オレの楓!
5-3)
楓っ!オマエを守りたい!
地面と体を叩き付ける雨の中で触れあう唇。頬に吹きかかる熱い吐息にオレの理性は弾け飛んだ。
もう止められない。この柔らかな体も唇も離したくない。
「んっ、やっ……アキ、ラ……いや……」
泣かないでよ。悲しまないでよ。嫌がらないでよ。オレが、その涙を拭ってやるから、だから。
ああ楓、そんな言葉で、そんな声でオレを惑わさないで……。
重なる口づけの合間に出されたその声は逆効果だ。
オレは抗う楓に強引にキスを送り続けた。
コイツへの思いが高まって止められない。興奮しキスはますます濃厚で激しくなる。
雨もまだ止まない。楓は水の滴る濡れた長い髪を頬に張り付かせる。綺麗な顔がこれでは見えない。
邪魔だ!
キスを続けながら彼女の頬を包み、指先で邪魔くさい髪を耳に掛けた。
「楓……楓……!」
露になった顔に向かって名前を繰り返し呼んだ。
降り注ぐ雨水に、いやオレへの恐怖にギュッと瞳を閉じて名前の主は抵抗を続けた。
腕を使ってオレの胸を押し、懸命に逃れようとする。
オレはその腕を掴んでまた引き寄せた。バシャバシャと足元では水しぶきがあがる。
「んんーー!」
楓の口内で絡まる舌先。彼女は声にならない声で嫌悪感を訴える。
場所も天候も楓本人の気持ちも、いまはどうでもよかった。
美しい泣き顔に心は乱され、無我夢中で起こしたこの行為。
抱きしめてキスしたかった。完全にオレはコイツに惚れたんだ。
たった5日でノックアウトされてしまった。初めは男だと思ってたし、まさか恋愛に発展するとは自分でも信じられない。
でも『いいヤツ』が『愛しい女』に変化しただけだ。
そう、大切な女だと気づいた。
気の強さも、泣き虫なところも、強がりも、マヌケなところも、笑顔も、顔とのギャップに驚く少し太いかすれ声も……ああっ何もかもが愛しい。
側にいてほしい。オレのものにしたい。
こんな行為を取るオレを好きになってはくれないかもしれない。
でも大切にするから、守ってやるから、だからだから信じてほしい。
好きだという気持ちは真実。だから聞いてよ!告白させてよ!
「好きになったらダメか?オレの楓になって!」
その頬を両手で包んで無理やり上向かせた。ビショ濡れの全身同様に顔からも滴が流れ落ちる。
困惑とも恐怖とも取れる表情だけど視線はまっすぐオレを見ていた。度胸が据わっててますます好みだ。
彼女のホームステイの延長はできない。よって引き止める術はなく明後日には確実にお別れだ。時間がない。返事を聞くのは今しかない。
オレのことどう思ってるの?オマエの気持ちも知りたい。
「返事を聞かせて。好きな奴いるのか?本当のこと教えてよ」
ああ、自分で要求しておきながら緊張する。フラれる可能性も高いしドキドキだ。
でもまさか人妻なんてオチはないよな?楓さん、お手柔らかに頼みます。
そんな不安にかられるも楓の返事は今後の期待を膨らませる好感触なものだった。
「アキラは側にいてほしい人。最初の日にひとりじゃないんだって言われて、それ以来アキラを信じた。何をされても、信じたいと思った」
そうか、それで暴行未遂にも怒鳴られる行為にも耐えてたのか。オレを信じて耐えてくれてたのか。
胸が凄く熱くなった。発言内容は嬉しかったけど、これまでの自分の行為には恥ずかしさを覚えた。
こんな子供なオレを信じ続けてくれたなんて。
さらに発言は続く。楓は純粋で素直な女だ。涙の理由を切々と教えてくれた。
「昨夜からアキラいなくて寂しかった。今も帰ってきてくれなくて、またひとりだと思ったら涙が止まら、きゃっ!」
語尾には場違いな小さな悲鳴。目の前で潤んだ瞳を見せられ、こんな言葉を聞かされて放っておけるはずがない。
その体をオレはまた抱きしめた。きつくきつく腕の中に抱きしめた。
ああやっぱり寂しかったのか。ごめんな。大切にしてあげたいよ。どんどんオマエが好きになる。このまま抱いていたいよ。
しかし!しかし!
どうやらオレは本当に幸薄い男であるようだ。これまでの純愛ストーリーが一転する耳を疑う声が届いた。
「アキラは大切な人。牛丼とカレーを教えてくれたとってもいい人」
……楓さん、あなたのいい人の基準って……。
この抱かれた状態でそれを語る神経にも疑問が……。
うーん、オレこんな奴に惚れたんだよなあ。ま、これこそが楓なんだけど。
微妙ながらいい人と思われてるのは嬉しい。でも質問の答えにはなってない。オレは交際の返事が欲しいんだ。
「牛丼とカレーの次でいいから、少しでもオレを好きなら付き合ってほしい」
なんてバカバカしいセリフなのだろうか。我ながら情けないがライバルは本気で牛丼とカレーなのだ。
楓の心を掴むにはコイツらをうまく利用するしかない。
でも相手は楓サマ、なかなか手強い。またも予想外の反応が。
「あのね、ケーキにも恋しちゃった」
「……じゃあ4番目でもいいからオレと」
「私……人には恋はしない」
楓はオレの服を握りしめ胸に頬を寄せて呟いた。
そのせいで表情はわからない。会話の意味もわからない。わかったのは何やら抱えた恋の悩み。
何だよ、この空気。もしかしてこれって……。
オレ、フラれたのか?