五味古書店での推理
俺──五味貞次はここ津田沼駅の駅前で『五味古書店』を営んでいる。店員は俺一人。小さい古書店である。
ここは地元に一店ある古書店のため、古本にまつわる厄介な難題がたびたび舞い込んでくる。しかし、これも古書店の仕事なのだ。仕方なく、その難題を解決している。そのせいで、俺は探偵と呼ばれることもしばしば。
今日もレジに立ってため息をもらすと、随分貧しそうな服装の来客があったから、背筋をピンと伸ばした。
「フゥ......! あのう」
息を切らした客は、汗を拭っていた、
「はい、どうしましたか?」
「本の買い取りをお願いしたいのですが」
「はい、わかりました。どの本でしょうか?」
「この本です」
客が出してきた本を受け取り、俺はじっくりと見つめる。「鑑定をするので、ちょっと奥に行きます」
「はい」
俺は本を持ってバックヤードに入ると、本を眺めた。かなり汚い。古い本だし、プレミアのものではないな。なら、数百円程度だろう。
本を持ったままレジに戻ると、客は消えていた。どうしたのだろうと思っていると、一番目立つところに置いていた一番高い値段(50万円くらいだった)の本がなくなっていた。
「ちくしょう! 新手の万引きか!」
防犯カメラの映像を確認し、万引き犯の顔写真を紙に印刷した。これで犯人の顔がわかる。
普通なら警察に被害届を出すが、まずは俺の方で犯人探しをするのも悪くない。手掛かりは犯人が置いていった、この古い本だ。パラパラとめくってみると、レシートがページに挟まっていた。
このレシートの日付は先週で、隣町の古本屋のものだ。俺に売りに来たこの本を購入したレシート。つまり、最初から万引きをするつもりだったということだ。許せねぇ。
レシートはくしゃくしゃに丸められてから引き延ばされて、この本に挟まれたんだろうと推測される。なぜくしゃくしゃにした後に引き延ばしたのか。その理由がわかれば、犯人の家がわかるかもしれない。
レシートの文字は消えかかっている部分もあるな。他に特徴はないし......。
来客者は息を切らしていたか。無料駐車場は近いのに息を切らしていたから、おそらく徒歩だ。それに、わざわざ違う駅からここに来る理由もないから、万引き犯は多分地元。
断片的な事実しかない。ただ、レシートの文字が消えているなら、太陽光にさらされていたんだろう。
レシートをくしゃくしゃにしてから引き延ばして、本に挟んであった理由は何なんだ?
「そうか、もしかするとそういうことなのか!?」
犯人の居場所がわかった俺は、この古書店を早々に閉めて駅前まで足を運んだ。それから周囲を見回し、とある漫画喫茶へと足を踏み入れた。キョロキョロと部屋の位置を確認して、一室の中を覗き込んでから扉をノックした。
扉が開いて万引き犯が出てきた。そいつはひどく驚いていたが、俺はお構いなしに部屋に入った。
万引き犯は声をひそめた。「な、何で!?」
俺は堂々と大きな声で話し出す。「あなたの忘れ物の古本をお返しします。盗んだものを返してください。
何でわかったかあなたは気になっているようですね。今からそれについてお話ししましょうか?」
他の人に聞かれるの恐れて、首を横に振る。「そ、外で話しましょう」
二人で外に出ると、俺は盗まれた本を受け取る。「何でわかったんですか......?」
「推理です。あなたが置いていった本に挟んでいたレシートはくしゃくしゃに丸められていました。おそらく、この本を他の古書店で購入してからここの漫画喫茶に戻り、レシートは要らないと思ってくしゃくしゃにしたんでしょう。
あなたは漫画喫茶暮らしの貧乏なために、万引きのためにこの本を置いていくのが勿体ないと思ったんですね。それで古本を読み始めますが、しおりがありません。そこでくしゃくしゃにしたレシートを拡げてしおりの代用としたのでしょう。そしてつい本に挟んでから、売りに来てしまった。
レシートの文字は消えかかっていたので、文字の方を表にしてくしゃくしゃにされて、窓辺に置かれていたと思われます。
太陽の光りが差し込む側に設置された窓があり、レシートをしおり代わりにするほど部屋にものがなく、来店の際の服装から貧乏。そこからわかったのが、この漫画喫茶にいることです。この漫画喫茶は太陽光が差し込む窓が、一部屋にだけ設置されているんです。ここら辺では、太陽光が差し込む漫画喫茶はここしかありません。
レシート以外にもしおりに代用出来るものも普通の家にはありますが、漫画喫茶にはありません。そういうことから、この漫画喫茶にいるとわかりました」
「なるほど。面白い推理をしますね」
「ええ。それと、盗んだこの本。この本は商品にならなくなってしまいました。素手でベタベタ触られたので。
つきましては、弁償していただければ警察には突き出しません」
「べ、弁償!?」
貧乏だから本を盗んだのだとは思うが、弁償してもらわないといけない。
結局、50万円を受け取った。ちなみに、本が商品にならなくなったというのは嘘だ。今日は50万円の売り上げ、毎度あり! 大儲けだ。50万円の本も戻ってきたし、これで本が売れれば100万円になるぜ! 古書店というものは俺に向いた職業だ。
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本作は似鳥鶏さんの『レジまでの推理 本屋さんの名探偵』を読んで、書きたくなったので書きました。三上延さんの『ビブリア古書堂の事件手帖』の要素も多少あります(古本屋ということくらいですが)。