ヒーローになるためには9
辺りが暗くなり始めている。現在の時刻は17時30分。
彼方は両親に一次審査を通過したことを早く伝えたくて、はやる気持ちを抑えながらもバスを待つ。
母さんには不合格ならスマホでメールをするように言われていた。
もし、合格なら自宅に帰って直接伝えてほしいとのこと。
その理由を聞いても母さんは、彼方には教えてくれなかった。
バスの時刻表を確認すると17時45分に一本、少し時間があるな。
バスを待って暇そうにスマホを弄っていると、両目を黒いバンドで隠した男性が近寄ってきた。
身長が190センチの高身長、年齢はバンドで顔が隠れているので判別がつかない。
「今晩は、今日はよい月が昇りそうだね」
「今晩は、月ですか?んー、曇っていますが?」
カッカッカッっと男は笑い声をあげると、ニヤリと口の端を上げて笑った。
「今日の風さんは、雲さんを急かしているから、きっと晴れるよ」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
この人不思議な人だな?確かに今日は風が強いけど、上空の風の強さなんてわからないし。
「気の流れを感じるのと同じで、空気の流れを読んでいるからだよ」
「え!?空気の流れ?」
男は愉快そうに頷く。
「ヒーローを志すなら、君もこのくらいのことはできるようにならないとね」
「どうして僕がヒーローを目指しているのを知っているんですか?」
「私はね、気を操ることで他人の考えることがわかるんだ」
「つまり僕の頭の中で考えることがわかるってことですか?」
「うん、そうだよ」
彼方は驚きとともに怖さを感じた。
「ごめんね。勝手に思考を読んじゃって」
「構わないですが、頭の中を覗かれるのは変な感じですね」
「ありがとう、お詫びと言っては何だけど、君がヒーローになるために必要な助言をするね」
「助言?」
「そう助言、君がヒーローを目指す上で、私が気になったのは、君はとても大きな勘違いしていることだ」
「勘違い?」
彼方は何のことだろうと頭を捻る。
「物事には、そうでなければならない理由もなければ、そうである必要はないよ」
「形にとらわれるなってことですか?」
男は頷くと、ある話を語り始めた。
「あるトップヒーローの話をしよう。彼は他人が傷つくと悲しんで涙を流した」
「優しい方だったんですね」
「そう優しかった、そして泣き虫なヒーローだったよ」
「だけど泣き虫なヒーローはカッコ悪くないですか?」
「確かにカッコ悪く見えるかもしれないが、でも彼こそがナンバーワンヒーローだった」
男はクックックと笑うと、彼方の考えることを肯定するように頷く。
「しかし、自分のためだけにヒーローを目指すのなら、ヒーローに向いていないよ」
彼方は男の言葉に頷く。
「確かにそうかもしれません」
「ヒーローは誰かの痛みや悲しみを知って、その誰かのために痛みや悲しみを背負っていくんだ」
「それは理想論ですよね?」
「君にこうあるべきだっと押し付けるつもりはないよ、しかし、そうやって守るべきものが増えていくんだ」
「守るべきもの」
僕だってたくさんの人を守りたい。だから僕はヒーローを志したんだ。
「だからこそヒーローは強くなれるんだよ」
「一体ヒーローって何なんですか?」
彼方は語調を強めて男に問いただした。
「君はヒーローは特別な人間だと思っているね。ヒーローだって人間だからさ、泣いてもいいんだ」
彼方は自分を否定されているようで苛立ちを覚えた。
「意味がよくわかりません」
「そうだね…原初のヒーロー、君はこの言葉の意味を考えるといい」
「原初のヒーローですか?」
男はニッコリと笑う。
「おや、バスがきたね、お喋りが過ぎた。じゃあ、気をつけてお帰り」
男の言葉の通り、バスがきた。僕はモヤモヤしながら、男に別れを告げるとバスに乗車した。
バスが見えなくなるまで男は手を振っていた。