ひとになった
なんだか本を読むことがなくなったな、と気づいた。
それに伴い、音楽もラジオから流れてくるものをなんとなく聴いていたことに気づく。
歌詞を噛み締めるように、メロディに締め付けられるように聴いていたのに。
なんとなくそこにあった短編集を手にして字面を追いかけるけれど、ストーリーの奥にある意味が理解できない。
物語もただの出来事で、私の共感性をなんら刺激しない。
トイレの個室で外の世界に出られず苦しんだ気持ちも、なんだか馬鹿みたいに思い出される。
だぁれも私のことなんか分かってくれない、なんて絶望していたことも、分かってないのは私でしょう、今の自分が冷たく笑う。
他人なんてどうでもいい。
私だって自分のことだけしか考えていない。
だから物語に夢を見たし、音楽に感動したんだ。
自分が可哀想で可愛くて大好きだから。
自分のことばかりでどうしようもなかったから、慰めてもらっていたんだ。
誰かがつくったそうさくぶつに。
でも、自分のことがどうでもよくなったから。
心を砕くことに疲れたから。
なんにも考えないことに決めた。
現実に身を委ね、あらゆる出来事に対して心を揺らさないようにした。
最初はうまくできなくて辛かったけれど、慣れてしまえば生きることがとても楽になった。
明日が来ることがなんともなくなった。
明日が来ることがあたりまえになった。
外の世界が怖くなくなった。
強くなった、とは違うけれど色々なことが平気になった。
他愛無い日常の会話にも参加して笑っている自分がいる。
これが人間。
これが人。
本を読まない音楽を聴かない私が世界の歯車になった。
心地良い、とは違うけれど痛まなくなった心が身体の奥に隠れて色々響かなくなった。
これが人間。
これが人。
いちいち気にして揺れていた目が、どこか分からない一点を見据えている。
真っ黒に色を変えて。
ねえ、
忘れたくなかった人はどんな人だったっけ。