10.あたしとあたし
ーーーside ナツミ
懐かしい城の中。
オーガさんと追い掛けっこしたときよりゆっくりと見て回る。
ここを通る父上はのんびりと、ぐったりとしていた気がする。
廊下に壺を飾ろうとして、母上に怒られていたり、酔ってあたしの様子を覗きに来たり。
あたしの部屋の中は、荒れ果てていたが置いてあるものは変わりがなかった。
本当に誰も来なかったんだな。
30年の間に、誰も入らず、誰に見つけられることもなく。
実感はない。
少し前までここで遊んで、寝て、勉強していた。
お人形でおままごとしたり、先生に怒られたり。
部屋の中央。
白く小さく丸いそれを目の当たりにして、ようやくあたしは抜け落ちた半分を自覚する。
骨と皮。
大切に自分の頭蓋骨を抱えて、部屋の中央で丸まっている。
寂しかっただろうか。
ツラかっただろうか。
痛かっただろうか。
強くなりたい?
勇者に復讐したい?
あたしならどう思うだろう。
自分のことなのに結論を出せずにいる。
胸の奥はこんなに締め付けられるのに、こんなに心は乱されているのに、今あたしはその気持ちを外に出すことができない。
ご主人様はあたしが勇者に復讐したいと言ったらどう思うだろう。
助けてくれるだろうか。
モヤモヤする気持ちを抱えて、横たわっているもう一人のあたしに寄り添いながら、ラッチさんの剣を構築することにする。
大きな剣らしい。
ご主人様に良いところを見せようとスライムさんが頑張って吸収したそうだ。
剣身は大人の人の高さくらい。
柄はさっき吸収した、持つ所に網目の模様が付いている、私の高さの半分くらい。
ご主人様が言うには、ラッチさんは剣を引きずって歩いていたとか…
失くなったら泣く程大切な剣を引きずって歩くのかな?
でも、父上から貰った剣ってことは、形見ってことだもんね。
使えなくても持ち歩くかも。
…でも、30年間も持ってるのにずっと使えないの?
ーーー side ツムギ
「これなんかどうだろ。」
階段を上がった正面には、奥まったデッドスペース。
雑多な物を一時的に保管しておけるような空間があった。
目が慣れてきた頃に目の当たりにしたのは、多数の略奪の痕。
魔王が保管していたであろうものは、荒らされて、砕け、ばら蒔かれていた。
木箱の残骸や焼けた額縁。
強盗が入ったとしてももう少し綺麗に場を去るだろう。
やるせない思いばかり募っていく。
「ここのもんは吸収しても良いはずだ。」
オーガさんはそう言いつつ、木箱等を開けていく。
「スライムさん。吸収出来そうなものを引っ張り出してきてくれないかな。」
ぽよぽよと頷き、隙間から奥へとスライムが入っていく。
「器用なもんだな。」
「スライムってあんな感じじゃないんです?」
「スライムなんかこの辺りじゃ殆ど見ねぇよ。地上の水辺にいるくらいじゃねーか。」
「じゃあアレは珍しいと…」
「珍しいな。ロガロナじゃまず見ない。」
ここから出たら擬態しておいてもらおう。
目立つとややこしいことになりそうだ。
ちなみにオートマトンさんは、僕の方をじっと見つめている。
ちょっと怖い。
視線に感情が無いのが原因なのだろうが、絡繰人形に感情もなにもないか。
ん?いや、違うな。
そわそわしてる。
目だけでちらちら階段を見てる。
「ごめんね。すぐ下に向かえなくて。」
『問題ありません。想定内です。』
「想定内?」
『はい。ツムギ様は聡明で思慮深くいらっしゃいます。ですので、出立の前の準備を入念に行うのは想定内です。』
この子は僕の何を見てそう思ったのだろう…。
行き当たりばったりで、オーガさんの大剣を吸収させてしまったり、今だって水を探すために
バタバタしているだけなのに。
苦笑いで誤魔化していると、眼前の瓦礫の山が、ズルリズルリと動き出した。
隙間から覗く、重厚感溢れるあいつ。
まだ、吸収してないよな?
そう指示したもんな?
ぷるぷると体を揺らし、木片を後ろへ追いやる。
戻ってきたメタルスライムは物置空間一面を覆うほどに大きくなっていた。
「おかえり。どんなのがあった?」
スライムはぷよぷよと返事をしつつ、開けた場所にガラガラと回収したものを吐き出す。
よく頑張ったね。
よしよしと撫でると、気持ち良さそうにすり寄ってくる。
魔力の塊とは思えない。
撫でつつ、引っ張り出してくれた金属を見て回る。
同じ形の鎧や盾、槍が大量にある。
戦争するつもりだったのだろう。
「近距離の武器とかばっかだな。」
「どういうこと?」
「打ち出す道具がないってことだよ。」
「魔法でなんとかなるんじゃないの?」
「魔法なんか魔方陣に魔力流して使うか、魔物の固有魔法だけだよ。俺たちオーガは身体強化一辺倒だけどな。」
ガハハと笑う。
魔力があって、魔方陣があるから、魔法は誰でも使えると思ってたけど、そう言うわけでもないのか。
「あ、でも、ダンジョン攻略者とか…後は勇者は使えるぞ。」
オートマトンが補足するには、ダンジョン攻略者が魔法を使えると言うのは多少語弊があるそう。
ダンジョンには魔物の魔力が結晶化したものが時々落ちるそうだ。
魔物は魔力で固有魔法を発動しているため、結晶化したそれに魔力を流すと、魔物の固有魔法が使えるそうだ。
対して、勇者は召喚された際に、召喚者と契約を結ぶ。
その魔方陣は召喚者側から契約者に魔力を流すと、契約印になるのだが、逆に契約者から召喚者側に魔力を流すと、召喚者へ害を成すことは出来ず、攻撃魔術へと変換されるらしい。
AからBは契約印だけど、BからAは印にならずに別の効果Cをもたらす…
攻撃魔術は契約した魔方陣と、召喚者の魔力のベクトルで、効果が決まるそうだ。
ちなみに、魔王城に攻め込んできた勇者の中でオーガさんが見たのは『火』と『土』だそうで、火が爆発やら煙幕で撹乱しながら殲滅していく様は思い出したくもないと嫌そうな顔をしていた。
土は主に守りを優先していたそうだが、硬化による刀剣類の強化なんかをしていたらしく、戦地に落ちているような、なまくらの剣が、土で覆うと、固く鋭くなったそうだ。
戦場で武器の破損を気にしなくて良いと言うのはメリットが大きい。
そうなると僕には魔法は使えなさそうだ。
契約者が既に居なくなっていたのだ。
契約そのものを行っていない。
スライムだって本に書いていた魔方陣で召喚したし…
ちょっと残念。