今日は何の日?
3-5)
オレと麻子の仲に少しの嫉妬も見せてくれない楓。
何となく残念でヘコむオレに恵みの時がやって来た。
「アキラ、明日一緒にどこかに行こう?」
えっ、これってデートのお誘い?楓さん、本気ですか!?
フローリングに腰を下ろしてスラリとした長い足を伸ばしてる楓。
清潔感のあるすっきりした顔立ちからは特に感情は読み取れない。
困惑も照れもない。けれど冗談ではないことも確かだ。
そこでオレは早くも真剣に考えた。
宇宙人である彼女のため、明日であと3日となる地球滞在の楽しい思い出作りのため、最高のデートコースを!
遊園地も捨てがたいが水族館にも連れて行きたい。
夜は夜景も見せたいし、本人に選ばせて思い出の品を贈りたい気もする。
冷静になって振り返ると恥ずかしいが、そんなのこの時のオレにはどうでもいい。妄想はどんどん膨らむ。
手を繋いで街を歩いて、買い物をして食事して、さて後はどこで何を……。
「アキラ、アキラ」
暴走しすぎたオレは呼び止められて現実に帰ってきた。そしてマザマザと現実の厳しさを教わった。
さすがに年上、手厳しい言葉を容赦なく投げかけてくる。
いや、手厳しいというよりあまりに残酷な言葉を。
彼女はその薄紅色の唇で言ったのだ。
「カレーライス食べたい。明日の夜、食べに行こう?」
ああっ楓さん!あなたは悪魔です!無邪気な言動で男心をいたぶるのはやめて下さい。
暴走しすぎたのは反省します。でもその仕打ちはないでしょう?
カレーって、カレーって……残酷すぎます!
美しい悪魔は平然として返答を待っている。
そう、彼女が愛しているのは牛丼とカレーだ。オレなんか眼中にないのだ。
しかしめげはしない。誘ってくれたのは確かだ。場所はどこであれデートだと思えばいい。
でもカレーは嫌だな。牛丼も。
うーん、ファミレスならそれ以外もあるしファミレスデートにするかな。
ああ、儚く短かったオレの夢……。
その夜、楓は嬉しさのあまりベッドでカレー王国のお姫様になった夢を見たそうだ。
オレは床で受験不合格の夢を見た。はあぁ、ため息ばかりだよ。
だけどオレはバカだった。なぜ楓が前日から外出に誘ってきたのか深く考えもしなかった。
あんなに悲しませるなんて、この時は思いもしなかった。
4-1)
「カレーちゃん、カレーちゃん。美味しくてかわいいカレーちゃん!」
翌日は朝からこのような歌声が室内に響いた。
一部意味不明な即興の自作詞で歌うのはもちろん楓しかいない。
22歳の宇宙人の行動には思えないが、現実なのだ。
はじめは呆気になって見つめてたけど、ニコニコ笑顔の彼女は心から嬉しそう。
ワンピース姿でクルクルと踊り回る姿は妖精か天使のようで、たまらなくかわいかった。
何だかずっと側にいてほしくて、今日は午後の外出を強制しなかった。
それと、昨日麻子が来たのはたまたまだったことも告げた。
言い訳がましいけど、そのために追い出してたと思われたくないもんな。
機嫌のいい楓は疑う素振りもなく家に居続け、勉強するオレの隣で歌いっ放しだったけど苦ではなかった。
それどころかいつも以上に集中できた気がする。
何でかな?すごくゆったりとした気持ち。歌声に癒されてたのかもな。
4-2)
……ん?あれ?
しばらくして歌声が止んでいたことに気づいた。
隣にいたはずの楓はいない。どこだ?と思ったのも束の間、ふと耳に背後のベッドからの穏やかな息遣いが届く。
あぐらを崩して振り向くと、丸くなって昼寝してる楓の姿を発見。
陽の光を浴びてスヤスヤと眠る様はまるで遊び疲れた子供みたいだ。本番の外出はこれからなのになあ。
小言を呟きつつ視線は胸元から離れない。
ワンピースから覗く見せブラがよけいに色気を増長させてドキドキが止まらない。なんてセクシー。
でも先日襲われかけたわりに無防備で、それが信用からの行為だとすると迂濶に手出しはできない。
信頼を裏切りたくない。もう泣かせたくない。
視線を移して寝顔を見つめる。やはり思うのは「かわいいよなあ」に尽きる。
カレシとかいるのかな?どうなんだろ。
しかしコイツの恋人か……。楽しいけど疲れそうな気も。何たって嵐を呼ぶ女だからなあ。
毎日がスリリングな……あ、電話!麻子?電話なんて珍しいな。
麻子とはLINE交換ばかりで電話は久しぶり。でも確かバイトの時間じゃ……どうしたんだろ。
胸騒ぎは的中。電話の向こうの麻子は泣いていた。ずっと泣き続けていて、会話はなかった。
「麻子、麻子どうした!?いまどこだっ!?」
やがて鳴咽まじりで懸命に語りだした。
カレシにフラれて別れたらしい。いま自宅で、オレに来てほしいとのこと。
「わかった。すぐ出るから。行くからな、待ってろ!」
電話を切り、昨日直接交わした時の会話を蘇らせる。
カレシとの仲が最悪と嘆いてた。でも麻子はまだまだ好きみたいで……。
落ち込んでるはずだ。慰めてやらないと!
「アキラ、用事?」
不意に聞こえた背後からの声。こちらも麻子に劣らず寂しそうな声だ。
あ、そうだ。コイツとの、楓との約束が……。
いつの間にか目を覚まして電話を聞いてたみたいだ。それなら話は早いが、正直振り向きたくない。
案の定、見つめた先の楓は戸惑いの表情。けれど会話を進めるしかないんだ。
「ごめんな。それと今夜は帰らないと思う。カレーは明日にしような」
「今日はダメ?」
「大事な用事なんだ」
ベッドの上にペタリと座り込む楓。声も肩も落ち込んで顔だって泣きそうだ。
午前中とは全く違う態度。オレは優しく言い続けたけど楓は引き下がらない。
「明日じゃダメなの?」
コイツの気持ちもわかる。昨夜からすごく楽しみにしてたもんな。ドタキャンに納得できないのも当然だ。
でも麻子は人望もあって交友関係も広い。そんなヤツかオレを選んで頼りにしてくれたんだ。
期待を裏切りたくない。応えてあげたい。だから今日は……。
「ごめんな」
それしか言えなかった。でも楓にもわかってほしい。
そろそろ理解してくれるよな?この思いは伝わるよな?
「夜中でいいから帰ってこれない?」
楓はまだ引き下がらない。急いで麻子のところに行きたいオレはイライラしていた。
聞き訳の悪い楓にもイラついた。何だか裏切られた気分になって不愉快になった。
勝手なのはオレだ。楓は何も悪くない。それなのにオレは、八つ当たりをしてしまった。
「ああっ、うるさい!しつこいな!今日でないとダメなのか!?何かあるのかよ!」
怒鳴り声に楓はビクリと上体を揺らした。お隣からはロザリーちゃんとナナの泣き(鳴き?)声も響く。
また驚かせてしまったようたけどいまは無視。
おそらく楓も泣きたかったことだろう。
けれど彼女は拳を握りしめてグッと我慢をし、ポツリと呟いた。小さな小さな声だった。
「誕生日……」
「え?」
「今日ね、私の誕生日なんだ。一緒にいたかったの。ごめん、それだけ」
楓は笑った。切ない笑顔がオレの瞳に痛々しく映った。