃんに手を合わせて黙祷を捧げる。
30年も寂しかっただろう。
これからはずっと一緒だ。
吸収が終わると、その場には布と染みがあるばかりだった。
『ありがとうございます、ご主人様。』
「こちらこそ、ありがとう。後…ナツミに、これを。」
『これは…父上の…』
中の文字を確認したところで、ナツミはハッとして、こちらを見つめる。
「魔王様…君の父上の部屋にあった。僕に当てた文章があったから、読んでも大丈夫なはずだよ。」
そうして、ナツミは魔王様の手記を読んでいく。
管理している土地のこと。
そこに住まう民のこと。
魔物の討伐に人間の動向。
勇者の存在が自身を討伐に動いていること。
そして、最期の遺言を見つめ、指でなぞる。
どんな顔をしているだろう。
もっと後で渡した方が良かっただろうか。
でも、魔王が思っていたことは知っておいて欲しいし、手記もナツミが持っておくべきだと思った。
部外者の僕が持ち続けているより、余程良い。
パタンと手記を閉じる音、それに合わせて話題を振る。
「…もう遅いけど、ナツミはどうする?」
僕は書庫で寝るつもりでいる。
本に囲まれていると落ち着くのだ。
『あたしは、今日はここに居ようと思います。』
「わかった。何かあったら書庫にいるから、いつでも来てね。」
『はい!…ありがとうございます。』
色々思うところもあるだろう。
ひらひらと手を振って部屋を後にする。
スライムがこちらを見上げていた。
あれ?オートマトンさんとオーガさんは?
オーガさんと一緒に下に降りた?
そう、ありがとう。
じゃあ書庫に戻ろうか。
書庫は相変わらず本で溢れていた。
唯一吸収していない燭台に火を入れると、ぼんやりと部屋が明るくなる。
本も読みたいけれど、まずはこれだ。
懐から出したのは魔王部屋の机、一番下に入っていた小刀だ。
白鞘っていいよね。
裏家業っぽいけど、シンプルでかっこいい。
でも、固有魔法結晶が付いている。
このまま実用化していたんだろうか。
それとも、刀身だけ作って、拵を作る前だった?
考えながら、ゆっくりと鞘から刀を抜いていく。
シュルシュルという、金属が擦れる音。
小刀は程々に重く、振るとズシリと手首から腕にかけて振っている感覚が掛かる。
水晶は確か、魔力を流せば効果を発揮する…んだよな。
固有魔法結晶は云わば、変換器の役割を果たす。
魔力を流すと、特定の形に魔力を加工、それを外部に放出することで魔法として成立する。
結晶に対して魔力を流す方向で、効果が変わるものもあるようだが、余程大きな結晶でないとそんな反応にはならないらしい。
小刀の頭の部分にある水晶に魔力を流す。
流す…流す?
魔力ってどうやって流すんだろ。
その日は、魔力を使えるようにするための本を探して、少し読んで寝ることにした。