ヒーローになるためには七
えるが最後の問いを発してから三秒が経過した。
「君たちさ、気の使い方がわからないの?」
えるは地面に突っ伏した受験生たちを、心底呆れた目で見下した。
気の使い方?突然使えることが当たり前のように言われても、重力負荷のせいで頭が回らないし。
中国思想などの用語の一つに、不可視の根元的なエネルギーのことを気と呼ぶ。それくらいは僕でもわかる。
だけど、僕らは中国拳法の達人ではないのだから。気の使い方と言われてもわからない。
「ヒーローの基本は気の使い方を覚えること」
えるは集中すると、赤色の光が彼女を包む。そして気を認識出来るほどまでに具現化させた。
「そう、例えばこんな風にね」
そして具現化したものは、幅の細いひも状の織物である、いわゆるリボンであった。
具現化したリボンで、会場全体がラッピングされて、何かのイベント会場のようだ。
「気の使い方を覚えれば、こんな風に具現化できるの」
天才ヒーローの名は伊達ではなかったということか。えるからは凄まじい謎の力をひしひしと感じる。
「私のリボンは伸縮自在で手足のように扱える。そしてイメージすれば硬く、柔らかく、鋭くすることができる」
具現化したリボンを手に取ると、長い髪をまとめてリボンで結ってポニーテールを作る。
「生まれてから呼吸をするように、体内の力の流れを感じとるんだよ」
気を自在に操るには四つの技を取得しなければならない。
気を感じる【感】気を目覚めさせる【発】気を動かす【動】気を変化させる【変】。
「才能ない子はいらないよ」
えるは立ち上がれない受験生たちを嘲笑う。
その姿はどこか妖艶的であり、とても儚かった。
「立ち上がれる子はもういないのかな?」
受験生のすすり泣きが聞こえた。
「私の……夢は……ヒーローになること……」
ヒーローが泣いてどうする?
苦しい時こそ、辛い時こそ、例えどんな絶望が立ちはだかったとしても、立ち上がり前を向いて笑うんだよ。
ヒーローはみんなの太陽でなければならない。私はそうやって前に進んできた。
「ヒーローが恥ずかしい姿を見せるんじゃないわよ」
えるの心から叫ぶような言葉に、会場の空気が変わった。
諦めかけた受験生たちの指に力が入る。
「まあ、ヒーローは遅れてやってくるものだからね。一分だけ待ってあげる」
良い気を持ってる子がいるみたいだね。チャンスをあげようかなと、えるはほくそ笑む。
この会場の誰もが、平等に与えられたチャンス。だけどどうすればこの重い体が持ち上がる。
「カウントを開始するよ。五九…五十八」
「やっぱり無理だよ」
受験生の一人が試験を諦めた。
その瞬間、彼方の体から力が抜け、頭が空っぽになる。そして、僕の中である言葉が繰り返される。
「諦めろ、君はヒーローになるべきではない」
僕は学校の友達や先生、身近な人にヒーローを諦めるように諭された。
ヒーローは命懸けだ。安い栄誉のために命を削るのかと誰もが言う。
だけどそうじゃないと、僕は言いたかった。誰かのために命懸けで戦うことはカッコいいんだと。僕はそんなヒーローに憧れてしまったんだ。
こんなところで夢を挫折する?
夢は叶わないものなのか?
ヒーローになりたかった想いは、この程度の逆境で諦めるほど安くない。
諦める瞬間は今じゃない。
本気になるのはカッコ悪くない。
全身へ血流を巡らせるイメージをする。身体中の血が熱くなり、脈が速くなる。
体はとても重い。だけど頭はクリアだ。
腕に力を入れて体を起こす。そして足に力を入れ立ち上がる。
「十…九、お、立ち上がれた子がいるね。凄い、凄い。一…零」
立ち上がれた受験生たちは、生まれたての子鹿のように上手く立てない。
会場Bの面接試験終了。




