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メタルスライムと異世界ライフ  作者: 紫宵 春月
樹林公国クレア
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閑話4.反乱者の敗走

広間に剣戟の音が響く。


短めの髪をひっつめた男は全身に夥しい数の傷を負いながらも槍を振り回し、相対する緑の横髪を三編みにした男は涼しい顔でローブを翻しながら、二本のナイフを巧みに操り、その槍の全てを受け流す。


「ちっ。」


まるで、柳に風が吹くような、あまりの手応えのなさに、槍の男ローレンは思わず舌打ちをする。


「勇者らしくねぇ戦い方だな!リョウタロウさんよ!」

「シェンブルの勇者のような戦い方は僕には無理…だよ。」

「そりゃおめぇにはムク様のように戦斧のようなハルベルト振り回すなんざ無理だろうよ!」


突きも、凪ぎ払いも、更にはマンティコアの尻尾での攻撃も、こちらが振るっているにも関わらず、全てが彼の腕の周辺に吸い込まれそのまま、受け流されていく。


相手の攻撃を徹底的に受け流し、虚をついて反撃する。

それが樹林公国クレアに存在する『樹影の勇者』(イツキ) 遼太郎(リョウタロウ)の戦闘スタイルであった。


剛のローレンと柔のリョウタロウ。

二人の実力が拮抗していたならば、この場でこうもあしらわれることはなかっただろうが、相手が悪かった。


技量は完全にクレアの勇者が上であり、二人の亜人を前に完全に攻めあぐねていたローレンからして、リョウタロウの剣はとてもではないが捉えられるものではなかった。


ローレンの元同僚こと、アニスタ達は勇者が姿を現すや否や、不意をついて一目散に逃げていってしまった。

元々因縁があったらしい、アニスタはローレンにより意識不明にまで追い込んだため、致し方ないことではあったが、彼は気に食わない気持ちが湧き、八つ当たりのようにクレアの勇者に襲い掛かったのだ。


それから暫く、ローレンとリョウタロウは打ち合うも、二本構えたナイフのうち、回避も受け流しも攻撃に関しても一つのナイフしか使わないリョウタロウに、ローレンは追い縋ることも出来ないでいた。


実力の解離。

中規模クランを率いても、

その身を亜人へと変貌させても、

勇者には追い付かない。


気づくと、ローレンは地面に片膝を付いていた。

地面はローレンの血飛沫で赤茶色に変色し、当人も肩で息をするほどに消耗していた。


「…はぁ…俺ぁもっと活気のある勇者と戦いたかったぜ。」

「僕は誰とも戦いたくなかった…よ。」

「だから、ずっと城の奥に…隠れてたってのか?」

「…そう。」

「陰気な野郎だ。でも、知ってるか?俺には仲間がいる、それもとびきりのやつだ。そいつなら、この城をまるごと…。」


倒れ込むローレン。

リョウタロウは、その背にナイフを突き立て、彼の言うとびきりとやらを探しに向かう。


男はうつ伏せのまま、ビクリと跳ねそれきりであった。


ーーー


ずるりずるりと肉が地面を引きずる音が響く。


その音の主は全身を黒く焦がし、所々が爛れている。

ヒューヒューと漏れる呼気は、到底呼吸とは呼べない代物で、その人物は生きているのも不思議な様相であった。


それでも尚、足を動かすのは同じ任務を受けたある男の生死を確認するため。


やっとの思いでたどり着いた城中央の広間にて、目当ての人物が倒れているのを発見する。


「…失敗ね。」


シーメイラは傷跡から相対したのはクレアの勇者、イツキ リョウタロウであることを察する。


この内乱、ついぞ融和派は攻勢に出ることは無く、肝心の勇者も最後の最期に出張ってきただけであった。


ただ、この満身創痍の状態で出会わなかったことは幸いだったと言える。

シェンブルでの実験体、そのうちの成功例の一体、ローレン=リグレートの身体は、クレアの内乱に成功しても失敗しても持ち帰れと、シェンブルの勇者アクタ ムクから指令を貰っていたのである。


男を抱えて一人、クレアの道を隠れながら歩く。


内乱当初、排斥派は早々に城下町を制圧。

一気呵成にクレアの城に進行するも勇者の近衛兵に追い返され、そのまま長考に入ることとなる。


後に、城下町を占拠出来たのは、殆どの非戦闘員を城に匿っていたからであると判明し、いきり立った一小隊が城に攻め込んだが、敢えなく敗走。

帰ってきた人物は、仲間が細切れにされたと片腕から大量の血を流しながら、報告していた。


勇者の懐刀、居合いを得意とするリョウタロウを除くクレアの最大戦力。

噂では聞いていたけれど、運悪く一小隊はかち合ってしまったらしい。


その後も、幾度か攻めるもそのどれもが、大敗。

結果としてシーメイラとローレンが飛び込み蹴散らすまで事態が好転することはなかった。


城に籠城していたのなら、食料が尽きるのを待てば良かったのではないか?と思うだろうが、それはクレアへの対処としては適切ではなかった。


『植物の急速成長』


それを勇者は行うことが出来るのだ。

神の御業とまで讃えられたその力をもってすれば、食料問題は無いに等しい。

だからこその、内乱と言う電撃作戦であったのだがそれらも失敗。


勇者を引きずり出しただけ、成果と言えるかもしれない。


先の戦いでシーメイラやローレンが敗走した知らせは、即座に城下町の排斥派にも伝わり、一部を残し撤退。


城下町にはシーメイラの見知った亜人がゴロゴロと転がっている。

酒を酌み交わした時に見かけた顔や、訓練の時にしごいてやった部下。


それらの顔全てを見ることも叶わず、ましてや弔うことも儘ならないままクレアから出る。

外に待機していたはずの仲間も、魔物か獣に襲われたのか顎を砕かれ、全身を切り裂かれた姿で一つの山にされていた。


「違うわね。これは…。」


魔物でも、獣でもない。

ましてやクレアの戦力でもない。


「ツムギちゃんのお仲間ってことかしら。」


超高火力によりシーメイラを焼き払った張本人。

彼はこの内乱ではイレギュラーであり、どこから現れたか全く把握出来ては居なかった。


各都市との交通は途絶させたにも拘らず、物好きな冒険者だと、地下牢で出会ったときは思い、蹴散らしてやるつもりで攻撃を仕掛けた。


けれど、結果はこの様である。

反乱は失敗。

ローレンは死に、シーメイラも満身創痍のまま敗走している。


「ムク様に報告すべきよね。」


シェンブルにとって、今回の件でツムギ一行の対処は急務となった。


男を担いだ巨躯は森の影に消えていく。

片手には不釣り合いな槍を手にして。


無事にシェンブルまでたどり着けるのでしょうか。

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