残響5
彼方は悔しくて、歯を食いしばった。その唇の端しから血が滲む。
流れる汗が冷たくて、体が震え、とても怖かった。
たくさんのヒーロー達の想いを踏み躙るようで、涙が溢れる。
──辛かった。
悪に媚を売って、生きるために頭を下げたのだ。
僕はヒーロー失格なのだろうな。
炎女は満足したといった足取りで、軽やかに何かを考えるように彼方の周りを歩く。
「君は賢いね。その賢さに免じて約束は守るよ」
と、口を開いた。
そして炎女はマーキングだと言って、僕の目の前にしゃがみ込んで、彼方の顎をクイッと持ち上げて、唇の端から流れる血をペロッと舐め取った。
僕は一瞬何をされたのかわからなかった。
しかし炎女は何事もなかったように立ち上がり、作り物みたいな顔で笑った。
「私の名前は炎人イヴァナ・リスタート。一度目の出会いは偶然、二度目は縁が繋がり、三度目は必然となる」
イヴァナの柔らかな声、しかしどこか壊れた音質に彼方は酷い寒気がした。
「次は私に出会わないように気をつけてね。じゃないと、私は君をまた否定するよ♥️」
だが、そんな会話に割って入った者がいた。
「クッ、彼方から離れろ」
その人物は万利だった。動けない体で、渾身のサイキック能力を発動させる。
「おぉーう、ちょっと驚いた」
万利の能力で、イヴァナの体は宙に浮かび、体の自由を阻害された。
けれども、イヴァナは気にした様子もなく、軽く気を周囲に放ったことで、体を阻害するサイキック能力は分散する。
今出せる全力の能力を、いとも容易く払われた万利の目には絶望の色が宿っていた。
「そんな…」
「まだまだ気の扱い方が荒いね。だけど、発展途上な君の能力は、磨けば位階二位くらいにはなれるかもね」
位階、何の話だ?
「でもそこに到達するには、死という壁を何度も乗り越えなきゃだけど
そうやって魂に刻むのさ
ちょっと話し過ぎたね
じゃあ、そろそろお休みの時間だよ
お休みなさい、良い夢を
焔色蝶
君たちは少し面白いから、脳ミソにインプットしておくよ
またね」
イヴァナの言葉を最後に、僕等は深い眠りに落ちた。
目が覚めた頃には全てが終わっていた。
鼻腔に火の粉のような強い匂いが残っている。
今回の実技試験での、監督官とヒーローの重傷者数は二十一人、死者数五十一人、受験生の死者数十三人。
テレビをつけると、現場を知らない大人達が、身勝手にヒーロー協会をバッシングしているニュースが流れる。
そしてヒーロー協会の大敗北と失態、新聞には大きな見出しが掲載されていた。
試験結果はどうなったのか?そんなことを考える余裕は僕にはもうなかった。




