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嵐を呼ぶ女!


4-3)



「今日ね、私の誕生日なんだ。アキラと一緒にいたかったの。ごめんね、それだけ」



楓は笑った。切ない笑顔だ。だけど儚いほど美しく、オレは言葉を失い見惚れた。



ベッド上で楓は床に座るオレを、自分を怒鳴りつけたはずの相手を優しく見下ろし、また微笑んだ。


沈黙が破れ、彼女はすまなそうに語った。



「本当は誕生日のこと内緒にしようと思ってたのに、悔しくて嫌味として教えちゃった。ごめんね」



さっきから何度も謝罪の言葉ばかり。


楓は何も悪くない。悪くないんだ。謝罪なんていらない。



誕生日のことだってもっと早く教えてくれれば良かったのに。


でも知っていたとしても、オレは麻子の所に行っただろう。



それと察しているのか、楓はオレの背中を後押しする。



「行きなよ、アキラ」



オレを気遣い、必要最低限の言葉。同情を誘わない気配りも大人の態度だ。



楓は大人だ。この数日マヌケだとかボケだとか散々言ってきたけど、最後には自制のできる立派な大人だ。



それって難しい行為だと思う。怒りを露にしても当然の場面なのに。



ここまでされてありがたいと思う。今日は甘えさせてもらおう。



「ごめんな」



立ち上がり上着を着込んで玄関へ。でもふと大事なことを思い出した。出かける直前それを実行。



「誕生日おめでとう」



返答は笑顔と「いってらっしゃい」の一言だった。



心の中で「ごめんな」とさらに呟いて玄関を出た。


ああオレも謝ってばかりだ。



こんな会話、こんな展開……なるべくなら起こってほしくなかった。


時間を戻せたら、楓にあんな笑顔させずにすむのに。



4-4)



外は今の気分を表すような、いつの間にかの曇り空。


雨が気掛かりだったけど降る前に麻子のアパートに到着できてホッとした。傘は嫌いだ。



ソファーベッドで麻子はまだ泣いていた。


出会って半年でしかないけど、いつも明るくて強い女だと思ってたから泣き顔に戸惑った。



隣に座ってすぐに肩を抱いた。彼女は身を寄せてきて声をあげて泣き出した。震える体が愛しくて腕に力を込めた。



やがて、一年半付き合ったカレシとの思い出話を聞かされた。


元々浮気性な男だった、と彼女らしい毒舌も忘れない。


それでも大切にされてドライブや海に行って楽しかったと遠い目をさせる。



愛してたんだろうな。別れたとはいえ、そんな恋人と出会えた麻子が何だか羨ましかった。



「慰めてよ」



麻子の一言でオレたちはベッドに沈み、素肌を重ねて淫らに求めあう男と女になった。


愛しあってるわけじゃない。けれど無くしたくない友人同士、嫌な思い出や肌寒い気温を忘れるために激しく抱きあった。



夜中ドドーンと大騒音に目を覚ました。どこかに宇宙船が着陸したみたいだ。


また宇宙人の来訪だ。相変わらずうるさくて迷惑だよな。



この騒音で麻子が目覚めなくて良かった。でも……宇宙人、か。



家に残した楓の姿を脳裏に思い浮かべた。腕の中に麻子を抱いているというのに……。




アイツ……知らない土地で、ひとりの誕生日を過ごしてるのか。


昨夜から楽しみにしてたんだろうな。


今朝だって歌いながら踊り回って楽しそうにしてた。



オレといたかったって言ってくれた。全部ブチ壊してしまった。


泣いてなければいいな。いま何してるのかな。



こんなオレに麻子の元カレがしたような、後々まで記憶に残る楽しい思い出が作ってあげられるかな……。



ごめんな、楓。明日ケーキ買って帰るから待っててよ……。



5-1)



翌日の麻子はだいぶ元気を取り戻し冗談なんかも口にした。


弱音を吐いた自分が恥ずかしくて照れ臭そうにしながら「ありがと」と慰めの謝礼ももらった。



麻子は強い女だ。すぐに立ち直れると思う。でも何となく心配で、また午後から来る約束をした。


そしてケーキ屋の開店時間に合わせてアパートを後にした。



上空を見上げてうんざり気分。外はまだ曇っていて昼前なのに暗い。


ケーキを2箱用意して、雨が降る前にと家路を急いだ。楓の顔が早く見たい。




マンションに着いて、まずはお隣の山田さんの家にご挨拶。



昨日またまた次女のロザリーちゃんを泣かせたお詫びだ。


ご主人が出て、ケーキ箱をひとつ手渡すと恐縮されてしまった。


いえいえ悪いのはこちらですから。


……あ!ナナの分を忘れてた!ま、いいか。ナナだし。



そしてそして念願の自宅へGO!入るなりいきなり降り注ぐは、



「おかえりアキラ!」



待望していた楓の声だった。



ベッドに腰掛ける楓のいつも通りの声。顔も落ち込んでない。涙の跡もない。


安心した。思ったより悲しんでなかったみたいだ。



そんな楓にケーキの箱を差し出した。


受け取った彼女は中身を見て初めての物に『?』状態。


その顔がおかしくて笑ってしまったけど、説明もしてあげた。



ケーキという食べ物であること。誕生日に食べる風習があることなど。


聞いて楓は感激し、お腹も空いてるのですぐに食べると取り出した。ごく普通の苺ショートだ。さて感想は?



「美味しい!美味しい!アキラ、2個食べていい?こっちの黒いのも食べたい!」



どうやら地球の食べ物は楓の味覚にばっちりハマったようだ。


喜んでもらえて嬉しい限り。こっちもハッピーな気分。



そしてチョコケーキを取り出しながらオレは改めて告げた。



「楓、誕生日おめでとう。昨日はひとりにして悪かったな。今夜カレー食べに行こうな?」



ケーキ片手に楓は長い髪を揺らして何度も頷いた。



ああ、いい笑顔だ。でもまさかケーキが美味いから、じゃないよな?




残りのケーキを片づけようと冷蔵庫を開けて目を疑った。


一点から目を離せられなくなった。



え、これ昨日の……?



信じられずに今度は楓をマジマジと見つめた。


視線の先の彼女は呑気にケーキを楽しんでる。笑顔も出してる。


でもそれは偽りだ。楓の心は、本心は……。



昨夜から楓がどれほど傷ついていたのか、オレは一言で表現できる。



冷蔵庫の牛丼がそのままだった。



つまり好物の牛丼が咽を通らないほど落ち込んでたんだ。


昨夜も今朝も何も食べず泣いてたんだ。



迷惑や心配をかけないようにとの強がる配慮がいじらしい。



追求はしたくない。楓の優しさを静かに受け入れたい。いまのオレにできるのは悲しませないことだ。



もうひとりにはしたくない。麻子の所にも連れて行こう。


友達になりたがってたし、会いたくないなら近くで待っててもいい。


その後はファミレスで食事。それでいいよな?



明後日にはお別れだ。ひとりにはしない。泣かせはしない。オレはコイツを離さない!



5-2)



麻子のアパートに寄ってから1日遅れの誕生日会。


それでいいと楓は承諾してくれ、いまふたりで外を移動中。



あー天気悪すぎ!傘も持ってきてないし寒いし。


楓なんかTシャツにタイトスカートでますます寒そう。



と、優しさを装いつつ下心全開だったりする。



……手、繋ぎたいな。殴られるかな?家に戻られては大変だ。実行は食事後にしよう。



密かな決意を胸に掲げ、気づくと麻子の家の前だった。楓は遠慮して今いる公園で待機すると言う。



雨が降ってもコンビニなんかもある。オレも10分くらいで戻るつもり。


なので少しの間待っててもらうことにした。




アパートの麻子はまだまだ本調子じゃないけど、午前中より更に元気になったみたいだった。



うん良好良好。おかげで長居しすぎて30分後。



「アキラ、雨。泊まってく?」



げ、雨!それにこんな時間!



麻子との挨拶もそこそこにアパートを飛び出した。彼女ならもう大丈夫、問題は楓だ。



うわ、雨強い!嵐じゃん!楓、どこだ!?



まさかとは思ったけど、楓は雨宿りもせず公園で雨に濡れていた。



何考えてるんだ!ビショ濡れじゃないか!



眼前で怒鳴ろうとして声を失った。見上げた彼女の瞳からは明らかに雨水でないものが流れていた。



「どうして、泣いてるんだ?」


「あれ気づいた?バレないようにって雨に濡れてたのにな」



涙の理由は語らない。やはり黙って微笑む彼女。



寂しかったのか?見捨てられたと思ったのか?



我慢しすぎだよ。甘えてくれよ。そんな寂しい微笑みなんかいらない!



理性。そんな物この時のオレには存在しなかった。


抱きしめてキスをした瞬間に吹き飛んだ。


そう、オレはコイツに……。



楓の体は冷たかった。すごく細くて、力を込めたら折れそうだった。


薄紅色の唇は柔らかくて弾力があって、感じた温かい吐息に興奮して深く唇を押し付けた。



雨は確かに降っていた。互いの体は濡れてザァザァと雨音も響いていた。


だけど心の嵐はさらに激しく、オレには楓しか見えなかった。



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