Oh,My Godな告白タイム
5-4)
ザアァァ……
静かな室内に届く水音。
雨ではない。浴室のシャワーの音であり、入浴してるのは楓だ。
滞在も5日目で、彼女はとうにシャワーの回数を重ねてるというのに、今夜はやけにドキドキする。
……キスの後だからかな。
そう、オレは楓にキスをした。激しく強く、愛しいと気づいた彼女の唇に強引にキスをした。
一時間前、雨の公園内での出来事だった。
オレは愛を告白し、その返答の意味をいまだに理解できずにいる。楓はオレの腕の中で呟いたんだ。
「私……恋はしない」
それを聞いた後、何だか気分が落ち込んで、互いの全身もびしょ濡れだったし帰宅を選んだ。
そんなわけで楓の1日遅れの誕生日会を兼ねたファミレスデートはお預けになった。
まっすぐ自宅に戻り、風邪をひかないようにと楓を先に入浴させて今に至ってる。これが経緯だ。
入浴後の楓はTシャツにスウェットパンツのいつもの就寝着。濡れた長い髪が色っぽさを誘う。
「はい、次どうぞ」
笑顔で入浴を促され、すれ違うといい匂いがふわりと漂った。
オレの心臓はまたもドッキドキ!過ちが起こらないうちにと素早く浴室に逃げた。
勝手な行動に振り回されても笑顔を絶やさない楓を裏切りたくなかった。
自分が軽い男だとは思わないけど、昨夜麻子とエッチしたばかりだ。朝帰りだったし楓も感づいてるかもしれない。
暴行未遂やキスの件もある。ここで過ちを起こしたらオレはただの女好き。信用も失うだろう。おかしな真似はできない。
そんなことを考えながらシャワーをすませた。
フロアに戻ると楓はいまや定位置となった椅子代わりのベッドに腰を下ろしている。
硬いと文句を言うわりにお気に入りみたいだ。オレは床に座り、すぐに楓もそれに倣った。
冷蔵庫に残してた牛丼とケーキを前に缶ビールで乾杯!
急だけど楓の誕生日会の開始だ。おめでとう!
よほどご機嫌なのか、眼前にはメチャクチャ嬉しそうな楓の弾けた笑顔。
うわ、可愛い。見ているオレまで幸せだ。ビールも美味いし、最高です!
そして和やかに時は流れて、食料は錠剤のみという楓の惑星の話。
でも飲み物は少種であるが存在し、他星からの輸入もしているそうだ。
地球の飲み物は特に好評で、以前からビールもコーラもお茶も一通りは吟味していたらしい。
好きなのは年代物ワインと言うが、コイツ贅沢だ。オレにも買ってくれ。
こんな感じに話は弾み、本当に楓は楽しそうだった。昨日こうしてあげられたら……。
誰を恨むこともできない。仕方がなかったんだ。今を楽しもう。だって楓はこんなにいい笑顔なんだから。
牛丼とオレの分のケーキも食べて満足そうな楓。
今日だけで4個食べたけど、ハマりやすいコイツのこと、明日は3食ケーキかもしれない。断固阻止しなくては!
平和な時間はまだまだ続くと思った。けれどそれを崩したのは楓自身。あまりに突然の一言だった。
「私ね、3ヶ月前まで不倫してたんだ。国では大手企業に勤めてたんだけど、妻子ある上司と関係を持って……」
あっさりとそれを口にした。
コイツが不倫!?と驚いたけど、行為そのものに偏見はない。
浮気や不倫はそれぞれの勝手だと思ってる。だからそっちはいいとして、気掛かりなのは……。
楓の顔はどこか寂しそうで、同時にオレの告白の返答を思い出した。
「恋はしない」と呟いた理由はこれだろう。たぶん失恋して恋愛が怖くなったんだろうな。
昨日麻子のところに行けと言ったのも失恋した女同士、心情を察したからなんだろう。
でも何でいまこんな話題を?告白の返答を気にしてると思ったのかな。
さっきまでの笑顔は本心からだったのかな。ずっと気を遣わせてたのかな。
ああっ!
オレに楓が守れるのか?守られてるのはオレの方じゃないか。
好きなのに!大切にしてやりたいのに!
けれど好きだからこそまず知りたい疑問がある。
不倫相手にまだ未練があるのか?
問えるはずのないその疑問が。
疑問はすぐに解消した。楓自らが薄紅色の唇から明かしてくれた。
オレへの気遣いだろう。優しい女だ。
「でも私のパパ大統領だし、浮気で将来を台無しにしたくないって相手から言われて別れることに。真剣だったからその時は悲しかった。いまは忘れることができたけれど」
予想通り結末は失恋か。本当に未練もなさそうだ。申し訳ないけどオレにとっては嬉しい限り。
反面、楓の様子は痛々しい。思い出したくないなら教えてくれなくて……ん?
んんーー?
オイ、ちょっと待て。いま凄いこと言ったよな?パパ大統領だしって……。
惑星は違っても大統領の意味は変わらないよな?偉い人だよな?
店長より校長より知事より偉い人だよな?
嘘はついてなさそうだ。ネットで調べれば判明することだし。
となるとこれは事実で、さらりと言ってのけた目の前の人物の正体は……。
コイツ、セレブのスーパーお嬢様っ!?
宇宙人と恋愛しても超遠距離だなあと悩んでたけど、さらにとんでもない事態じゃないか!
はあぁぁぁ。
まずは大きな溜め息をひとつ。
が、冷静になれるはずもなく、脳裏に浮かぶは次なる試練。
あのー、ちなみにお母様はどんなお方?
「ママ?ママはパパの秘書。元外務長官だけど」
政治一家の娘さんでしたか。どうりで貯金通帳の桁数がオレより2つも多い。ホームステイだって裕福だからできるんだよな。
だけど楓はやはり平然とした口調で言ってくれた。
自分は議員でも外交活動をしているわけでもない。普通の女として接してほしい、と。
それはオレを冷静にさせるありがたい言動だった。
もとよりそのつもりだ。身分はどうあれ楓は楓。
オレが気にするのは恋愛部分であるから、楓個人はこれからも好きでいたい。
ん?感情が高ぶってきたぞ。いい機会だ。はぐらかされてた気もしてた。「恋はしない」の一言では納得できない。
この際フラれるにしても楓の気持ちを聞き出すために再び愛を告白しよう。
あぐらから正座へ。準備OK!玉砕覚悟でまた告白だ!
「好きだ。付き合ってほしい」
さあ楓、今度こそはっきり答えてよ。雨の公園での続きだ。
その熱意が届いたのか、楓は逃げずに応えてくれた。
彼女自身、不倫劇から立ち直りたかったのかもしれない。
瞬間、思わずハッと息を飲んだ。オレが愛した強く儚い楓がそこにいた。
手探りでも未来に近づきたいと、綺麗な顔をこちらに向けた。
「アキラのことは好き。でもアキラの好きとは意味が違う。ごめんね、恋はまだ怖い。いまの関係を保ちたい」
失恋の痛手が残ってるのか。そっか、それが答えか。
うん、無理はさせないよ。少しずつ傷を癒して新しい恋を、なるべくならオレとしてほしいな。
あ、でもひとつだけ!
「好きでいてもいい?」
うわぁ、今日は互いに様々な告白をしあったけど、一番の緊張をここで迎えてしまった。
ああっ!神さま女神さま仏さま!
どうかオレにお恵みを!最高の返事でありますように!
食い入るようなオレの視線。もしかしたら楓は怖かったかも。
でも彼女が見せたのはとびきりの笑顔と、これ以上ない一言。
「喜んで」
やった!ありがとう神さま!
フラれたわけでもなさそうだし、好きだと言ってくれたし!
これで今夜は安眠、今後の受験勉強もはかどるぞ。
別離まであと2日。大切にします、楓さん。大好きだ!